二十一

「早かったね」


「物分かりのいい方たちばかりだったので」


「へぇー……」


 自分から訊いた割には素っ気ない感じになってしまったが、現実そう返答するしかできない。だって視えないんだから。

 でも、そういう幽霊だったからこそ今まで実害がなかったのかもしれない、なんてことも思った。


 中に入る。電気はもうトー君が付けていた。なので、玄関からリビングまでの道のりで改めて付けるような箇所は無かった。

 靴を脱ぐ。スニーカーから解放された黒い靴下で、フローリングの床に足を置く。


 数歩歩いた時聞こえたエンドウさんの「お邪魔します」で、ここが我が家であることを思い出し、俺は慌てて振り返って「ど、どうぞ~」と一言。

 続けて「スリッパは無いんでそのまま。最後の人は鍵だけお願い」と3人に伝え、俺はリビングへ。廊下はトの字型になっていて、途中を右に曲がれば寝室などがある。だが今はとりあえず、リビングへ。


 ドアノブを下に押し、リビングと廊下の間にあるすりガラスの扉を開ける。入ると同時に向かってきたのは、換気されてないことで溜まる重い空気だった。

 そういえば、あのタクシーに乗ったあの日から帰っていなかったな。俺は空気を交換するため、ベランダと繋がっている大きな窓に向かう。


 開けてすぐ側には4人座れる茶色いダイニングテーブルとチェアがあり、その正面奥にはシンクやコンロなどが所狭しと置かれているキッチンが長方形で広がっている。俺は左手方向に歩いていく。黒脚のガラステーブルやクリーム色のソファ、テレビがあるリビングを抜け、引き戸タイプの窓へ。道中、肩にかけていたバッグをおろす。


 閉まっている鍵に手をかけ、下ろす。重い窓を横にスライドさせると、外からあまり心地の良くない空気が流れ込んできた。梅雨の時期独特の湿気をまとった空気だ。

 どっちもどっちだったので、少し換気したら閉めることにした。


 ギィーッという鈍く重い音が耳に届く。この音がこうもはっきりと鳴るのは、建てつけの悪いすりガラスの扉だけ。

 見ると、3人が入ってきた。


 全員が揃ったところで俺は、「それじゃあ」と部屋の説明を始めた。


「寝室だけど、イチ君とトー君はここと玄関の間にあるとこを左に曲がってもらって、突き当たりの部屋で。ベッドは1人分しかないから、クローゼットに布団があるからそれを使って。普段は俺使ってるからもしそれが嫌だったら……」


「オレ、ベッドでいいかっ!?」


 子供のようなワクワクした表情でトー君に尋ねるイチ君。肩には竹刀袋が下げられている。

 どうやら、使ってるから嫌だとかそういうのは大丈夫そうだ。


 「どうぞ」大人な対応を見せるトー君。


「っしゃぁぁ!」


 本気のガッツポーズ。よっぽど嬉しかったんだね。


「エンドウさんはそこの、ソファの後ろにある畳の部屋を使って下さい。布団類は押入れに入ってますんで」


 普段は仕事の作業部屋として使っている。なんかあった時用に準備しておいてよかった、とつくづく思う。


 「それじゃあ、坂崎さんは?」エンドウさんが少しキョトンとしながら尋ねてきた。


「俺はこのソファで」


「そんな。私がそこに」


「いや、いいんだよ。ここで寝落ちしてそのまま仕事場まで行くこともよくあるから、体が慣れてる」


「でも……」


「いいじゃんか。本人がいいって言ってんだから」


 イチ君が後頭部に両手を置きながら、右足を左足前へ交差させる。


「じゃあお言葉に甘えて」


 とりあえず大丈夫なようだから続けよう。


「お風呂は出てすぐの正面にある扉をスライドしてもらうと、中に洗面所がある。その右奥ね。バスタオルは洗面所の斜め右後ろの天井近くに洗濯したのがたたんであるから自由に使って。で、中のボディーソープとかシャンプーとか、そういうのは好きにどう……」


 あっ、そっか。あることに気づいた俺は「エンドウさん」と、声をかけた。


「はい?」


「石鹸類が男物しかないんですけど、それでも大丈夫ですかね? なんなら、すぐそこのコンビニで買ってきますけど」


「いや、そんな! あるもので十分です」


「もし、使って合わなそうでしたらすぐに言ってください。買いに行ってきますんで」


 「分かりました。ありがとうございます」頷くエンドウさん。


「それじゃあまあ……もし何かあれば俺に訊いてもらって、あとは好きにくつろいで」


 「トイレどこ~」右手を上げ、意思表示してくるイチ君。


「あっ、そこの角を左に曲がってすぐ。2人の部屋の手前のとこ」


「りょーかい」


 イチ君は竹刀袋を持ったまま、去って行こうとする。


「置いといていいよ」


 「あ?」呼び止められたのが自分だと分かったのだろう。顔と少し体を俺の方に向けてきた。


「刀、置いといていいよ」


「……いやいい」


「でも、邪魔じゃない?」


 ちょっと怪訝な顔になり、こちらを向くイチ君。


 「邪魔じゃねぇーよ」強い口調。


「ゴ、ゴメン。そういう意味で言ったんじゃ——」


 変な誤解を与えてしまったと思い、俺はすぐに謝罪をする。

 イチ君は目を強く瞑りながら、髪をわしわし掻いた。


「別に怒ってるわけじゃない。ただ、なんかあった時対処出来ねえから、刀は常に持っておきたいってことを言いたかったんだ。持ってってもいいよな?」


「うん……」


 俺は首も振って肯定する。

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