十六
「正解です」笑顔で縦に頷くトー君。
「夏ではないにしろ、今はまだ6月半ば。梅雨真っ盛りで湿気は嫌気がさすほど。なのに、彼女はこの前も、そして今日も長袖。その上、腕まくりを一切せずに身にまとっています」
確かに、エンドウさんが着ているのはカーディガンのような薄い感じではなく、割と厚手。時季的な違和感は感じる。
「それでひらめいたんです。長袖の服を着ることで、何かを隠すのを自然な形にしようとしているんじゃないかって。腕を執拗に触っていたのは、隠しているその何かを意識していたことへの表れじゃないかって」
成る程。俺は頷きながら、トー君の話の続きに耳を傾ける。
「これと先ほどの話を総合的に考えた結果、ブレスレットを購入して腕に身に付けてたのではないかと思ったわけです。ですが、推測の域を出ない内容だったので、諸々の詳細が分かって確定してから電話なり直接会うなりして、エンドウさんに確認を取ろうとしていたところあの靄が、という次第です」
家にあった写真のブレスレット気付いた時もそうだが、トー君は自分なんかよりも遥かに観察眼が鋭い。
だとしても。「よく手首を擦る動作だけでそれらが結びついたよね」
言われてみれば、のレベル。服には興味のない俺だからなのかもしれないが、そうは気づかないと思う。
「まあそれなりに経験してきてますから。ついでに言うと、おそらく彼女が隠したかったのもアザか何かではないでしょうか」
「アザ?」俺は意識せず、自然とエンドウさんのほうに視線をやっていた。それに気づいたエンドウさんは口を内側に巻き、苦々しい表情をしながらも袖をまくってくれた。
本当だ。手首にアザがある。どこかに強くぶつけた時にできる青でも血の流れが悪くなった時にできる紫でもなく、墨で掘ったかのように染み付いている奇妙で濃い黒のアザがくっきりと。
「形がブレスレットみたいだったので、体に合わないのかなって思って、アザに気付いた数日前から外してました。それで、小夜のことを話した時にふと思い出して、もしかしたら小夜の死と関係あるんじゃないかって思ってここに来たんです」
ん? 『話した時』?? てことはつまり。「じゃああの時も?」
追求したつもりも責めたつもりも全くこれっぽっちもなかった。だが、エンドウさんはそう思ったのだろう。申し訳ないという表情を浮かべて、視線を落とした。
「隠してたわけじゃないんです。まだ確かじゃなかったし、迷惑かけたくなかったんです……すいませんでした」
エンドウさんは深々と頭を下げる。
「謝ることないですよ」
そう俺が言葉をかけると、視線は落としたままだったけど、格好が元に戻った。
彼女は気をつかってくれたんだ。それに彼女なりにも親友のために動きたかったのだろう。俺だって助かるために嘘をついてきているし、彼女についた。責める資格などない。
「これだな」黙っていたイチ君が口を開く。見ると、ブレスレットを人差し指にかけて回していた。「ちょっと気になることもあるけどよ、十中八九これで間違いねえ。怪異の原因はこれだ」と、満足げな表情をしている。
「な、なら、そんな風にしちゃマズいんじゃないの?」
俺はオドオドと両手を前に出して止めようとする。
「心配すんな。てか、これしただけであっちから出てきてもらったほうが探す手間省けてむしろありがてぇ……」
「あのっ」エンドウさんのちょっと大きめの声かけでイチ君は回すのを一旦止め、俺とともに視線を向けた。
「お尋ねしてもいいですか?」
「なんでしょう?」トー君が答える。
「皆さんは一体何者なんですか?」
……うん。もっともなご意見だ。
トー君が俺を見てきた。で、俺はイチ君を見る。そして、イチ君はトー君を見て、最後に頷く。それに、同じ動きで返したトー君は「僕たちは」と話し始めようとした。
だが、草を踏む音がそれを止めさせる。見てみると、白いステテコを着たお爺さんと目が合った。物珍しそうに、でも怪しげな奴らを見る目をしている。
それを契機に、俺らは次々と気づいた。辺りの民家から人が窓から見ていたり家から出てきたりしている。さっきの戦闘の時に出た音が響いたのだろう。
「とりあえず……移動しましょうか」
トー君の言葉をきっかけに俺らは逃げるようにしてその場を後にし、目的の場所へ向かった。
移動しながらトー君は、エンドウさんに全てを打ち明けた。
俺らの本当の関係はどういったものなのか、俺の身に何があったのか、何を目的にしているのか、そして何より小夜さんに何があったのか。
「ということは、小夜を殺した犯人はさっきみたいなのだってことですか?」
「そういうことです」トー君はそう返事をした。
いや、違う。イチ君が違うと言ってたのだから。トー君だってそれは分かってる。だけど、あくまで俺の想像だけどおそらく、これ以上混乱させないために配慮したんじゃないと思う。俺も最初は、軽いパニックに陥った。
エンドウさんは拳を作り、爪を手のひらに食い込ませていた。それは明らかに、今、怒りの気持ちで満ちているということを示していた。
軽く俯きながら、目を閉じ、深呼吸をする。すると、拳を解き、続けて今度は、トー君とは反対側にいた俺を上から下まで見てきた。
「それで……それに巻き込まれた坂崎さんはこんな見た目に?」
「ええ」俺は目を見て頷く。
「32歳、なんですよね?」
「信じられないかもしれないんですが、そうです」
「そう、ですか……」声色から相当驚いていることが分かる。
そりゃそうだ。というか当然。むしろ、こうならなきゃおかしい。誰がどう見ても見た目高齢者が30代だと名乗ってるんだ。下手したらボケたんじゃないかとか言われかねない。
「信じて……もらえますか?」
不安だった。だってありえないことだから。ありえなさ過ぎて、自分はバカにされてると思うかもしれない。
俺の問いにエンドウさんは静かにそしてゆっくりと頷き、俺の顔を見てくる。
「信じます。というかあんなの見せられたら、信じざるをえません」
さっき歩きながら見せた何も映っていない怪異の映像のことなのか、さっきの悪霊の集合体のことなのか、はたまた両方なのか分からなかったが、とにかくよかった。俺はほっと胸を撫で下ろす。
そして、エンドウさんは視線を前に戻し、俯く。
「てことは、なんですけど……私は一体、どうなるんですかね?」
エンドウさんの表情は複雑だった。
知りたいが聞きたくない。察しているが信じたくない。分かってるんだけれど、イマイチよく理解できてない、そんな感じだ。
俺は答えに困った。専門家ではないし、そして何より経験上っていうかなんというか、結論に予想がついていたから。
「あのー……なんだっけ? 即配達とかそういうのになんだろうな」前をさっさと歩いていたイチ君が代わりに答える。俺とは異なり、言うことに抵抗はないようであった。
単語は間違ってはいたが、言葉の並びから察したのだろう。エンドウさんは「そんな……」と胸の奥から思わず出てきた言葉を吐き、そしてさらに深く俯いた。表情は見づらいものの、動揺からくる目の泳ぎの激しさは十二分に伝わってきた。
「大丈夫です」トー君が声をかけ、エンドウさんは視線を移した。
「あくまで、このままだったらの話です。不安だとは思いますが、必ずや僕たちがエンドウさんを助けます」
そう言うと、トー君は優しい笑みを浮かべた。口角は上がり、頬は緩み、だけど、目ははっきりとした表情だ。
「……はい」エンドウさんは頷く。表情は見えないが、声色からおそらく同じように笑みを浮かべていると思えた。
とりあえず、1つ片付いた。俺は少し歩くスピードを上げ、イチ君のところへ。
理由は、訊きたいことがあったから。
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