十七

「あのさ……」


 「何?」イチ君は首を回し、顔だけで俺を見る。


「ブレスレットを捨てる、っていうのはどうなの?」


 そう尋ねたら、イチ君になぜか肩を落とし「はぁぁー」と鼻と口から深いため息をつかれてしまった。


 「あいつの手首、見てないのか?」片眉を上げながら訊かれた。


「いや、見たけど……」


「なら、ばっちし見たろ? アザが刻まれてるのをよ」


 「うん、そうなんだけど……」イチ君の強くなっていく口調とは裏腹に、俺の口調はどんどん弱まる。言葉尻など自身でも聞きにくいほどだ。


「怪異はそのアザを目標にやってくる。ブレスレットを捨てようが燃やそうが切り刻もうが、意味なんかねえよ。何をどうしても怪異はやってくる」


 「あいつの寿命を吸いな」と首でエンドウさんを指す。後ろでは、エンドウさんとトー君が会話していた。内容は分からないが、表情が緩んでいないことから、怪異などへの問いなのだろう。


 「じゃあ……どうすりゃいいんだ」俺は迷いの声を出す。

 良いアイデアとは思ったんだけど、やっぱりこういうのは初心者が口出しすることじゃなかった。バッサリ切り捨てられ、さらに悩む。


 単なる独り言の類いだったのだが、イチ君は「前にも言ったろ? 倒しゃいいんだって」とさも当たり前のように、ただ平然と反応してくれた。


「てか、ちょうどよくね? アイツを倒せば、お前も一緒に助けることができるんだしさ」


 「あれだよ、一石二鳥ってやつ」イチ君は企みの笑みを浮かべた。歯の白さに、ガムの紫が混ざる。


 相変わらずの余裕ぶりに改めて俺は、イチ君やトー君には年齢とかの概念を超えた何かがある、と強く思わされた。それはおそらく今までの歴戦からくるものなのだと思う。

 別に詳しく聞いたわけでもない。だからあくまで想像でしかないのだが、2人の話し方や落ち着きから、そうなのだろうなと軽く想像がつく。


「私が、ですか?」


 エンドウさんの戸惑いまじりの声に気づき、顔だけ少し振り返る。トー君とエンドウさんは先ほどと変わらず、会話を続けていた。

 会話の横入りをするのもアレだから、とりあえず俺は「ありがとう」とイチ君に伝え、スピードを緩めた。そして、距離が縮まった後ろの2人の会話に聞き耳を立てた。


「はい。エンドウさんの力が必要なんです」


「でも、私なんかが力になれますか? さっきみたいに戦えるわけでもないですし……」


「戦うことだけが力になることじゃないですよ。エンドウさんにはエンドウさんしかできないことがあります。ブレスレットを購入した経緯や亡くなった金山さんのことなど、様々」


 トー君は優しい口調で続ける。


「だから力になれます。それに、これから購入場所の道案内をすると自ら名乗り出てくれてるだけで既に充分なってます。それで……どうですかね?」


 エンドウさんは口をきゅっと結び、はっきりと頷いた。「勿論、協力します。小夜のためにも、私ができることは何でも」


 トー君を見るエンドウさんの目や表情は、力強くたくましい。何かを決心したことがひしひしと伝わってきた。


 「着いたぞ〜」前方を歩いていたイチ君の声に、俺は意識を前方に移す。イチ君は体を90度左に向け顔を上げていた。俺もそちらに視線をやる。


 そこには2つの緑の支柱が地面にささっている。顔を上げていくと、その上部に看板が付けられているのが見えた。「四六横丁」と白の背景に緑の文字で大きく。


「んじゃ案内してくれ」


 イチ君はエンドウさんを見ながら、顔をクイッと横丁に。

 「は、はい」エンドウさんは少し駆け足でイチ君とトー君の前に出て、「こっちです」と案内をし始めた。


 夜はネオンで光るのだろう、文字を囲むようにして電飾が施されている。だが、ところどころ電球が欠けており、おそらく現在は使われていないのではないだろうかと想像できる。


 またしてもどこかからか視線を感じた。俺は慌てて辺りを見回す。だけど、誰もいない。何なんだよ……

 ふと思った。もしかして怪異がどこかからか見張ってるんじゃないか、俺やエンドウさんについてきてるんじゃないかそう思うと、変な悪寒が走った。


「坂崎さん?」


 名前を呼ばれて、顔を正面に戻す。入口にはトー君が振り返っていた。その奥にはどんどん先に進むエンドウさんとイチ君が。


「どうかしました?」


「い、いや。ごめんごめん」


 俺は笑みを浮かべて、少し駆け足で向かう。考えてみれば、彼らが気付かないなら、怪異じゃないはず。ただの気のせいだ、気のせい。


 まっすぐ伸びた道を進んでいく。道幅は狭く、大人4人は横に広がって歩くことのできないぐらいだ。


 そして、サイドには店がびっしりと並んでいるが、話に聞いてた通りほとんどの店のシャッターは閉められている。夜ではないからとかそういうのではないだろう。もう長い間開け閉めされておらず、閉め切られ続けているからこその寂れ具合がシャッターや店の外壁に出ているのだ。


 上には透明な屋根が横丁全体を覆っており、通路にはみ出る形でテーブルやらプラスチックの丸椅子やらが少し雑に置かれている。

 屋根のおかげで、ここで人々が呑み食いをしている、もしくはしていたんじゃないかと想像をかき立てられる。

 反対に、屋根のせいで太陽が遮られてしまっている。でも、あくまで透明。そう考えると光はあまり入ってきていなさ過ぎる気がする。左右にある建物は2階建てだから、そこまで高いというわけではない。

 なのに暗い。だからこそ余計に、現代から切り離されたような雰囲気がここ全体を包み込んでいるのを強く感じた。


 最初の角を左に。そのまましばらく歩いて次の交差にさしかかる寸前に、先頭にいたエンドウさんは「この角を右に曲がってすぐです」と俺らの顔を振り返り見ながらも歩みを止めずに案内する。そして、その角を曲がる。


 すると、エンドウさんがすぐに「えっ……」という声を出す。思わず出てしまったか細い声。


 どうかしたのか? 俺も角を曲がり、見てみる。


 そこには、シャッターではなく窓ガラス張り構造で、中が見える造りになっている店があった。そんな構造だから、中の全てが把握できた。


 ここには、

 夜逃げのように全ての物が置き忘れていたり、商品だけ持って棚などは置いていったわけでもなく、本当に何もなかったのだ。埃や汚れが目立ち、まるで別世界のような雰囲気を醸し出されたここは、まさにがらんどう、換えればすっからかんという表現がぴったりだった。


「そんな……」


 エンドウさんは酷く驚いている。その理由はすぐに容易に予想できた。


「ここで購入を?」


「は、はい……」視線は店内をキョロキョロと見回している。


 「場所が違う、なんてことは」トー君が続く。

 「いや、ここで買ったはずです」即座に否定。


 「でも、ここには何もない」俺も店内を見ていたのだが、ふと人影が視界に入り、そちらへ視線を向けた。

 向こうに、男性がいるのだ。頭に白いタオルの鉢巻を、腰に店の紺色エプロンをして、両手にステンレス製の容器に入った業務用のビール樽を持っている40代後半ぐらい。そのまま、角を曲がっていってしまい、姿が見えなくなった。あの見た目から察するに……


 「エンドウさん」俺は視線を戻し、すかさず名前を呼んだ。


「はい?」


 「店の名前は?」と訊ねると、眉を中央に寄せて、困った表情に。


「その日しか行ったことないですし、そもそも小夜に連れて行ってもらったので名前まではすいません……」


 そうだよな。でも、場所さえ分かればとりあえず大丈夫だと思う。


「ここで少し待っててもらえますか?」


「は、はい」


 「2人もここで」とイチ君とトー君にも伝え、俺は来た道を駆け足で戻っていく。

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