二
少年の髪は、少し立ち上がっている黒のショートだった。上はファスナーを胸辺りまで閉めたフード付きの黒ジップパーカーを、下は7分丈の黒カーゴパンツを着用している。闇夜に紛れ込めるのではと思えるほど、全身黒づくめだ。で、背は150cm代前半ぐらい、だろうか。
「刀投げんの上手いね〜あっ! もしかしてやり投げ経験者?」
少年は頭の後ろで手を組み、足のつま先を交差させながら立てていた。その姿からは余裕さが感じられる。
「ま、投げても無駄なんだけど」少年の口から膨らんだガムが出てきて、すぐ割れる。
パンッ、と小さな破裂音を合図に、先ほどまで遠くへ投げ飛ばされていたはずの刀が戻ってきた。生き物のようにブーメランの弧を描いている。
少年が右手を高く上げると、そこへ刀は綺麗に収まった。さっきは見えなかったけど、
「な?」
少年が眉を上げる。それを挑発だと捉えたのか、怪物は怒り任せに腕を振り下ろした。少年を押し潰そうとしているのだ。
少年は両手で柄を掴み、水平に構える。振り下ろされた腕が刃にぶつかる。細かな火花が散る。
その場で受け止め続ける。歯を食いしばり顔を歪ませ腕を震わせながらもではあるが、そもそも体格差からしてこの程度で済んでいるのがありえない。
な、なんなんだこれ……
すると、少年の両足は次第にぬかるんだ土を盛り上がらせながら後退していく。やはり怪物の方が力が強いのだろうか。「おぉんっっ」少年は全身に力を入れる。土が下にズドンとへこむ。「どりゃぁぁ!」声を上げた瞬間、怪物を持ち上げ、右方向へ弾き飛ばした。
勢い余ってか、少年の足は地面を離れ、そのまま右へ回る。体が宙に浮く。
怪物は身軽に一回転させると、地面に足をつけ、ぬかるんだ土で受けた力を打ち消して止まった。
そのため回転し続けてる少年は怪物と背中を向けようとしている状態に、地面とはうつ伏せのような状態になってしまう。見逃さない怪物。チャンスとばかりに体勢を整え、少年の方に駆けてきた。
少年は左足をつき、地面を蹴る。消え気味だった勢いをさらにつけて回転させる。
怪物の方へ向けながら刀を投げると、逆手に持ち直してから、ふりおろすように刀をぶん投げた。
頭ごと体をずらし、避ける怪物。横に動いたため、駆けるスピードは一瞬遅くなるも、ほぼ変わらない。
だが、少年はその一瞬で両足を地面につけて、怪物の方へ走っていく。
互いに走ることで縮まっていく距離。
怪物は止まる。勢いそのまま体がスライドしていきながらも、右腕を引く。その動作を見ても、少年はスピードを緩めない。
もしかしたら、勢いで緩まないのか? いや、そうだとしたらっ——
よぎった嫌な結末が俺の心拍数を上げさせている。そのためか、不思議と見えている景色が少しだけスローになった。
その時に気づいた。
少年は笑っていたのだ。まるで怪物の動きをさも分かっていましたかのようなそんな表情。
少年が目の前に。怪物は、ダァララァァララァラとまたしてもけたたましい咆哮をあげ、腕を突き出す。
次の瞬間、勢いそのまま少年はストンと体を落とし、握られた拳を間一髪スレスレで躱す。
同時に、怪物の脛に腕を突き出し、引っ掛け、力を込めて払った。怪物の姿勢がぐらりと崩れ、前方にばたりと倒れた。泥が無尽蔵にそこらじゅうに撥ねた。俺も少しかかりそうになり、避ける。
一方の少年は、ぬかるんだ地面のせいからか、スライディングして壁際まで。土が綺麗に放射状に撥ねる。
壁に軽くぶつかる形で止まった少年は片手を地面に。そして、体操選手のように怪物の方へ向こうと空中でひねって、軽々「よっと!」と身体を起こす。少年の声で景色がふと戻る。
少年は手や服についた泥を払ったり軽くこするなどして落とすと、「あー」と肩や首を回し始めた。その軽さはまるでデスクワークをしているサラリーマンかのよう。
訪れた静寂。そのおかげでこんがらがっていた頭が落ち着きを取り戻した俺は少年の近くへ。
本当は一刻も早くこの場から立ち去りたかったけど、怪物がいるのは出口近く。逃げるのは危険だと思った。というか、正直なところからあの怪物には一生近づきたくないと体が拒絶反応を示していた。だったら、身元は分からないけれど、救ってくれそうな少年のそばに行っていくべきだなと判断したのだ。
ガチャリ。金属音が聞こえる。俺は振り返る。少年は右手を横に向けていた。手にはあの刀が。先ほどと同様、刀がひとりでに戻ってきたのだろう。
少年は刀を肩に置き、何度か叩く。そして、「案外弱えーな」と嘲笑った。
ブァルルゥルルルゥルルルッ、と怪物は絶叫に近い咆哮をあげる。耳をつんざくような異常な音量に俺は思わず耳に手を当て、目を細める。
「そうこなくっちゃ、だよな」口角を上げながら少年は再び怪物へ走り出し、戦いを再開した。
俺は、正体不明の怪物と人間とは思えない身のこなしを繰り返す少年の、奇怪で妙な激闘をただ凝視していた。というか、何もできぬ俺にはそれしかできなかった。
「大丈夫ですか?」
「わああっ!!」背後から突然かけられてた声に、変な声を出した俺はすぐさま振り返る。半分身の危険を感じて、慌てた。
そこには、茶色のミディアムヘアにシャープなメガネをかけたイケメンな青年が立っていた。
少年とは打って変わって身長は高く、パッと見て俺よりも若干小さいくらい。おそらく175ぐらいはあるだろう。格好は、水色Yシャツの上に薄手の黒いカーディガンを羽織っており、下は白のチノパンにスニーカーを、という今どきの大学生っぽくカジュアルで、だからなのか顔つきや年齢もその辺りに見えた。
青年は「すいません、驚かせるつもりはなかったんですが」と申し訳なさそうな表情を浮かべながら、斜めがけしたお洒落だけど収納の良さげなショルダーバッグを少し後ろへやった。
「あっいや……」
ど、どっから現れたんだ?
「怪我はありませんか」
慣れた口調で話す青年に、「大、丈夫、です……はい」と少しどもりながら返す。
「そうですか。ならよかったです」青年は微笑む。「失礼ですが、おいくつですか」
「はい?」
俺はこの状況で、という意味も込めて思わず聞き返す。まさかの質問だった。
「年齢は?」執拗に聞いてくる。だから、「32、ですけど……」と答えた。
「そうですか……」
なぜか、険しい顔をする青年。俺はそのわけを訊こうと思った。
でも、ガシャンという大きな音が上空から聞こえ、阻まれた。
俺は視線を目をやる。喫驚、その一言だった。思わず目が丸くなる。
なんと青年の後方にあるビルの屋上に張られている鉄網が折れ曲り、こちらに向かって落ちているのだ。
「わぁ!」と俺は声を上げた。すると、青年は網へ振り向きざま、そして慣れた手つきで肩がけバッグから表紙が緑の本を取り出し、開いた。
「ジン!」
青年が網に手をかざし叫んだその瞬間、網は粉砕され、四散した。多少パラパラと残骸が落ちてきて体に当たるものの、痛みは全く感じなかった。またしても起きた奇妙奇天烈な現象に、俺は再びあっけにとられた。
「イチ、もう少し気をつけて戦ってくれないか」
いつの間にか青年は少年の方を見ており、怪物の攻撃を刀で弾いたり体で躱したりと絶賛戦闘中にもかかわらず、口を手で囲み、叫び伝えていた。てことは、戦いによって網が、ということなのか。
「だったらよ、トー。そっちばっか構ってねぇで、手伝えってーの!」
叫び返す少年。青年は小さなため息をついて、俺の方を見てきた。
「この辺は危険なので、そうですねー……あっ、あの裏に隠れててください」
指し示されたのは、路地裏にあった業務用室外機。
「は、はい……」言われるがまま状態になってる俺は素直に頷く。
青年は緑の本を手で持ちながら少年の方へ駆けていく。だが、すぐのところで立ち止まり、振り返る。で、「逃げないでくださいね」との一言。
俺はその意味がなんなのか分からなかったが、こちらも言われるがままに「はい」と返事をする。
で、室外機の後ろへ力走。身を隠す。そして、すぐさまケータイを取り出す。理由はもちろん、今この状況をムービーに収めるためだ。こんな大スクープ、ものにできなきゃ記者失格だ。
俺はケータイを横に持ち、画面下に表示された赤い録画ボタンを人差し指で押した。
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