三
もう何が何だか……
少年の刀での戦闘もそう、青年の本でのサポートもそう。全てにおいてだ。俺が最初に見た時よりも遥かに、戦いは加速していた。何の躊躇いもなく、ただ冷静に。平然と。まるで同じようなのと何度も交わしてきた経験があるかのよう。いや、かのよう、じゃないのかもしれない。さっき会ったばかりなんだから、そんなの分からないじゃないか。
少年が壁をよじ登っていく。何か足を引っ掛けるようなところはない。なのに、あっという間に怪物よりも高い位置へ到達。すると、足を壁に食い込ませるように踏み込み、さらに高く跳ね上がる。
「これでもっぉ」空中を飛ぶ少年は、怪物の頭上に。「くらえってんだぁっ!」
刀を振り下ろす少年。すんでのところで怪物は右腕を頭の上で出したため、刀は頭にではなく腕に食い込んだ。だが、怪物はゴホォォッォっと減衰する声を出しながら、倒れた。
再び静寂が訪れる。
「っしゃぁ!」それを破ったのは、前方一回転をしながら地面へ着地した少年。「ふー」青年は俺のそばに。
「思ったより楽だったぜ〜」
怪物を挟んだ向こうにいた少年は、怪物を踏んで越えながら満面の笑みでこちらへ歩いてくる。肩には刀を置いている。
だが、少年を覆う影が後ろで静かに——
「イチ、まだだぁ!」
青年が叫びで少年は立ち止まる。目を見開いて急いで振り返る。
だが、遅かった。返りきる前に怪物の手が少年の体へ。もろに食らい、勢いよく斜め上へと殴り飛ばされると、少年はビルよりも全然高く飛び上がり、放物線を描きながら遠くへ消えていった。
「まずいっ!」
青年は急いで本を開き、怪物に手を向ける。だが、囲んでいる四方の壁を利用して跳ねながら移動する怪物に照準が定まらないのか、「くっ!」と青年は手をあちこちに向ける。
そして、ビルの上まで登った怪物はどこかへ去っていってしまった。
これで何度目の静寂だろう。
終わった? そう思ってはいながらも、俺はただ呆然としていた。状況が全く飲み込めず、何が起きていたのか理解できなかったんだ。
すると、突然ピコンと音が聞こえ、体がビクッと動く。すぐそばだ。というか、手元。見て気づいた。どうやら俺の手が録画停止ボタンに触れていたみたいだ。
視線を感じ、顔を正面に戻す。青年がこちらを見ていた。思いっきり目が合い、少し気まずくなる。だって、まだ終わったかどうか分からないんだから。あくまで素人目で判断した勝手な解釈なのだから。
「もう大丈夫ですよ」
青年は緑の本をバッグの中にしまう。俺は恐る恐る室外機裏から出て、彼の元へ駆け寄る。
聞きたいことは沢山あるが、まずはこれだ。
「あ、あの一緒にいた少年は?」
「あぁ。イチなら大丈夫ですよ」
えっ?
「だ、大丈夫なんですか?」
あんなに飛ばされたのに、まさにマズいという表情を浮かべていたのに、大丈夫なのか? それに、何よりまだ安否確認とかしてない……
「それよりも、32歳なんですよね?」
「そうです、はい……」それよりも、なんだ。
「やっぱり……」青年は眉をひそめながら呟く。含みのある言い方。急に不安になる。
「あの……やっぱりって一体」
「ただいまぁ〜」遠くから声が聞こえる。
あ、あの声はっ!——待ちに待っていたヒーローが太陽をバッグにやってきた戦隊モノのワンシーンかのような気持ちを抱きながら、俺は振り返った。視線の先、つまり入ってきた路地裏から、ボキボキと首を鳴らしながらあの少年が歩いてきている。
本当に生きてた……
「意外としぶとかったんなー、ちょっと油断したぜ。イテテ……」
少年は右ひじを覗くように見る。
「あっ、擦りむいてるじゃんか。何だよアイツ……怪力過ぎ。イカれてんだろ、チクショ」
いやいや、ビルを越える程の力で殴り飛ばされてるのに、擦りむいたぐらいで済んでる君のほうが……
「ったく……」青年はおもむろにバッグから絆創膏を取り出し、「ほら見せて」と促す。
「ん」少年が肘を突き出す。
「これでよしっと」血が出ているところを包括的かつ綺麗に貼る青年。
「イチ、油断は禁物っていつも言ってるだろ?」
「まさかあそこまで体力が残ってるとは思わなかったんだよ。それによー」
俺が2人の掛け合いを見ていると、青年の方が俺に気づき、「ちょっとイチに見て欲しいものがあるんだけど」と、一旦会話を中断させた。
「何だ?」
「この人」青年は少年にそう促す。
少年は俺の前に立ち、まじまじと顔を見てきて、「いくつ?」と一言。
同じ質問だ。「32です」
少年も青年と同じく眉をひそめたが、「あーあー」とすぐに眉が上がる。
「あの……何がそんなに?」
少年は地面に刀を突き立てる。
「お前、アイツに寿命吸われてんだわ」
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