6-4. 盟神探湯並みの信頼性

👉いままでのあらすじ

・いろいろあって占い師のところに行くことになった

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 一学期の私と大きく変わったのは、グラスノスチというか、ホウレンソウというか、とにかく情報を共有するようになったことである。


 このころから私たちは古ガジェの活動とは別に、運動部が朝練をする時間帯にツィンゾルで、つまり能力者だけで集まるようになっていた。


 昨日の安国寺からの連絡を白岡とヒロミに報告すると、一様に驚いていたが、まだ今聞いた情報だけからは分からないということで、とりあえず私の広島訪問を待とうということになった。


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 放課後、白岡と一緒に超人吉田のもとに向かう。ヒロミも誘おうかと思ったんだが、「あまり多人数で行っても向こうが困るから」とのことである。白岡がわざわざ私の家を訪れたのは、予約が取れたのが急だったのとヒロミのいないところで話したかったかららしい。


 道中白岡が超人吉田についての情報をレクチャーしてくれた。

「超人吉田の正体は3年5組の長沼泉さんらしいの」

「ん、名前に全く吉田要素がないんだな」

「当初は正体を隠すっていうコンセプトだったらしいよ」

「コンセプトって……。まあ有名無実化することはよくあるよな。それにしても、三年生か。受験も近いってのに何やってんだろうな」


 どうにも彼女が読心術者とは思えず、軽い物見遊山気分である。


「まあ推薦とかで早くに決めている人もいるでしょうし」


 まあでも白岡も似たようなもんである。僅かでも可能性のある所はつぶしておこうということなのだろう。


「ただ、一つ気になることが分かった。長沼さんって言うのは随分年長らしいの」

「そりゃ先輩なんだから年上だろ?」

「ううん、それが成人しているらしいの。どういう事情なのかは周りの人も知らないらしい」

「なるほど」


 目的を果たすために読心術者を学年を下げて置いている、大いにありうる話だ。俄かに興味がわいてくる。


 その超人吉田が占いをしているのは、路面電車で城の北側に回り、清水町でおりてすぐ。平和通りの一本北側の道に沿ったアパートの中の一室であった。何も看板が掲げられていないが、白岡は迷うことなく進んでいく。


「予約した白岡です」


 バックヤードの確保のためか、単にムードづくりなのか、ワンルームに間仕切りを設けて、三畳ほどの広さの空間を作っている。テーブルが一つで、奥側に座る超人吉田さん、手前に理科室にあるような丸椅子が二つ。どうやらそこで占うようである。

 超人吉田はヴェネツィアのカーニバルっぽい仮面をつけて顔を隠している。正体を隠すというコンセプトは生きているらしい。


 それはまあいいんだけど、さらに彼女は中東っぽい感じのベールをかぶっている。エミレーツの制服 みたいななんちゃって感で、髪が外に出ている。長い髪も明らかに付け髪(カタカナで何と言ったっけか)である。スーパーミリオンヘアみたいな精巧な奴ではなく、本当に文字通り「付けた髪」という様相である。


 ネーミングと世界観の統一はできているのだろうか。こっちが不安になってくる。


「お待ちしておりました、超人吉田と申します」


 細く高い声は確かにそういう雰囲気が出ている。そう言いながら超人吉田はマグカップを二つ差し出す。コーヒーの香りも占いの館には似つかわしい気がする。


「コーヒーをどうぞ、あ」


 超人吉田はそう言いながら、マグカップの一つを盛大にひっくり返した。


 白岡の手にもかかる。こいつ、白岡に何しやがる。いつかの誰かみたいにワンパン でやっつけてやろうか。


「ごめんなさい、ごめんなさい、もう、泉はなんでこんなドジなの」


 大慌ての様子(*1)を見て、殴る気は失せたが、占い云々以前に年長者としての威厳が全然感じられないじゃないか。完全ゆとり教育世代はこれだから……。


「気にしないでいいよ。火傷もしていないし、服にもかかってないし」


 何と慈悲深い、さすが白岡だ。


 火傷していないというのはその通りのようで、一安心だ。


「ありがとうございます、ありがとうございます、白岡様」


 こりゃもうどっちが年長なんだか分からないな。


「こほん」


 有名人だからと選ばれた素人声優が台本をそのまま読んだ時のようなわざとらしい咳払いだ。ゆるんだ空気を戻そうとしているんだろうが、そのわざとらしい咳払いは逆効果だ。


「ええと、今日は何を占いにいらっしゃったんですか?」


 ああ、占いってこういう感じなのか。何を占って欲しいとか考えていなかった。しかし、超人吉田は白岡と私の顔を交互に見ると、こう叫んだ。


「ああ! 恋愛ですね」


 気づけなくってすみません、とでも言いたげだが、読解した内容が間違っている。瞬時に理解した、彼女もまた色恋族の一員なのだろう。


「あ……あの……」

「そういうわけじゃないんですけど」

「いえいえ、恥ずかしがらなくていいんですよ。そういう相談多いですからね。うーん、初々しくていいですね、お似合いの二人だと思いますよ。あ、これは占いじゃないですけど。女の勘です!」


 占い師というのは、ミステリアスな雰囲気というか、こちらが届かない高みにいるような印象を与えてなんぼの商売ではないのだろうか。新興宗教がしばしば隔絶された空間で布教を行うように、雰囲気にのまれて言葉を文字通りにとらえられず、信じてしまうところはあるだろう。逆に言うと、そうした演出をすることなく、あのような名声を得ている超人吉田は、実は本当に超人なのではないだろうか。嘘臭さが却って真正性を示しているのである。そこまで考えて、俄かに緊張が走る。先ほど、コーヒーをこぼしたのはもしかしてわざと? 湯を手にかけるためにやったのでは?


「それでは二人の相性を占って差し上げましょう。彼女さん、彼氏さんと握手して」


 ほらこの、予約しているから名前を知っているはずなのに「彼女さん」なんて呼ぶところとかウザいよね。ところが、妙なところでまじめな白岡は従順にもすぐに私に右手を差し出してきた。白岡がそう動いた以上、私も抵抗することができず、彼女の手を握った。


「そう、そのまま30秒。見つめあって。」


 何が「見つめ合って」だ。白岡と30秒睨めっことか、吹かずにいられるだろうか。心の中で悪態をつきながらも不承不承に白岡の目を見つめたのだが、厄介なことにすぐに前言撤回せざるを得ない事態が発生した。私を見つめる白岡の潤んだ瞳。目は口程に物を言う、違うか、目と目で通じ合うというか、何というかこう、色っぽい。剰え手まで握っているのであって、だんだん速くなる心拍やじわじわ熱くなる皮膚すら知覚できる。綺麗な指してたんだね 。真っ白な肌してたんだね。ヒロミなんて運動会で見事に焼けていたのに。さらに厄介なことに、私が白岡を見つめているとき、白岡もまた私を見つめているのだ。しからばすなわち、白岡も私の表情体温心拍その他諸々を感じているというわけで。


 何も言えなくて、悪夢のような30秒の後、超人吉田が口を開いた。


「もういいですよ、ਤੁਣਕ ਤੁਣਕ ਤੁਣ 」


 真剣な表情で何かそれっぽい呪文を唱えているが、これも出鱈目なんだろうな……


「結果がでました!二人の関係に新たな生命を与えるインスピレーションが大事ですね、雑誌とかチェックしてみるといいでしょう」


 うーん、何だろう、これ。めざましテレビでやっている星座占いと言っていることが同レベルのような。白岡はどう思っているのだろうかと思って横を見ると、顔を赤くしてどぎまぎしてやがる。いいから、そういうの、やめて。


 超人吉田がどうやら偽物(*2)であるという点は、白岡も同意するところであった。占いなんて無理して履修するようなもんじゃない 。俺はまだ本気出していないだけ、という可能性が万に一つくらいはあるかもしれないが、もう俺はぜったいに行かない。ぜったいだからな。


 ところで、占いは主目的の上では無駄骨でありながら、それとは関係ないところで我々に多大なる影響を与えた。あれからというもの、白岡は顔をほんのり赤らめてどこか上の空であるし、私としてもどうにも素直におしゃべりできない 。しょうがないのでその場で解散とする。


 白岡と逆方向に歩いて、平和通りに出ると、見たことのある人影が目に留まった。辺りは大した人通りがないので、否応なく目立ってしまうのである。ヒロミの父親、関三郎氏だ。それは別に良いんだが、悪いことに、女性と腕を組んで歩いている。さらに悪いことに、この女性は知らない人だ。相変わらずうらなりのような顔をしているが、以前あったときよりいくぶん血色は良いように見える。幾分おかげで顔のほてりが一気に鎮まった。


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 その夜の当番は太田だった。相対的当たりくじだ。


 三郎氏のことが気になったが、こちらはこちらでやるべきことを進めなければならない。この機会に安国寺の父親について聞いておこうと思うのだ。非使用確認の前にこう切り出した。


「太田さん、一つご質問してもよろしいでしょうか」

「どうぞ。何かな、ナンパの方法とか?」


 時間が限られているんだ、太田の冗談に付き合っている暇はない。単刀直入にいく。


「広島の安国寺さんってご存知ですか」

 太田は一瞬、彼には似つかわしくない、難しい顔をしたかのように見えた。だが、すぐに破顔して答えた。


「ほう、安国寺ね。アイツはすごいよ。でも君何でそれを、まさかヤツと組んで謀反でも?」



 太田は冗談めかしていたが、目は答えを問うている。


「いやちょっと、ヒロミから噂を聞いたもので。おっしゃるように、なんかすごい人っていう……」


 どうやら答えは及第点だったようで、太田は説明をしてくれる。


「あいつは資金源でね……国の予算とは別の透明なお金を作ってくれる。代わりがいないから大きくふるまえるんだよ」

「……錬金術ですか?」

「何だ、知っているのか」


 やはり、安国寺というのはあの錬金術師の安国寺だ。となると、娘の安国寺綾の特殊能力が跳躍というのはやはりおかしい。


 黙っている私を見て、太田が話を重ねる。


「おまけにちょっと非常識だ。非常識な人間が力を持つほど悪いことはない。娘を溺愛していてね。娘を検査させろ、といっても今まで見せてもくれない」


 その日の能力を使ったかどうかは、外から見て簡単には分からないので、いま確認しているように七面倒くさい方法をとらなければならない。だが、その人が能力を持っているかについては簡単に感知できる方法が開発されている。だから通常は能力者の子供から生まれた場合、すぐに検査を受けて能力を得たことが確認される。安国寺綾は白岡と別タイプのイレギュラーと言えるだろう。


「それは横暴ですね」


 娘への過剰な愛に関しては、自分も巻き込まれただけに言葉に実感がこもった。


「君はああいう大人になっちゃいかんよ。能力者とは仲良く楽しくやっていきたいね」


「ご尤もです」

「じゃあ早速で悪いが、『仲良く』の第一歩として、今日君に話したことは豊田さんには黙っていてもらえるかな」


 裏切ってもこちらに何のメリットもない。尤も太田の話している情報とて、さすがに大したものではないんだろうが。


 太田を安心させるべく、努めて明るく高い声で言ってやる。


「ええ、もちろんそのつもりです。今後ともよろしくお願いします」


 本当なら山吹色の菓子 も用意したいところだ。


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〈註〉

*1 コーヒーをこぼすこと自体には全国に仲間がいっぱいいるんだから[1]、落ち着いていただきたい。

*2 こちらで勝手に能力者かと疑って、偽物呼ばわりするのもよくないか。一般的な占いの定義でいうならば、むしろ本物というべきかもしれない。


〈参考〉

[1]https://twitter.com/coffeekoboshita

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