6-3. 温泉は松山へ!

👉いままでのあらすじ

幻かと思われた安国寺の本物が登場。例の手紙に書かれていたことはどうやら本当だったらしい。

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「アヤメさん、ノート見せてもらえない?(*1)」

「ええ、どうぞ」

「運動会頑張ろうね(*2)」

「うん、絶対勝ちましょ」


 2学期になって我々の教室の風景は大きく様変わりしていた。白岡はクラスの人々の輪に加わって、以前よりも喋る相手も頻度も多くなっていた。そうすると、元来華のある白岡のことだ。たちまちクラスの社会ネットワークにおいて高い中心性を手に入れたのだった。


「うんうん、良かった」


 そんな白岡を山北は自分のことのように喜んでいた。教室の端から白岡をうっとりと眺めている。その優しげな眼差しは木の上に立って雛鳥を見る かのようだ。


「普段の白岡とはだいぶ違うようだが、それでいいのかね」


 この美しい愛の空間に割り込むのも野暮かなと思いつつ、私は疑問を口にした。白岡の所作はそれまでのクラスでのイメージから逸脱するものではなく、白岡クール教信者 はますます彼女に帰依するのであったが、部活での彼女を知っている身からすると、大きな違和感があった。


「もう、メガネくんは細かすぎ」


 山北は笑顔を崩さず、全く気にするそぶりはない。


「そういえば、嬉野君は?」

「家族で旅行に行くんだとさ」

「この時期に?」

「そう、まああいつらしいと言えばあいつらしいな」


 嬉野はまるで夏休みを待っていたかのように、始業式数日後に旅立っていた。海外ということで期間も長く、よりによって運動会に参加しないという。まあお父さんはお医者さんであるし、いろいろと仕事の都合もあるのだろう。


 安国寺からもたらされた情報により、期せずして我々の短期的な目標は決定した。校内に存在するという読心術者を探すことだ。読心術者が黒幕としてふるまっているのではないかという仮説が、現在の我々の一応の統一見解だ。仮にしらみつぶしで探したとしても、一日10人で充分に悉皆調査で切る算段だ。もちろん、安国寺に来たという手紙が偽物で、読心術者の存在自体がフェイクという可能性も考えられる。しかし、漫然と全国から探すことを試みるよりは幾分期待が持てるだろう。それに別れ際に安国寺と約束してしまった。


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 今日も能力残存検査はないようで、一人時間を停止する。といってもこの独り身の部屋の中で動くものなどもとよりほとんどなく、今間が止まっていることを示しているのは時計の秒針くらいである。今や私は世界の支配者であるというに何と空しい。気が滅入るので、せめて家の外に出ることにする。近頃は時間停止中に物思いにふけることが多くなった。玄関の扉を開こうとすると、7割方開いたところで、何か引っかかりを覚えてそれ以上動かない。どうしたことかと思い、身を乗り出して扉の向こう側をのぞき込むと、そこにいたのは白岡だった。


 特に誰の目があるというわけでもないのだが、私はあわてて扉を閉じた。いったい何の用だろうか。明日学校で話すのでは不都合な事情があるのか、あるいは何らかの緊急事態だろうか。散らかった部屋の諸々を慌ててクローゼットに詰め込み、白岡の来襲に備えるうちに三分間は終了した。ところが、その後も扉は静かだ。チャイムを押すなり、ノックをするなり白岡の方からアプローチをしてきてしかるべき状況であるにもかかわらず、それがないのだ。どういうことかと思い、扉を開くと、ちょうど白岡がアパートを立ち去ろうと歩いていくところであった。屋外にあるアパートの廊下で私の部屋の扉から3mくらい階段よりだ。私はすぐさま23号室の前の小悪魔 に声をかけた。


「白岡!」

「え、川内君?」


 白岡は狼狽している。わざわざ来たくらいだからここが私の家であるというのは白岡としても了解済みであるにしても、まさか深夜に外に出てくるとは思っていなかったのであろう。


「中に入れよ」と白岡を誘う。


 白岡はしばらく抵抗していたが、「やっぱり今日いうことにしよう」などと言いながら、やがて堪忍してついてきた。


 居室に通った後、卓袱台に向かい合わせに座る。白岡は意を決したように口を開くと、単刀直入に話題を振ってきた。


「超人吉田 って知ってる?」


 唐突な話題にたじろぎつつも、応答する。


「ああ、あの何でも当たる占いをしているっていう」


 占いってなんだよそれ、と思われた方は2-7.を見返していただきたい。そう、ヒロミが噂をしていたあれである。あんな字数稼ぎの世間話っぽいくだりを今更回収するのである。


「あれがうちの学校の生徒らしいの」

「ふーん、それで」

「だから。調べに行きましょ」


 読者の皆様はもうご存知かと思うが、こういう時の白岡は内容を大幅に省略する傾向がある。しかし、今回の問題は白岡検定では初級の部類に入るだろう。すぐに合点がいった。


「ってまさかそいつが例の読心術者だっていうのか」

「ちょっと、声大きい」


 アパートの壁は薄いのだ。


「すまない、でもいくら何でもそりゃないだろ」


 確かに、「なんでも当たる占い」というのを額面通りに受け取れば、読心術を使っている可能性は高い。しかし、この手の文句は誇大広告であるのが世の常だ。一方で信じない充分な根拠もある。第一に、読心術者も私と同様に監視されているはずだから、容易に能力を使うことはできないはずだ。第二に、そんなことをする意味が分からない。有象無象の心を読み取るというのは能力の無駄遣いにしか思えない。


「私もガセだとは思うんだけど、一日一人しか占わないっていうし」


 能力者であるとみなしても矛盾はないってところか。これも飢餓感をあおる戦略のようにも見えるが。


「分かった、行こう」

「良かった」


 白岡の笑顔が花開いた。


「それはそうと、これはどうにかならないの」


 先ほど私がいろいろつっこんだクローゼットを見て、白岡が顔をしかめている。


「いやいや、散らかっているように見えるけれど、これはこれで秩序があるんだ。下手に触ると何がどこに行ったか分からなくなってしまう」

「あなた家事できないんでしょう」

「失礼な、毎日少しずつやっている」


 私は月曜日に風呂を沸かし火曜日に風呂に入るというような、日々積み重ねる一週間の過ごし方を事細かに説明したが、白岡は納得してくれないらしい。


「それなら、私が片付け……ひっ!」


 衣類の山を探っていた白岡の口と手が俄かに停止する。


「どうした白岡……あ」


 白岡が手にしていたのは私の下着だった。誰も得をしない事態だ、逆ならまだしも。その時、絶妙なタイミングで携帯電話が鳴動した。


「お、おっと電話のようだ。ちょっと待ってくれ」


 そのまま下着をひったくり、台所に出ていく。下着を適当な棚に突っ込みながら、ディスプレイを見ると、安国寺だった。これは面倒な電話だな、と察した私は「すまない、掛けなおす」とだけ告げて電話を切った。


「えっと、電話もう終わったの?」


 戻ると、白岡が顔を真っ赤にしてうつむいていた。


「大したことないから」


 答えを聞くと即座に白岡は立ち上がる。


「それじゃあ、そろそろ帰るね」

「送って……」


 夜も遅いし、白岡を一人で帰すのはどうかと思ったが。


「いいよ、大丈夫だから」


 白岡はそういうと大慌てで出て行った。ピンポンダッシュのような勢いで走り去ってゆく。ものすごい勢いでドアが閉まるが、幸い剛力の能力は発動していなかったようで、ドアは破壊されなかった。


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 白岡が帰った後、確認すると電話は安国寺からのものだった。


『本当に申し訳ございません。実を申しますと、悪いのはわたくしの父でした。本当に申し訳ございません』

「えっと、どういうこと?いいから話して」


 どこかであったパターンである。告げられた事実に驚愕する暇もなく安国寺をなだめなければならない。電話口で頭を下げている安国寺が目に浮かぶ。


『実は、広島にいらっしゃった際に川内さんを誘拐したのはわたくしの父の手のものでした』

「え?」


 今度は安国寺をなだめるという重大な責務がなかったことも相まって、あまりのことに、感動詞をひとつ投げたきり、沈黙してしまった。


『わたくしの父親というのは、その、ちょっとばかり不器用な人でして、わたくしのことになると見境がなくなるんです。愛情表現が過剰と申しますか……』


 蚊の鳴くがごとき安国寺の声からは電話口で顔を真っ赤にしている彼女の姿が容易に想像できた。


「それでどうして俺を拘束することに?」

『その、大変申し上げにくいのですが、川内さん』


 安国寺の声は先ほどよりさらに小さくなっていて、さながらゾウリムシが鳴くようであった。


「なるほど、娘につく悪い虫を追い払おうということだね」

『ええ、まあそうなります』


 安国寺はミトコンドリアの鳴くような声でどうにか言った。


 何という馬鹿々々しい真相だろうか。読者の皆様は怒っているかもしれない、だがこれは私の人生だ。私の抱いた感情はそれどころではないということはご理解いただけるだろう。それはもうとんでもハップン な事態に発憤し、激おこぷんぷん丸 だった。


 とは言っても、怒りの対象は安国寺の父親であって安国寺本人ではない。どちらかというと彼女は被害者だ。


「はははw」


 というわけで、哄笑して後巻かした。


『本当にすみません』


 折角有耶無耶にしようとしたのに、沈鬱なテンションを続けないでくれよ。草の生やし方が足りなかったのかしら。


 安国寺が続ける。


『それで、お詫びと言っては何なのですが、一度広島に来ていただけないでしょうか。前回楽しめなかった分も含めて、歓待させていただきますので』


 ああ、これ絶対断れないやつだ。どうせ断れないなら素直になってやる


「分かった。行かせてもらうよ」

『ありがとうございます、お待ちしております!』


 安国寺は一転してうみねこのなくように騒がしく言うのだった。


 とまれ、これにより読心術者黒幕説はあっという間に消滅した。


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〈註〉

*1 出席番号13番、下田百々しもだももによる発言。2-4で個人情報を聞き出そうとしていた人。

*2 出席番号02番、一本松望いっぽんまつのぞむによる発言。2-4で白岡を「アヤメ様」と呼んでいた人。長足の進歩を遂げたと言えよう


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