6-2. 能力者もう一人

 タイトルについてでありますが、前回記したようなやり方をしている以上、最終話の話数とタイトルだけはあらかじめ決まっているんですよ。「9-2.好きですずっと」

です。内容はお察しですが、ちゃんとそこまで到達できるように頑張りますので、お付き合いいただければ幸いです。


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「私のせいでたいへんなことになってしまい、本当に申し訳ございません」


 白岡とヒロミを呼び出し、時間を改めて夜、大街道のビッグエコーに4人で入る。入るなり、安国寺は深々と頭を下げたのだった。だが、我々は別に安国寺を糾弾したくて密室に連れ込んだわけじゃあない。


「安国寺さん、顔を上げてください」

「どういうことなのか、話して」

「そうそう、別にアヤチーを責めたいわけじゃないからさ」


 アヤチーというのは、どうやら安国寺を指すニックネームのようだ。


「その、ごめんなさい。ですが、わたくしにもよく分からないのです」


 安国寺は再び頭を下げそうになるが、自ら思いとどまり、話を続ける。


「わたくしは手紙の通りに、川内さんにお会いしたいと思っておりました。そうして、近くの橋の上に立って、川内さんがいらっしゃるのを待っておりました。そうしたら、突然男が現れ、川沿いにいた青年――これが川内さんだったわけですが――を連れ去っていったのです」


 安国寺が語った内容は私の認識そのままだった。だが、私は安国寺というのは誘拐側が撒いた餌で、外務省側が作り上げた架空の人物だと思っていた。ところが、彼女の言うことを信じるならばどうやら私を呼び出したところまでは本当だというのだ。誘拐は安国寺もあずかり知らぬところで行われたのだという。


「私の家は古くからの寺と関わりの深い家で、特定能力に関するいくつかのノウハウが蓄積されています。ところが昨年火災がありまして、古文書の一部が失われてしまいました。それで別の能力者の方に話を聞けば何かの情報が得られないものかと思っていたのです。渡りに船と言いますか、ちょうどその時甲種能力者の方から暗号で手紙が来ました。わたくしたちの役に立つ情報を持っているという風に書かれていました」


 安国寺はそこで我々の顔色を窺った。会ってからこの調子で恐縮しきりである。芸能リポーター のように口だけ恐縮している分には結構だが、安国寺の場合は本当に恐縮しているからたちが悪い。三人で頷き、続きを促す。


「ぜひお会いしたいと思ったのですが、肝腎のその手紙の差出人が分からないのです。そんな折に、ホームページを拝見いたしましてこれは、と思ったのです」


 まさかあのホームページが仕事をするとは。安国寺の説明はよどみなく続く。


「松山には甲種特定能力者の方がいらっしゃるという噂を父から伺っておりましたので、それとも整合いたします。電子メールは検閲されている可能性が高いので、人を派遣して直接探りを入れる手段を取りました」


 ここで再び安国寺の顔がゆがむ。


「このように勝手に探りを入れた関しても本当にお詫びをしなくてはならないのですが」


 再び安国寺さんが頭を下げそうになったので、三人で慌てて止める。


「そういうのはいいから、続けて」


 白岡が促した。


「……すみません。すると、ちょうど近日広島にいらっしゃるということでしたので、それではということで、本当に軽い気持ちで広島に来ていただくことをお願いしたのです」


 そう語る安国寺の瞳からは後悔の色がはっきりと読み取れた。


「まさか三人も能力者がいらっしゃるとは思いませんでした。ただ……」

 安国寺はそこで言葉を止め、続けることへの躊躇いを見せた。


「ただ?」

「甲種能力者の方の能力は読心術――唇を読んで発音を推測する方ではなくて心を読む方のですが――と伺っておりましたが、川内さんの能力は時間停止なんですね」

「え、読心術ってまさか……」

「人の噂なんてあてにならないものだからね。まあ間違って伝わることもあるでしょ」


 口をあんぐりの白岡と立て板に水のヒロミ、あるいは悲観的な白岡と楽観的なヒロミというきれいなコントラストができたが、次の安国寺の発言で早くも一色に塗りつぶされることになる。


「いえ、読心術という情報は噂で得たものではありません。最初の手紙に書いてあったんです」

「あ、そうなの」


 ヒロミが照れ隠しなのか安国寺の方をジト目で見ると、安国寺が再び「すみません」と恐縮してしまったので、白岡と二人で慌ててなだめる。読心術は、四大能力にも数えられる強力な力の一つであり、当然甲種だ。能力者も政府の強い管理のもとに違いない。


「読心術者がリークしたと考えるのが自然なんじゃないだろうか」


 私を騙す計略だと今まで考えていたが、私と安国寺を同時に陥れる一石二鳥のはかりごとだと考えれば、辻褄はあう。全ては読心術者の掌の上というわけだ。私が一応の意見を述べると、白岡が賛同してくれる。


「これだね、色々つじつまが合う」


 勢いよくそう言ったはいいが、それきり沈黙してしまう。


 私が言ったとおりだったとして、そこからどうしようというのだ。


「ところで、アヤチーの能力はなんなの」


 沈鬱なムードを振り払うかのようにヒロミが話題転換を図る。今日のところはこの話は打ち切るつもりらしい。安国寺は納得のいかなそうな表情をしていたが、すぐにヒロミの質問に応じた。


「わたくしの能力は、跳躍です」


 跳躍だと!? あの錬金術師の「安国寺」ではないのだろうか。


「へえ、便利そうだね。本棚の上の埃を払うときとか。」


 安国寺さん、お嬢様っぽいし、そんなくだらない能力の使い方なんてしないだろう。


「はい、冷凍庫の上の方のアイスをとるときも便利です」


 おいおい、やっているのかよ。確かに安国寺の身長は低い方だから、上の方とか届かないのかもしれないけどさ。折角乙種能力者なんだから、もっと建設的なことに使ったらどうなんだ。


 その日は松山に泊まるという安国寺を宿まで送っていく。我々は明日が始業式だが、安国寺の学校はまだ夏休みだという。私としてはラブホでもよかったが、既に予約しているそうだ。てか、高いじゃんあそこ。錬金術師ではないにしてもやっぱすごい家の子なんだろう。


「あの、すみません、少しスマートホンを貸していただいてもよろしいでしょうか。インターネットで確認したいことがございまして。自分の電話は電源が切れてしまっておりまして」


 先ほどまでは小さくなってばかりだった安国寺だが、少しは落ち着いたようで、素直に気持ちを述べてくれて嬉しい。


「全然かまわないよ、どうぞ」


 そういうことなら、と安国寺に携帯電話を渡した。


「うわ、ゼロゼロでまだ続いとる……福井さんが好投しとる、あーでもロサリオさん4番やったのに三振3つで交代させられてしもたんか」


 そこで私が見ていることに気づいたらしく、パッと顔を赤くする安国寺。


「カープ、好きなんだね?」

「はい……お恥ずかしいところをお見せしました、今の押しはロサリオさんです。歴代で一番好きな選手はロビンソン・チェコさんで……あ、えっと、すみません」

「誰それ?」

「20年くらい前のピッチャーなんですけど……」

「えっと、安国寺さん今いくつだっけ?」

「え?15歳ですよ?」


 安国寺は「質問の意味が分からない」とでも言いたげな表情で言った。確かに高校一年生という自己紹介は聞いたばかりだ。


「いや、よく知っているな、と思って」


 ようやく気付いたらしく「あ」と恥ずかし気にうつむく。謝罪を繰り返していた時と同じ表情のはずだが、どういうわけか今度はかわいらしく見える。


「わたくし、家が厳しいところでして、外になかなか出られないんですよ。今日も表千家があったのにどまってこちらに来てしまいましたので、帰ったらどうなることやら。そういう厳しい家庭でも、やはり広島ですから、カープの情報というのは自然とは言ってくるものなんですよ、それで気が付いたら夢中になっていました」

「なるほどね」


 やはり重たい家庭らしい。乙種能力者ではあるけれど、能力とは違うところで随分と苦労しているようだ。


「今日も、友達の家に遊びに行っていることになっているんですよ。だから、もし何かあったら口裏を合わせていただけますか」

「もちろん。こういう形になってしまったけれど、とりあえずさ、情報共有っていう目的自体は間違ってはいないと思うんだ。だからまた会えないかな?こっちから広島に行くからさ」

「それと、読心術の能力者もこっちで探してみるよ」

「ありがとうございます!」


 安国寺は私の両肩に手を置いて、両眼を見据えてそう言うのだが、あの、私、こういうの耐性ないんですよ。


「あ、すみません。あの、もうここでいいです」


 私の反応に気づいたようで、安国寺はあわてて体を離す。ちょっと名残惜しい。


「川内さん、ごきげんよう」


 「ごきげんよう」なんていう人、朝の美輪さん と昼の小堺さん 以外に始めて見たよ……。


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 まず安国寺が言っていることが出鱈目であることを疑ってかかる必要があるだろう。彼女の発言を改めて検討してみるが、手紙の内容は正確である。安国寺が手紙の差出人であるか、少なくともその周辺にいて手紙の内容を知りうる立場にいたのは間違いがないだろう。この点に関しては信頼ができそうだ。


 では、私を拘束しようという動きを全く知らなかったというのはどうだろう? これはかなり胡散臭いように思われた。話が出来すぎている。だが、仮に知っていた場合、どうしてこうノコノコ現れて種明かしをするんだろうか。新たな任務か何かで私に近づく必要があるにしても、わざわざ安国寺綾だと名乗る必要はないだろう。というかそれ以前に、私を拘束する陰謀を行うだけであれば安国寺綾は存在している必要がないのである。それに対し、読心術者が安国寺を動かして、最終的に私が広島に行く用に仕向けたという解釈する方は一応理屈が通る。そういうわけで、とりあえず安国寺を信じてみてもいいんじゃないかと思う。

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