3-5. それはそれ、これはこれ

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👉いままでのあらすじ

・一学期おしまい

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 さて、例の広島旅行は8月の頭に実施する予定であった。安国寺から届いた手紙という懸案により、楽しいはずの旅行の予定は気が付けば回れ右をして心の重しになっていた。いや、会うことに特に問題はないんだけどね。しかし、不幸にも大規模な水害が発生してしまい、そちらの救助に従事することとなった。災害自体は全く悲しい話である。


 だが、こと広島の一件に関しては思考停止でのっぴきならない事情でやむを得ず不本意ながら会えなかったという体裁をとることができ、後腐れのない幕引きができたと思った。事なかれ主義者の私にとっては、決断が回避でき、実に理想的だ。……と思ったのだが、そうは問屋が卸さなかった。救助活動を終えて帰宅しポストを開くと、この前と同じ、達筆すぎる文字で手紙が入っていたのだ。


 先方はこちらの日程変更を正確に把握しており、変更後の日で構わないから同じように会ってくれないかというものだった。ポストに入っているものの切手などはなく、直接手ずから投入されたものと思われる。ちょっとしたホラーである。しかも一週間以内にこの手紙を10人に……とかであれば、(罪悪感はあるにとしましても)出せばとりあえず話は終わるんだがそうもいかない。夏休みで登校していないから自宅にしたのだろうが、自宅に入っているというだけで不気味さが増す。猛暑の日々にはちょうど良い涼しさなのかもしれないが。


 私が心に漬物石を抱え、持ち前の機動力を発揮できない状態であったことをご理解いただいた上で、さしあたって、上よりは幾分楽し気な思い出について記しておこうと思う。


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「シゲシゲ、アヤメン、海へ行こう!」


 ヒロミがそう言いだしたのは試験が終わった日、即ち6月の末にさかのぼる。場所は大街道のマクドナルドだった。山北は広島まで何かのライブに行っていて、嬉野はゲームをしたいということでその場にいなかった。なんでも、とある海水浴場で働いている人が能力に詳しい人で、「今後の方針」についてありがたいお話が聞けるらしい。


「具体的にどんな話が聞けるんだ?」

「むむ、それを聞くかな、重信クン」


 ヒロミが畏まった声音を作って言った。


「そりゃ聞くだろ」

「わかってないなー、ここでそれを言ったらサプライズにならないじゃん」


 いつもの調子に戻って言った。


「ありがとう! ヒロミさん」


 一方、白岡は心から感謝しているようで、両手でヒロミの右手を握っていた。まあ例のホームページもうまくいっていないし、渡りに船なのかもね。


「あはは……お、お礼を言うのははまだ早いよ」


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 ヒロミの計画が実行されたのは8月の7日だった。夏真っ盛りの青天、海にはクラゲもまだおらず、海水浴にはもってこいの日だと言えるだろう。我々が向かったのは松山市の沖合、瀬戸内海に浮かぶ興居島ごごしまだ。高浜の港からフェリーで10分ちょっと。うちの高校のボート部なら、手こぎで行ってしまうくらいの距離だ。町とは反対側の海岸にある海水浴場なら、水も澄んでいる。


 と、ここまで書くと白岡やヒロミの水着シーンを期待された読者もいるかもしれない。しかし、もう一度心に留めておいていただきたいのは、我々は海水浴のためにやってきたのではないということだ。


 我々は海水浴場に到着して早速、「能力に詳しい人」が働いているという、海の家に向かった。


 ヒロミに「蝉丸さん」と呼ばれたその男は、スキンヘッドにキャップをかぶっていて、いかつい印象を与える。これやこの坊主めくりのジョーカーか、またすごいのに頼んだな、関 。できれば積極的にかかわりたくないタイプである。


「おう、別嬪さんがいるな。野郎がいるのは鬱陶しいが、彼女に免じて許してやろう」


 初っ端から不快感maxの発言をする蝉丸氏である。


「まあ焦りなさんな、とりあえず焼きそば食ってからでいいだろ」

「いっぺん食べたらやめられない 、ウチの海の家の自慢なんだ。濃厚なソースビーム に酔いしれるがいい」


 この手の店における自慢の基準はよく分からない。味にところどころムラがある予想通りの海の家クオリティであった。いやまあ美味しかったんだけど。最近は「昭和の」などと開き直る店もあるから、そういう手合いなのかもしれない。オトナ帝国 の侵略には断固として抵抗しなければならない。


「そこのあばら家で話そうか。おい、ちょっとの間店番頼むぞ」


 アルバイトの大学生(*1)にそう声をかけて、蝉丸氏は立ち上がった。蝉丸氏について歩く。目線の先には一軒の家があった。あばら家というのは無論謙遜であろうが、そこまでではないにしても、かなり年季が入っていた。


「住んでいるんですか」

「いや、ここは別荘みたいなもんじゃ、ふだんは海の反対側の都会で、もうちょっとまともな商売しとるわい」


 まるで海の家が「まともな商売」ではないかのような言いぐさであるが、季節限定で安定していないという意味では、職業にするにはやりづらい部分は確かにあるかもしれない。


「そうなんですか、海、楽しいですもんね」


 適当な相槌を打ったつもりだったが、俄かに蝉丸氏の眉間にしわが寄る。


「遊びじゃない。四国侵略の前線基地 ……なあんてな、ガハハ」


 第一印象に反して気さくな人であることは分かったが、それでもやはりできれば積極的にかかわりたくないタイプである。


 家にたどり着くと蝉丸氏は直にシリアスモードになって口を開く。


「それで、監視から自由になりたいと、そういうことじゃな」


 以下で蝉丸氏の語った内容について記しても構わないのだが、ここまでで示したように彼の語り口は大変鬱陶しいので、読みやすさの観点から(あるいは、書く側のかったるさの観点から)、そのまま文字に起こすことはしない。折角なので他のソースから得た情報を一緒にまとめたうえで、読者の皆様には次回語ることにしたい。


 それだけではない。次回に回すのには積極的な理由もある。読者の皆様のより強い興味を喚起するであろう出来事がこの後に発生したのだ。私としては、とにもかくにもこちらを最優先にお示しする義務があるように思う。


 蝉丸氏の話を聞いた後、「せっかくだから波打ち際でもいいから海に行ってきたらどうだ」(※要約)という氏の勧めもあって、三人で浜辺に出てみた。蝉丸氏の話に満足したのか、白岡はホクホク顔であるし、ヒロミもいつものように楽しげだ。平日ということもあり数は多くないが、家族連れなどが海水浴を楽しんでいる。


 しかし、そういったのどやかな情景は直に打ち破られる。


「ミキ、どこに行ったの」


 女性が叫ぶ声がした。


「シゲシゲ、あれ」


 ヒロミが指で示した方を見ると、3歳か4歳くらいだろうか、女の子(*2)が溺れている。先ほどの女性は母親なのだろう。


 海岸にいた多くの人々が気づいたようで、人だかりができる。


「シゲシゲ……」

「川内君、あなたの能力を使ってどうにかならないの」


 ヒロミは途中まで言いかけて口を噤んだのに、白岡さんは相変わらず空気を読まず、皆まで言ってしまった。


「何言っているんだ、できるわけないだろ。野良のアンタとは違うんだよ」


 まあ本当に野良なのかは知らないが、心の中で付け加える。


「ごめん……」

「ちょっと、そんな言い方しなくても」


 そうこうしているうちに、離岸流というやつだろうか、女の子は見る見るうちに岸から離れていく。監視員(*3)が飛び込んだようだが、潮の流れに阻まれて中々到達できない。


 その時、後ろから右肩を叩かれた。振り向くと背広姿の男がいた。IRA職員の東雲仁だ。


「川内君、その様子だとどうやら事態を把握しているようだね。救出を頼む。」


 誰かが118番に通報し、そこから連絡がいったのだろう。


「了解しました」


 頷くや否や、いつもの水筒を取り出し、湯に腕を突っ込む。海に向かって走る。波打ち際まで到達し、頭から海に突っ込む。監視員に注目し、大きな波が彼を包んだタイミングを見計らって、時間を停止する。


 時間が止まれば、当然のことながら海の水も動きを停止する。私が触れた周囲のいくらかの水に限って液体としての性質を取り戻す。それ以外は地面と変わらない。この性質を利用して水の上を走ることができる。


 まず波の上端に手をかけ、上半身を波の外に出す。次に、右足、左足の順に波から引き出す。液体となった足の周辺の水に足が沈み込むよりも先に足を動かし、これを繰り返す。


 泳ぐことを考えると女の子は随分と遠くに行ったように思われたが、走れば何ということはない、すぐにたどり着いた。その場の海に潜りこみ、女の子を引き上げる。幸い、怪我をしたり、水を飲んでしまったりということはないようだ。


 監視員の腕に女の子を抱かせて、自分は最初の場所に戻る。そこで3分間が終了する。


 後はそのまま岸まで泳ぐ。見ている人からすると、監視員が波をかぶったかと思えば次の瞬間には女の子を抱えていたということになるだろう。これくらいが衆人環視で能力の使用を碁負かせるギリギリのラインのはずだ。


 私は一応飛び込んだものの、救出には全く役に立たなかった道化だ。


「ミキ!良かった無事で」

「ママ(*4)、怖かったよー」

「ありがとうございます」


 女の子のお母さんは何度も何度も監視員に頭を下げた。


「お兄さん、ありがとう」


 母親に抱かれた女の子も小さな声で言った。何はともあれ大団円、めでたしめでたし。


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 帰りの船の中、ヒロミが言う。


「やっぱりこのままじゃだめだよ」

「……何が?」


 白状しよう、何の話をしているのか、私にはわかっていた。まあとりあえず相手の言葉をちゃんと聞き取ったうえで発言しているのだから、その辺のラノベ主人公 とは違うということで、大目に見ていただきたい。……という理屈はヒロミには通用しなかったようで、彼女は口を膨らませた。


「能力の使い方。今日は偶々助かったから良かったけれど」

「いいか、ヒロミ。個別のシステム全体として考えるんだ。個別の経験にとらわれるのは愚か者のすることだ」


 目の前で人が事故にあって死にかける、かつそのために時間停止が有効である、などというシチュエーションはそう頻繁に発生するものではない。万が一そういう場面に遭遇したとしても、今回の様に正規ルートで間に合う可能性もある。すなわち、自由に能力を使えたところで得られる利益の期待値はわずかだ。一方で、無許可での能力使用を認めた場合に生じる不利益はいくらでもあげることができる。どちらが望ましいかは明らかなはずだ。


「それは分かるけどさ」

「分かるんならこの話は終わりだ」

「うん……」


 ヒロミはまだ何か言いたげだったが、それ以降港に着くまで口を開くことはなかった。


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〈註〉

*1 アルバイトの大学生: 浜千里はまちさと

*2 女の子: 小野美希おのみき

*3 監視員: 玉川武明たまがわたけあき

*4 ママ: 小野おのあさ

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