3-3. たかがかすり傷、されどかすり傷
👉いままでのあらすじ
・安国寺からの謎の手紙はとりあえず置いておいて、白岡の提案で動物園に行くことになった
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動物園というのは、小田原の象みたいに町の中心部にやたら小ぢんまりとしたものが存在しているか、天下の旭山のように郊外の地の果てに移転しているかのどちらかが多いように思うが、松山の場合は後者である。
ちょっと時間の想定を誤って待ち合わせ時間から10分も早く来たというのに、嬉野はすでにいた。彼曰く「10分前行動は基本じゃろ」とのことである。だが、その返答はファミチキを食べながらだったので、単に食いたかっただけなのかもしれない。
このところはテスト期間で、学校で昼食をとることもなかったから、気づけば嬉野と二人というのは随分と久しぶりだ。そういう状況も手伝ってか、以前耳にして気になっていたことが、思わず口をついて出た。
「嬉野、クラスの連中が噂をしているのを聞いてしまったんだけど、家がヤバいって言うのは本当か」
嬉野の目がカッと見開いて、私を見つめた。
「川内もそういうことを聞くんか。お前とは実利的な関係が築けると思っていたんやけど」
私と嬉野の波長が合う、というのはそういうところかもしれない。私ほどのヒーローになると、友人化関係もあっさり済ませるものなのだ。ドクター・ストレンジからドクター・ストレンジラブに至るまで、天才は孤独なものである。こうやって集合時間から最も余裕をもって到着するのが我々二人というのも象徴的かもしれない。
「すまない、ほんの気紛れだ」
「まあいいさ、答えてやろう。心配には及ばん。うちは蓄えも十分にあるけん」
白岡がやってきたので、その話はそのままうち止めになってしまった。「おはよう、川内君」といつもの表情で言い、平静を装っているが、リュックサックをしょい込み、カメラを首からぶら下げて楽しげである。
山北は色恋族の面目躍如といったといったいで立ちだ(どんな服装なのかはご想像にお任せいたします)。
「やあやあ皆の者、良くぞ来られた」
真打登場とばかりにヒロミが偉そうに現れた。
「お、ヒロミちゃんギリギリセーフやね」
「あたしが集合時刻ギリギリを狙に来るとでも? ふっ、甘いね。あたしほどになると時間ぴったし、ラインの直上を狙っているのだよ 」
そういうわけで市駅からバスに揺られて30分、白岡・ヒロミ・嬉野・山北・私の5人は動物園にやってきた。
「
入園してすぐヒロミが走り出す。
「あの脚でよく体を支えているわね」
「カップルやって、ええなあ」
「フラミンゴって食ったらうまいんやろか(*2)」
そんな調子でみんな勝手なことを言いつつ、動物園を巡っていった。
「向こうで
「俺は、それよりあっちのスネークハウスに行きたい」
この発言を見て、川内は何と無気力な奴だ、折角白岡が建設的な提案をしているのに、駄々をこねていやがる、と思うかもしれない。だが、その認識は妥当ではない。スネークハウス(*3)に行きたいというのは本当である。なんてったって
しかしどうやら賛同者はいないようだ。「すごーい!」とか「たーのしー!」 などと肯定したところで、結局その対象は目につく大きなけものばかりなのである。地上にある星をだれも覚えていない。
「ならそれもいいんじゃ、別行動にしよう」
だがわが心の友嬉野は、私が心に秘めた熱き情熱に理解を示してくれたらしい。
「じゃああたしもシゲシゲに付いてく」
「別に無理してついてこなくてもいいんだぞ」
「いや、あたしも興味あるし。
何を馬鹿なことを言っているんだと思われるかもしれないが、こればっかりはヒロミの言うことは特におかしくない。我々東京もんにはアオダイショウすら珍しいのだ、ごめんなさい。
スネークハウスは屋内型の展示施設で、名前にもなっている蛇などの爬虫類他、夜行性の鳥類や哺乳類も展示されている。
「見て見てシゲシゲ、あれカッコいい」
その中でヒロミの琴線に触れたのは
「ちょっと休もうか」
スネークハウスに行くという、一大目標を達成した私は、残りは消化試合だというような気分になっていた。
「いやいや、今のも部屋の中だったし休んでるようなもんじゃん」
ヒロミは不満のようである。別にホテルに誘っているわけじゃないのに。
「飲み物、奢るからさ。あそこでのんびりしよう」
ヒロミはベンチをちらりと見やる。
「まあいいけど」
自分用に奥大山の天然水を買った後、ヒロミには午後の紅茶を買ってやる。
「謝謝謝謝」
ヒロミはもう気分を取り直したようで、朗らかに笑う。一休みすべく、ベンチへと向かう。ヒロミはスキップでもしそうな勢いで歩き出す。
その途中に段差があった。ほとんどの健常者が、それが障碍者に与える厄介の深刻さに気づかずに、常々見過ごしているような、本当に何のこともない段差である。
かくいう私も、以下に述べるような一件がなければ、健常者の一人として無頓着にも黙殺していたに違いない。ところが、猿も木、弘法にも筆、河童の川、千里の馬、上手の手 。そういった取るに足らない段差でも躓くことはある。
「あ、危ない」
段差に足を引っかけたヒロミを目にして、慌てて手を伸ばした。
例えば私がここで時間を停止したならば、お姫様を華麗に救出することができただろう。しかし、咄嗟にそんなことができようはずもない。私の抵抗空しく、ヒロミはずっこけた。
まあそれは大したことではない。
しかし、運の悪いことに、誰がやらかしたのか転んだ先の地面にはソフトクリーム。
さらに、運の悪いことに、溶けたクリームの上をヒロミは滑走。
もっと、運の悪いことに、足を滑らせた拍子に目の前にあった木の幹に激突。
重ね重ね、運の悪いことに、ぶつかった衝撃で木から枝が落下。
極めつけに、運の悪いことに、枝はヒロミの頬を直撃。
このようなピタゴラスイッチ(*4)的不運の積み重ねにより、ヒロミは頭を打ち、剰え頬に傷まで作ってしまった。
「大した怪我じゃないって言ってるのに」
そうは言うものの、頭を強く打っていたように見えたし、頬から血が出る姿も痛々しい。
ベンチにヒロミを寝かせ、膝枕をしてやった。
「こうしてると、昔を思い出すよね」
私としては昔と異なる体のそこかしこが……いや、何でもない。全く、ヒロミの言うとおりだ。かつてと全く同じ人物、全く同じ姿勢が過ぎ去りし少年の日を思い起こさせる。
大した器具もないので、ティッシュペッパーを折りたたんでヒロミの頬につけて、血を拭ってやる。
不格好だが、何もしないよりはマシだろう。丁寧に拭っていると、自ずから顔が近づいてしまった。血はとれたはずなのに、ヒロミの顔がみるみる赤くなっていく。
「えっと、もう大丈夫だから。むしろ、走り回りたくって体がうずうずしてるっていうか」
私が体を離すと、ヒロミは慌てて立ち上がった。
「あ、ワカチャンからラインが来てる、お昼ご飯食べるから合流しようって」
次回も動物園!
TOBE CONTINUED
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〈註〉
*1 Phoenicopterus roseus: ここではルビに学名を表記する(本来はイタリックにすべきであるが、仕様上不可能なのでご容赦いただきたい)。ラテン語を使うとなんか頭よさそうに見えるという効果を意図しての措置である。
*2 食ったらうまいんやろか: 人類の英知を結集した集合知の現時点における最高到達点によると
*3 スネークハウス: 私の友人である若宮宮若(寺生まれにしても妙な名前じゃありませんか)君はありがたいことにこの感覚に同意してくれた。曰く、「多摩動物公園のパンフレットに昆虫館のアリの概数が記されているのがたまらない、昆虫館だけでも行く価値がある。まあついでにサーバルも見に行くけど」
*4 ピタゴラスイッチ: ピタゴラスイッチファンの読者の皆様はこのように不正確な比喩表現にお怒りかもしれない。あくまで番組名に過ぎないと私も理解している。だが、正式なコーナー名である「ピタゴラ装置」などと書いて伝わるだろうか?(私も今調べて初めて知った) 理解しやすさのために正確さを犠牲にした私をどうかお許しいただきたい。
〈参考〉
[1]wikipedia日本語版「アンデスフラミンゴ」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B4
(2017年5月23日閲覧)
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