2-2. 超久しぶりでぎこちない回

👉いままでのあらすじ

・私(川内)はなんやかんやで白岡(10万馬力)の主宰する結社に参加することに。

・目標の一つは他の能力者の探索。

・もう一人の能力者である幼馴染に電話をかけようとするも、中々決断できない。

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 ネスカフェゴールドブレンドを飲んで最後の5分を嚙み締めようと、ティファールが仕事をするのを待っていると、20時ちょうど、まるで狙ったかのように、スマートホンが鳴動する。


『え、えっと、あれつながった?』


 先方が驚くのも無理はない。近頃じゃ、どこも人手不足で、最も「お客様は神様」精神にあふれた企業のお客様センターであってもこうはいかないだろう。私が悪いわけではないが、結果的に相手に迷惑をかけたのは事実であるし、コーヒーブレークを邪魔されたことはこの際不問にしておこうと、持ち前の寛大な精神に基づいて決断を下していると、しかし今度はこちらが驚かされることになる。


『あの、川内重信さんのお電話でしょうか、あたし、関博美せきひろみです。あの、あたしのこと、覚えている?』


 様々な小説を読み、目の肥えている読者の皆様方には今一つ驚きが伝わらないかもしれないが、電話の相手というのは私がまさに電話をしようとしていた、いわゆる幼馴染、その人であったのだ(*1)。


「ヒロミ……その、久しぶりだな」


 努めて平静を装うもののこれが限界である。


『あ、シゲシゲだ。本当にシゲシゲだ。久しぶり! 元気にしてた?』

「ああうん、こっちも元気にやっているよ」


 友人知人が来店したときのコンビニアルバイトみたいに俄かに親愛の情を示すことに成功したヒロミに対し、私は未だ距離感をつかみかねて、エレベーターで会った微妙な知り合いに対するかのようにおろおろとしていた。


『いや~何年振り? シゲシゲもずいぶん大きくなったのかな、声、低くなってるし』

「お前は相変わらずっぽいな、その口ぶりだと」

『失礼な! 背はあんまりだけど、変わったよ、その、何というか体つき、とか』


 聞いてもいないのに勝手に恥ずかしがって、一体何をやっているんだか。この後私は実際にヒロミに会っているが、先に記した方針に従って、体つきとかは一切描写しないので、ご容赦いただきたい。皆様のご妄想にお任せいたします。


『それより、シゲシゲは勉強とか、ちゃんとできているの? 部活は?』

「まあ勉強は人並みってところかな。部活はやっていないけど、古典ガジェット研究会とかいうのになぜか入った」

『何それ、でもシゲシゲらしい。変わってないね』


 時の経過を忘れさせるように弾む会話だったが、「変わってないね」が帯びる愁いの色に気づいてしまった。


「そっちこそどうなんだよ」

『ふふ、聞いて驚くがいい、教科によってはクラス一番だよ!』

「へー、意外だな」

『もう、全然信じてないでしょう。えーと、それでね、今日電話をしたのはね、な、な、何と東京を去ることになりました! その、シゲシゲが東京に戻ってきたらまた前みたいに、と思っていたんだけど、ママが転勤でね』


 頼んでもいないのに勝手に待っているだなんて。とまれ、これは悪いことじゃない、ヒロミが無用な過去の係累に縛られる必要はないんだ。


「まあそれならしょうがないんじゃないか。一乃いちのさんは絶対に一人にしちゃあいけないよ。ちなみにどこに行くんだ?」


 一乃さんというのは、ヒロミの母親のことだ。


『それがね、結構遠くて、飛行機じゃないと行けなくて……。あ、あとパパも行くってさ』


 ヒロミの父親である三郎さぶろうさんはいかないと思っていたのだが。まあ単身赴任ではないのなら、みんなでいくということなのだろう。


「俺も今、松山にいるから似たようなもんだな」

『え、松山ってあの松山?四国の松山?』

「そうだよ、その松山だ」


 東松山 や松山町 、美濃松山 、まして台北 じゃない。


『え……嘘……私も松山』


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 ヒロミからの電話に基づいて、私は現状認識をいくぶん修正しなければならない。先に私は白岡との邂逅を偶然にしてはあまりによくできているとて、何らかの意図の介在を疑った。しかし、転校一か月後にヒロミと再開するのであれば、事情が違ってくる。私の転校はヒロミと会わせることを目的にしたものであると解釈すれば、白岡を話題の外に置いたとしてもとりあえず合理的に説明できる。そうであっても、白岡との出会いが良くできた偶然であることは確かだが、まったくありえないとは言えないだろう。あるいは、白岡の言うように野良の能力者が沢山いるのであれば(把握されていないがゆえにどれだけいるのか分かりません)、任意の能力者と遭遇する確率はさらに高まるだろう。


 ヒロミの母親は、キャリアウーマンというやつだろうか、大企業でエリートとして働き、女手一つで家計を支えている人物だ。現代においてこうした人物というのは特に珍しくはないし、また今後も増えていくと考えられるが、彼女の場合は今もって男性有利の色合いの強い、製造業 で活躍しているというのがやや特殊な点である。練馬に来て私と知り合う前も、確か山口県の岩国だったか、やはり西の方で働いていたこともあるらしい。ヒロミ自身ははっきりした記憶がないと言うが。


 他方で、天文学(*2)的な確率でほぼ同時に電話を試みていたことに運命的な何かを感じる向きがあるかもしれない。だが、こちらの問題はむしろ容易であって、実にありふれた陥穽であるということができるだろう。


 第一に、この時期に連絡を取ろうとする合理的な理由が双方に存在するし、付言するならばその原因は単一である。私からしてみれば、ヒロミとの関係をどうにかしなければならないというのは以前から思っていたことであるし、松山への転校で疑問が生じヒロミに話してみるより積極的な理由ができていた(この疑問は白岡によって強化されていることは確かだが、白岡によってはじめて生まれたものではない)。ヒロミからしてみれば、東京を離れるというのがきっかけである。これは私が松山に行くための引き金になったであろうと推測される。


 第二に、もう少し短い時間スケールで、同じ日の同じ時間に電話を掛けようとしていたのはなお驚くべき事態ではないか、という主張に対する反論であるが、これに関しては、あのとき電話がかかってこなかったのならば私は本当に20時3分に電話をしただろうかと問えば充分であろう。もしあなたが「しただろう」と思うなら、それは買い被りというものである(そのように信頼していただけたこと自体は誠に光栄であるし、今後ともその信に応えられるような誠実な語りを心がけていく所存です)。コーヒーこぼした、コーヒー熱すぎた、違いが分かるのでゆっくりと楽しみたい、などあそこから引き延ばす理由はいくらでもあるのだ。逆に言えば、連休中のどこでかかってきても、まさに今かけようとしていた、驚いた、という事態を生じえたはずだ。


 ちなみに、随分とバカっぽく見えるヒロミであるが、実は勉強ができるということを彼女の名誉のために付け加えておきたい。ありがちな展開として、この後ヒロミは我が高校に転入してくる。サンデー毎日に大きな文字で書かれるほどではないにしても、一応進学校であり、編入するのは中々にハードルが高いのだ。あと、お察しの通りヒロミと私の間には過去にいろいろあって、その、あれがこうしてどうなったわけであるが、いまだ記していないのは、間違っても筆が進まないからではなく、シナリオ構成上の都合によるものである。時が来たら明らかにするので待たれよ。


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〈註〉

*1 電話の相手というのは……: ディスプレイに表示されているだろう、と思われるかもしれないが、先に書いたように私は電話を手に持った状態で慌てて出たので、確認するゆとりがなかったのである。

*2 天文学: 天文学と言えば星だが、ところで、驚くべきことに本稿に星を入れる方が現れた。Twitterからふぁぼ機能が消滅して幾年月、星を頂くことがこんなにも嬉しいとは。もうこれで自己顕示欲は一定水準満たされたので、釣り宣言をして断筆しようかとも思ったが、人間というのは浅ましいもので、欲望は治まるどころかさらに倍加していくのであった(というわけで、まだ続きます)(ウソです、私はデアゴスティーニ社を尊敬しているので、誰もいなくても必ず完結させます)。

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