第二章 いくらどんなに切ない夜も

2-1. 特に何かをしたわけではない詐欺的な回

👉いままでのあらすじ

・私(川内)は時間停止能力者、自由を制限されながらも妥協

・白岡(野良)は10万馬力が出せる能力者、私の解放を主張し結社設立

・活動方針は他の能力者の探索と青春を楽しむこと

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 白岡から渡された紙は、入部届であった。ブリキのおもちゃから発想して、「古典ガジェット(*1)」になったそうだ。白岡と私の他に山北と嬉野(*2)が巻き込まれた。部とは言っても、正式に学校に認められた部活ではなく、勝手に名乗っているだけのようであるが、我々の思いを忖度 した山北兄デメキンによって活動場所が確保され、旧2年11組を「研究室」と称して占拠している。それでも入部届に名前を書かせるというのが、いかにも形から入る白岡らしい。


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 私が知るもう一人の能力者に連絡を試みようと決断したのは、白岡と話した翌日、土曜の夜のことであった。

 別に突然変異の白岡を穢れた血などと差別するつもりは毛頭ないが、自分の能力は政府にばれていないという白岡の主張を、私は必ずしも信じることができていない。考えても見てください、我々のような能力者が都合よく一堂に会するでしょうか。 先にも述べたように、私が松山に転校してきたのは自分の意志じゃない。他の能力者と引き合わせるか、そうでなければ何か管理上の意図があると考えるのが普通だろう。そして、その「他の能力者」というのが目の前にいるわけだ。


 そうは言うものの、何もしないでいて状況が今より改善されるとも思えない。逆に白岡の試みに参加して失敗したらどうなるだろう。私は人命救助で貢献しているし、代わりもいない。それゆえ殺されることはないだろうが、制裁はあるはずだ。過去の例を見れば、どこかの部屋に一定期間監禁される(*3)ということが考えられるが、内容が内容だけに長期化すると思われる。だが、それは恐らく、最終目標である自由の獲得に直接に取り組んだ場合ではないか。他の能力者を探し情報を集めるという白岡の短期的な目標は、能力者同士の懇親会・互助会的組織を描く当初のデザインから大きく逸脱するものではない。さらに言えば、私はその人と既に知り合いなのだから、あくまで旧交を温めているに過ぎない。そこまで考えて、私は連絡を取ることに決めた。


 その人は暗号解読の能力の持ち主である。私が東京の練馬区に住んでいた期間――小学校を出るまで――は隣の家に住んでいて所謂幼馴染ってやつであったが、途中で私が転校してしまい以来離れている。別れるときにちょっとその色々とあって、疎遠になってしまった。いい加減もう子供じゃないんだし、どうにかしなければと思っていたところであったので、こうして連絡する都合ができたのはある種の天啓といってよいであろう。とはいえ、もう遅いから今日はやめにしよう。明日があるさ。


 思い立ったが吉日と言うが、先延ばしにするということは必ずしも悪いことではない。例えば夏休みの宿題を8月31日にやることを考えてみよう。8月31日まで宿題を残しているときは相当追い込まれているが、このような場合必死になってやるから、単位時間当たりの宿題処理量は通常のそれを凌駕するであろう。8月31日だけを観測する限り、早く宿題を終えた子が遊んでいて充実した休みを送っているように感じられるが、実際には彼らの宿題への取り組みの労働生産性は低く、サボった子に比べてわずかな楽しみしか享受できないのである。電話も同様だ。先延ばし退路を断ち一回の試行に全力を傾けることにより、二の矢を持たぬ一瞬の輝きを放つことができるのだ 。



 翌日は暑かった。今年最初の夏日だとアナウンサーが言っていた。暑いと集中力が低下し思考が鈍るものである。あまつさえ関東の方で地震があったとか何とかで(幸いなことに、死者は出なかっそうです)早朝に一度たたき起こされたのであって、睡眠不足が状況をさらに悪くしている。私が今しようとしている電話は、私にとってそれなりに重大なものだ。このような劣悪な環境でどうして電話することができるだろうか。今日はやめにしよう。若い僕には夢がある 。


 考えてみれば、私は連絡を取るにあたって、思い立ったら即座に相手と話すことができる連絡手段を所与の前提としているが、人類の長い歴史の中ではむしろ極めて特異な状況であるということができる。このような連絡手段は人類の富を増大させることについて、多大な貢献をしていることは間違いないが、それにより失われた情景も多いのではないか。一日千秋の思いで待つ戦地からの手紙 、コンサートで待ち合わせるペンフレンド 。あの美しき日本の心を我々は取り戻すべきだ。思い立って即座に電話しないのは、古き良きコミュニケーションと同様の状況を疑似的に作り出しており、その美点をいくらか保持しているはずである。



 翌日は雨だった。フィクション作品における天気というのは人物の内容を描写するために適宜設定されるものであろうが、実際には因果が逆である。天気が悪いと憂鬱になる。このような劣悪な精神でどうして電話することができるだろうか。今日はやめにしよう。わかってくれるだろう。


 私の態度を見て”You are lazy.”と罵るなかれ 。他所に責任転嫁し批判するのは人間であれば誰しも持っている本性である。問題なのは、どこに責任を押し付けるかである。これまでにユダヤ人 やら走資派 やらに擦り付けてきたからろくでもない事態を生じてきたのである。それに比べて天はどうだろう。どう挑んだってかなわない強大な存在だ。天に唾を吐くと自分に返ってくるばかりだ。国家の力が弱まり小さな組織がテロを引き起こす現代社会において、世界平和というのは為政者の努力だけでは実現できるものではない。我々一人一人の強い意志が重要なのだ。そういう観点からしても、上に記した私の内省は、人類共通の願いに向けた極めて崇高な活動であるということができるだろう。



 翌日は厄介なことになった。最高気温は20度、天気は晴れ。絶好の電話日和だ。今日は万難を排し、鉄の意志をもって電話をしよう。とは言え、今日は休日だ。私は能力を生かして人命救助を行うばかりでなく、生産性の向上や日本の精神の継承、挙句は世界平和にまで取り組んでいるのだ、二度寝をして惰眠をむさぼるくらい正当な権利だろう。なに、一日は長いのだ、焦ることはない。電話なんて時間のかかるものでもないのだから午後にやれば充分だ(*4)。


 17時に電話をしようと固く決意したが、徐々にその時が近づくにつれ気が重くなっていく。このまま時間が止まってくれればよいのにと思うが、3分じゃ焼け石に水だ。


 そうこうしているうちに時間は過ぎていく。だが、17時になったところで、ふと思いなおす。今まで私は電話をするしないで悩み続けてきたが、これは全く自分の都合ばかりに基づいていた。しかし、電話というのは極めて相互作用的な活動である。相手の事情というのを慮る必要がある、という当たり前の事実にようやく気付いたのだ。おお神よ、私の不徳の致すところをお許しください、どうか極楽浄土へ。そのような私の内心は別として、兎も角も未だ電話する前である。滑り込みセーフといって良いだろう。日曜日において自由行動をとっている国民の割合は17時台、18時台、19時台には50%を割っており、休日にしては極めて低い水準にあるという[1]。相手の立場に立てば、20時くらいまで電話を先送りにするのが妥当な判断であろう。


 しかし、そうして作り出した3時間も矢のように過ぎていく。ええい、ままよ。19時58分にスマートホンを取り出し、電話帳のその名前をタップするが、そこで思い直す。00分に電話するというのも、いかにも前々から準備していたようで気持ち悪くないだろうか(*5)。あと5分伸ばそう。20時05分だ。


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〈註〉

*1 ガジェット: ほしい情報からいらない情報までやたらめったら揃っている情報の総合商社[2]によると、「一般に道具、装置、仕掛けのこと」であるので、一応間違っちゃいない。

*2 嬉野: 白岡の意向を忖度して直接嬉野を勧誘したのは私である。「マクドのポテトL10個で手を打とう」と言われ、SNSで大量に不注意な発信をして大量に買わされている人よりは幾分ましだろうと自分に言い聞かせ、泣く泣く受け入れた。

*3 一定期間監禁される: もちろん裁判なんてない。まあその辺はなんか超法規的な感じで。

*4 電話なんて……: さらに付け加えるならば、この時の私は電話に備えて精神を統一するばかりでなく、翌日に控えた修学旅行に備えて荷物をまとめるというマルチタスクをこなしていたのだ。尤も修学旅行についていうと、2年生のはじめという、進捗率3割台の時期にやるというのはよく分からないし、まして私は転入したばかりだったから、全く気乗りのしなかったのだが。

*5 00分に……: 本稿の投稿時間を00分からずらしているのは……別の理由だね。


〈参考〉

[1]NHK放送文化研究所(2011)『2010年国民生活時間調査報告書』(pdf)

 http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/yoron/lifetime/pdf/110223.pdf

[2]Wikipedia日本語版「ガジェット」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%83%E3%83%88

(2017年4月17日閲覧)

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