2-3. 料理の難しさを実感する回
👉いままでのあらすじ
・私(川内)はなんやかんやで白岡(10万馬力)の主宰する結社に参加することに。
・同じく能力者の関博美(幼馴染)がこちらに転校してくるらしい。
・そうだとすると、白岡の能力が政府に未掌握だというのは本当かもしれない。
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白岡からの呼び出しはいつも突然である。こんなに振り回されるのなら、見知らぬ二人のまま でいたかった。
白岡からラインが来たのは、修学旅行の振替で休みになっていた、月曜日の朝のことである。たっぷり眠るつもりだったのに、途中でトイレに起きてしまったのが、さらに言えば、時刻を確認しようとそのタイミングでスマホを見てしまったのがまずかった。
「旅行でいない間に確認すべき資料がたまっちゃったの。一緒にやりましょ」
「
「了解」
短く返事して作業に取り掛かる。何、白岡に本心から協力しようというのではない。嫌だと言って素直に帰してくれる白岡でもあるまい。かといって、こういう場面で何もしないというのは兎角気持ちが落ち着かないものだ。穴を埋めるために穴を掘る作業でも、穴を掘るために百科事典を書き写す 作業でも、喜んで取り組んだであろう。
積まれていたのはここ数日の新聞(*1)である。またしても随分とアナログなものだ。社会面を中心に目についた記事を読んでいく。
『宮崎でバスジャック 刃物男 容疑で逮捕 乗客ら5人無事』
『マンション火災で高齢女性死亡 松山』
『富士山滑落:心肺停止の自衛官死亡 』
不自然なところは見当たらない。
「なあ、どういうところに注目して読むんだ?」
勿論、この程度の試行回数で結果がでるべうもないが、漫然と見ているよりはマシな方策がありそうである。
「おかしいところを探す」
「それは分かるが」
「川内君を見つけたときは、四大能力ってあるでしょ、あれを意識してた。もちろん他にもいろいろあるんだろうけれど、わたしよく知らないから」
私は作業の手を止めて白岡を見た。四大能力というのは能力者界隈の用語で、四つの大きな能力を指す(そのままですね)。しかし、野良であるはずの白岡が四大能力なんて知っているのか。
「四大能力は知っているのか」
「えっと、本で読んだ」
本か。と学会に取り上げられるような類のものだろうか。普通の人が全く信じていなくても、能力のある白岡には納得できるものもあるだろう。
「じゃあ、四大能力が何か言ってみて」
「時間停止、読心術、サイコキネシス(*2)、えっとそれから感覚の強化」
白岡は四つ目をちょっと悩んでから答えた。出典の書籍もそういう自信なさげな書きぶりだったのかもしれない。
「いや、四つ目は錬金術(*3)だ。感覚の強化も確かにあるけれど、あれは乙種だな。まあその辺に出回っている書籍なんてそんなもんだ。間違ってくれてないと逆に困る」
はいそこ、世界観に統一がないとか言わない。むしろこの現実を適切に反映できていない神話やフィクション諸作品は猛省すべきである。
「そうなの……できればこの四大能力の中から、もう一人くらい仲間がいると心強いね」
「仲間を増やしてどうする?」
仲間の数はそりゃやっぱり多い方がいい んだろうが、それにしても白岡はこの点に過剰に執着しているように思われた。
「外務省と交渉する。能力者が束になって主張すれば、耳を傾けざるを得ないはずよ」
「そういうもんかね……」
白岡は労組の団体交渉のようなものをイメージしているのかもしれない。だが、それとは根本的に構造が異なる。労組の場合、
その後はそれぞれの作業に集中し黙々と取り組んでいたのだが、12時を過ぎたあたりで、白岡が口を開いた。
「実はね、今日はお弁当を作ってきたの」
「おう、そりゃ有難い」
人を振り回しただけで終わらないところが相変わらず卑怯な白岡である。
「その、急に呼び出しちゃったっていうのもあるし、今日二年が購買に行くっていうのもちょっと変だから」
白岡はいつも購買を利用していたっけ。今日は二年生だけ休みで、他の学年は普通に授業をしている。だから、購買を利用しようと思えば利用できるのだが、ちょっと二の足を踏むのも分かる。見ると、卵焼き・唐揚げなどが入ったスタンダードなお弁当だ。何品か口にしてみる。
えっとこれはあれだな、どこを誉めればいいんだろう。容器とか? ほら、四角くって食べやすい 。全部炭になっているとか、光り輝いているとか、そういうコミカルな不味さであればいっそギャグにできるんだろうが、そういうところは超えていて、一定の水準に達しているのが悪い。しかし、だ。仮においしかったところで「味の宝石箱」みたいなクリエイティブな表現をする能力などもとより私には備わっていない。ならば直球で標線するほかあるまい。
「うん、おいしい」
そう言って白岡に笑いかけた後は、ガンガン口に運ぶ。食べる口は口ほどに物を言うはずだ。
「よ、良かった」
白岡はほっとしたように笑っている。どうやらうまくいったようだ。
「すまない、午後は人に会う用事があるから」
私の中で白岡に対する疑念というのは未だ完全に晴れていたわけではなかった。それが直接の理由というわけでもないが、ヒロミについて白岡に話すのは後回しになっていた。
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白岡がツィンゾルの活動について示した第一の方針、即ち能力者探しはこんな具合で、成果は判然としなかった。尤も、昨日の今日でどうこうなるものではないことは織り込み済みだろう。では、第二の方針――もっと青春を楽しむべき――に関していえば、意外や意外、進捗が出ていた。白岡が声をかけてきたあの日以来、私の学園生活にいくらかの変化が訪れていた。白岡関連でやたら絡まれるのだ。
「おい川内、白岡さんとあっちゅうまに仲良くなったが、何しよったん(*4)」
「アヤメ様と二人で帰宅するとか、許さんぞ(*5)」
「アヤメさんの個人情報を教えてよ(*6)」
私は関心がないのでよく知らなかったが、どうやら白岡は孤高の存在と言える立場にあったらしい。告白して撃沈した男子も多くいるらしいし、親しいと言える女子も山北くらいのようだ。何とかアイリスとかいう恥ずかしい二つ名までついているらしい。
形式的には白岡の言う「クラスの仲間とももっと話をして」(1-6参照)いる状態であると言えるし、間接的に白岡の行動によってもたらされたものである。とは言え、白岡がこれを意図していたとはちょっと考え難い。
というのも、白岡は人にあれだけ言っておきながら全然クラスになじんでないのだった。おかげで、白岡はクールでミステリアスな美少女であるという間違った言説が流布するに至っている。
這う這うの体でパパラッチ集団を切り抜けてきた私を待ち構えていたかのように、白岡学の第一人者であるところの山北が近づいてきた。
「メガネくん、最近楽しそうやね」
山北は意地の悪い笑みを浮かべている。
「よく言ってくれるわ。だいたい何が腹立つって……」
「はは、アヤメはあれでええんよ」
天才博士の様に教え諭すような口調で語るもんだから、ことさらに腹が立つ。
「とんだ二重基準だな」
「ほうじゃからウチがおるんやない。何かあったらウチが助けちゃる」
その自信はどこから来るんだろう。じゃあ俺には白岡がいるなどと返そうかと思ったが、炎上必至なのでおとなしく黙っておく。
「アヤメはあれで不器用なところもあるけんね。まあそこがかわええんやけどね」
山北の言う『あれ』とはどれのことなんだろう、器用要素を探す方が難しい。白岡にはとことん甘い山北であった。学者としては対象との距離の取り方が不適切なのではないか。
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白岡と分かれ、目的地に向かう途中、銀天街を通りかかった時に嬉野に出くわした。季節外れの肉まんをほおばりながら歩いている。登場シーンでいつも何か食べているので嬉野は太っていると思われるかもしれないが、彼が言うには太らない体質らしい。文明が崩壊して食料の供給が途絶したら真っ先に死ぬタイプの不幸な人間だ。
「やあ、川内」
肩にかかった手提げかばんとともに、直方体のパッケージが沢山入ったビニール袋が手には握られている。
「おう、嬉野。その袋は、またゲーム(*7)か」
嬉野はゲームに関してはほとんど偏食せず何でもやっている。ものすごい数を所有していると思われるが、彼の場合は家が太いのである。パッケージが販売されているものは買う方針らしいから、家でもかなりのスペースをとっていると聞く。この日も大きく膨らんだ袋を持って歩いている。修学旅行中愚痴っていたから「たまって」いるんだろう。
「それにしても、川内を休日に外で見かけるなんて珍しいな」
「ちょっと人に会う用事があってな」
「白岡さんか。あの人はなかなか面白い人やね」
これから会う人を想定しての発言だったが、それでも間違っていないので訂正しない。気になったのはむしろ発言の後半部分だ。
「それはどういう?」
嬉野は真顔になってこう答えた。
「そのままの意味じゃが。妙なところで押しが強いけど、その裏にある信念がよう分からん」
嬉野が以外にも細かく観察していることに驚くが、感想の中身自体は「そりゃ確かに能力を知らない嬉野からしたらそう見えるはずだ」という域を出ない。能力さえなければ、俺なんざに関わり合いになろうとするのは本当に理解できないだろう。
「お前には理解できない俺の高尚さが分かるんだよ、彼女には」
嬉野は口元をゆがめる。
「ふん、そういうことにしておいてやろう。俺は帰ってチャイルド オブ ライト をやらんといかんけん、じゃあな」
よく見ると肩から掛けた手提げはスーパーで使ったエコバックらしく、スナック菓子だの炭酸飲料だのが詰まっていた。嬉野カズシ・ポテト(*8)氏は、意味深な発言を放置したまま歩いて行った。
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〈註〉
*1 新聞: (この程度の)見出しならセーフのはず。
http://www.rilg.or.jp/htdocs/hosei/main/houmu_qa/2012/31_winter02.html
*2 サイコキネシス: 公的な認知度は能力の種類によって大きな差があるが、サイコキネシスは最も高い部類に入ると思われる。学術分野では小久保秀之氏らの一連の研究が存在し(例えば[1][2])、産業分野でもサイコキネシスを含む特許(特開2014-155432[3])が出願されている。(**1)
*3 錬金術: 金属一般を作り出す技術を指す場合もあるそうだが、我々の知る錬金術は金を作り出すものである。錬金術は古代から関心が高く、かのアイザック・ニュートンも研究対象としているが[4]、どういうわけかその後発展しなかったために、現在まで問題なく能力は隠蔽されている。
*4 おい川内……: 出席番号30番、
*5 アヤメ様……: 出席番号02番、
*6 アヤメさんの……: 出席番号13番、
*7 ゲーム: 私自身はゲームに疎いので、ゲームショップ事情はよく分からないが、松山はアニメショップが地方都市ではトップクラスに充実しており、サブカル趣味でも不自由しない。アニメイトに至っては1997年からある。(アニメの放送は大してやりませんが)(相互乗り入れチートでTXNが映る香川が憎いです)
*8 嬉野カズシ・ポテト: (嬉野一志とカウチ・ポテトを掛けたつもりなんですが、無理がありますかね……ありますよね、ごめんなさい)
〈註の註〉
**1 学術分野では……産業分野でも……: ただしこれらの学術研究・特許で提示されているサイコキネシスはT・R・S氏が用いているような現実のものとは大きく異なっていることに留意する必要がある。小久保氏の研究はサイコキネシス(PK)という呼称こそ用いているものの、期待される効果(特にヒーリングなど)はほとんど別のものと言えよう。超能力の特許申請の中心をなしているのも「見えない相手でも人間同士が話せる」能力であるが、私が知る限りそのような能力はない。湯に触れる必要があるという能力の一般的な特性に触れている文献も、管見の限り存在しない。部分的に漏れ出る情報をもとに体系を構築しているがために、このような妥当性を欠いた理解になっているのではないかと推測される。
〈参考〉
[1]小久保秀之・山本幹男・薄井孝子・世一秀雄(2008)「念力課題中の脳血流――特異能力者の生物物理的・生理心理的研究――」Journal of International Society of Life Information Science 26-2, pp.213 -222
[2] Kokubo, H. and Shimizu, T. (2015) “Pre and Post Effects in Bio-PK Experiments,” Journal of International Society of Life Information Science (ISLIS) 33-1, pp.7-23
[3]特許情報プラットフォーム
https://www7.j-platpat.inpit.go.jp/tkk/tokujitsu/tkkt/TKKT_GM301_Detailed.action
[4]大野誠(2015)「『ニュートン錬金術』研究の現状」『化学と教育』63巻2号、pp.56-59
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