1-4. 人間は自ら律す生き物だ

👉いままでのあらすじ

・白岡(美少女)は一日に三分間だけ10万馬力が出せる能力者。

・白岡の主張するところによると、政府は彼女の能力を認知していない。

・白岡は政府の監視下にある私(川内)の「救済」を申し出た。

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 その日の夜、23時50分。私は三階建てのアパートの二階にある自室24号室から抜け出し、隣の部屋のインターホンを押す。この25号室は表札の名前が消されていて、外からは空き室のように見えるが(もっとも、学生のアパートでは珍しいことではないかもしれません)、実態は異なる。


「川内です」

「入りたまえ」


 温度のない声がして、すぐに扉が開いた。前の居住者がヘビースモーカーだったのだろうか、隣室からはいつも煙草の匂いがする。中の間取りは私の家と同様で、標準的な1Kワンケーと呼ばれるやつだ。入ると廊下と一体化したせせこましいキッチンがあり、奥の扉を開くと8畳くらいの居室がある。


「どうもこんばんは」

「ああ、こんばんは。早速始めようか。今日きょうは……」


 こう切り出したのは豊田勘八とよだかんぱちだ。まあここでは簡単に、私を監視している役人の一人と説明しておこうか。碌な引きのない当番官僚ガチャの中でも、外れの部類といってよいだろう。


 彼は全くステレオタイプ的官僚といってよい。憤怒も不公平もなく、さらに憎しみも激情もなく、愛も熱狂もなく、ひたすら義務に忠実であって 、天下国家の正義を体現しているのであろうが、その分深夜におしゃべりするお友達としての魅力は乏しいし、僕の好きなおじさんからは程遠い。


「すみません、豊田さん。一つお伺いしてもよろしいでしょうか」

「言ってみたまえ。答えるに足る質問だと判断できるのなら答えないでもない」

「私は前月から松山に住んでいるわけですが、これは何らかの人物、例えば高校の同級生に私を引き合わせようという意図があってのものでしょうか」


 豊田の目が少し見開く。だが、それも一瞬のことですぐ表情を戻し、先ほどと同じ調子で答えた。


「一般論として、そういう理由で転居をお願いすることはもちろんある。だが、君なら充分理解していると思うが、今回がそれに該当するか該当しないかは明らかにはできない」


 うん、まあ馬鹿げた質問だということはわかっていたさ。


「すみません、血迷いました」

「ふむ、よく考えてから質問したまえ。そのほうがお互いにとって有意義だ。もういいかね……それなら始めよう、東雲君」

「はい」


 IRAの職員として働きつつ、豊田の部下である東雲仁が返事をして、クローゼットを開いた。


「今日はこの、上から青・赤・白・黒の順に縦に積まれたローテーブルの重ね順を逆にしてもらいます」


 ローテーブルといっても足がそれぞれ折りたためる形式のもので、足が折りたたんだ状態で重ねてある。


「了解しました」

「それでは、能力者コードW-553 、能力不使用確認を開始してください」


 能力者には登録コードがふられて管理されている。私のコードはW-553だから、少なくとも553人の能力者が今日までにいたと思われるかもしれないが、このコードはバラバラに振られているので、そういった事柄を読み取ることはできない。様式も統一されておらず、数字だけで構成されているものもある。例えば私の古い友人のコードは2521 、その母は2293 だった。ちなみに、サイコキネシス能力者の自称コードネームT鉄道をR碌に知らないSサーベラスはこの登録コードとは何にも関係がない。彼のコードはF-451 だ。


「分かりました」


 東雲が言ったバカ丁寧な定型句に応答した後(この人は一人でいるときはもう少しユーモアが分かるのですが、上司の前では野だいこのようにへいこらしているのです)、用意された盥に手を突っ込む。すぐさま時間停止能力を発動し、ローテーブルの積み替えを行う作業を開始する。ローテーブルとは言え、天板の面積が大きい分、地味に鬱陶しい。それでも、3分で無理なくできるように作業内容はデザインされており、2分20秒を少し過ぎたところで終了した。


 なぜ、こんな賽の河原の石積みみたいな作業をするのか。それはひとえに私が今日一日能力を無断で使わなかったことを確認するためである。私の能力の特性の筆頭として、能力が発動していることに誰も気づかないという点が挙げられる。時間が止まった場合、観測する側もまた一切の活動を止めているので、そもそも知覚しえないのだ。もちろん、時間停止中に自己ないし環境に対し強く改変を行っていれば「あ……ありのまま 今 起こった事を話すぜ!」みたいな感じになるのだろうが、目立たぬように動いた場合、監視などは効果がない。例えば毎日コツコツ屋根裏で爆弾を製作(*1)することはできるかもしれない。


 一日に一回しか使えないというのももう一つの大きな特徴だ(ただし、これはどちらかというと「能力」一般の話です)。何でそのような制約の加わり方をするのかはよく分からない。しかし、四国に来てからリセットされるのが午前0時よりやや遅い(ちょっと表現しづらいんですが、体が熱くなる、というのもちょっと違うか、シックスセンス的な何かで本人は自覚があるんです)ので、明石東経135度の標準時で動いているわけではなさそうである。日付変更線をまたいだらどうなるのかとかはやったことがないのでやはりわからない。


 これらの特徴を踏まえると、能力を使っていないことを事後的に確認する手法が有効になってくる。災害出動はそう頻繁に発生するものではないので、ほとんどの日で真夜中前に私の時間停止能力は残っている。三日に一遍くらいの割合でランダムにこうして隣の部屋に呼び出され、確認するのだ。


 勝手に使っても抜き打ち検査の日でない限りバレないというのは欠陥のあるシステムだと思われるかもしれない。しかしながら、この仕組みには、いつ災害が起きても対応できるような備えを担保しつつ、能力の使用の制限という実質的な効果を低コストで実現できるという利点がある。


 例えば、最も安全な方策として、日付が変わって直にその日の能力使用機会を消費させるやり方が挙げられようが、これでは災害救助のような能力活用可能性が全くなくなってしまう。あるいは私を狭い部屋に閉じ込めるなどして能力を使用しても何もできない環境においておくという手法も考えられるが、そのような環境を維持するのに大きな手間がかかるし、好きなように活動することができない私に不満がたまり、いつ爆発するかも分からない。


 対して、事後的に抜き打ち検査する手法であれば、私は常に能力を使用したことを暴かれるリスクを抱えているがゆえに、自らの意志で能力の使用を抑止することになる。幽閉のような場合と比較すれば相当程度好きなように動き回れるので、私も不満を抱きづらい。現状維持のためにむしろ喜んで協力する。こうなると監視は無効であるどころか不必要だ(それでも一応遠巻きに見られているらしいんですが)。


 こうした管理手法は官僚機構の十八番といって良いだろう。例えば放送局に対する規制であれば、総務大臣 の言うように政府は最終的には電波を停止する権限を持っているが、実際に政府自ら特定の放送局に容喙することはほとんどない。潜在的な電波停止可能性を認識した放送局が、自分たちでBPO(*2)のような組織を運営しており、たいていの案件はそこで処理されるからだ。


 残りの40秒弱で、元の位置・元の姿勢をできるだけ正確に再現し(別にここまでする必要はないんですけどね)、3分が経過したところで豊田と東雲に告げる。


「終了しました」


 東雲は几帳面にも(見ればすぐわかるでしょうに)一つ一つローテーブルの順番を確認した。その様子を確認した豊田が告げる。


「うむ、問題ない。ご苦労様。帰ってよろしい」

「失礼します、おやすみなさい」


 常ならば帰宅してすぐ支度を整えて眠るのだが、この日はどうにも寝付けなかった。豊田から何も情報が得られないのは想定の範囲内、どころか教えてくれたら逆にビビるレベルだが、どういうわけか「そういう理由で転居をお願いすることはもちろんある」という彼の言葉が頭の中で繰り返される(もちろんただの一般論ですし、この事実自体、私にとって何ら新規性のあるものではないんですが)。深夜番組の芸人の笑い声が空しく部屋に響き渡る。ダメダメだ。


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〈註〉

*1 爆弾を製作: 爆弾の作り方はインターネットで容易に調べることができる[1]が、絶対にやめましょう。絶対だぞ、絶対だからね。

*2 BPO: 全世界の情報探索シーンに革命をもたらした新時代の旗手[2]によれば、「日本放送協会(NHK)や日本民間放送連盟(民放連)とその加盟会員各社によって出資、組織された任意団体である。」


〈参考〉

[1]警察庁(2011)「爆弾テロとインターネット」『焦点』279号

 https://www.npa.go.jp/archive/keibi/syouten/syouten279/p03.html

[2]Wikipedia日本語版「放送倫理・番組向上機構」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E9%80%81%E5%80%AB%E7%90%86%E3%83%BB%E7%95%AA%E7%B5%84%E5%90%91%E4%B8%8A%E6%A9%9F%E6%A7%8B

2017年4月11日閲覧。

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