1-3. 初めての彼女の笑顔

👉いままでのあらすじ

・白岡(美少女)は一日に三分間だけ10万馬力が出せる能力者。

・白岡は能力者による結社「Die Zinnsoldatenディー・ツィンゾルダッテン」の結成を提案。

・私(川内)は白岡の発言に戸惑った。

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「それじゃあ何だ、あんたは自分が能力者であることを誰にも知られていないっていうのか」


 私はそれからしばらく白岡との対話を続けたが、話がどうもかみ合わない。


「昔喧嘩したとき思わず公園の木を引っこ抜いてしまったことはあるよ。それからしばらくは気持ち悪いものを見る目で見られたなあ。でも小さい頃のことだからしばらくするとみんな忘れちゃった。あの時お母さんにこっぴどく叱られて以来よ、人前で能力を使うのは。当時の大人たちがどう処理したのかは知らないけれど……」


「質問が悪かった、えーと、そうだな、政府はあんたの能力を把握しているだろう?」

「政府って国のこと? なんで急に政府の話になるの?」


 白岡の表情は、コンサートの誘いから急に神の導きに話が移ったときのように、いぶかしんでいることを隠さない。


「なんでってそりゃあんた……本当に知らないのか?」

「そうよ、知っているのは両親くらい」


 微妙に質問に答えが対応しないがそれはまあいいとして、それにしてもちょっと気になる点がある。


「えっと、あんたの父親? 母親? どっちかは当然能力者、なんだよな?」

「いや、一般人だよ。能力者なんてそうそういるもんじゃないでしょ」


 頭がくらくらしてきた。驚きは白岡が能力者であると知ったときの比ではない。


「とすると……突然変異?」

「まあそういうことになるのかな、隔世遺伝かもしんないけど」


 指が反るかの話 をするような暢気な調子で白岡が応じる。


「能力は普通は先天的に獲得するものだ。あと、優性だから、世代を飛ばして受け継がれることもない」

「へえー、私ってひょっとしてレアな存在?」


 まだ能天気なこと言ってやがる。面倒くさい。


「アンタのように突然変異で能力を獲得するヤツは、そりゃまあアダムとイブから遡れば、最初はみんなそうだったのかもしれないが、現代という時間の射程で見れば、まずいない」

「え、本当に!?」


 自分がレアキャラだという確証を得た白岡は喜色満面だ。


「そういうわけだから、能力者は生まれたときから能力者だとわかってる。通常能力者のこどもは生まれたときから国に逐一居場所を管理される。ありていに言えば監視されるわけだ」


 その時、時間が止まったかのような錯覚を受けた(もちろん、私が止めたわけではありません)。豊かな感情表現で私の語りを聞いていた白岡から表情が失われたのだった。


「監視なんて」


 ただ一言。


「監視っつったってトイレの個室の中を見られたり会話の内容を逐一聞かれたりするわけじゃないさ。どこの部屋、くらいの解像度で居場所が把握されているだけだ」


 そんなに大騒ぎする話じゃないだろう。都会なら至る所に監視カメラがあって、実質同じような状況になっているはずである。もっと言えば、明日行くレストランから昨日読んだエロ本(*1)までグーグルやアマゾンが把握している方がヤバいのではないか。


「その精度で十分やばいでしょ。そんなの、あんまりじゃ。人には誰しも自由に自分の人生を過ごす権利があるの。何か罪を犯したとか、誰かに迷惑をかけているというわけでもないのに」


 あたらしい憲法のはなしをする中学生のような純粋無垢なことを仰る。


「いやいや、迷惑はかけているさ。そりゃまあまだ何もしていないけれど、時間停止できればパレード中の大統領を暗殺するなんて朝飯前なわけ。警戒されるのは当然だ。予防ってやつだよ、精神病患者みたいなもんだ」


 白岡の顔は凍り付いたままだ。


「現代の民主国家でそんなのが許されるのかと思うのかもしれねえが、別にそんなに珍しいことじゃあない。ハンセン病政策なんて感染予防上無意味なのに延々と継続されて、終了してからまだ20年も経っていない 。まして、能力者を監視することには大いに意味があるからね。致し方ないことなんだよ。住むところも、通う学校だって自由じゃない。もちろん卒業後の進路だって……」


 私が発言を三点リーダで止めてしまうと、さすがの白岡も返す言葉を見失ったのか、押し黙る。間違えて能力を使ってしまったんじゃないかと思うような、たっぷり1分くらいの沈黙を経て、白岡は先よりは幾分小さな声で、しかしはっきりとこういった。


「決めた」


 乾燥わかめを戻したときの様に、白岡は俄かに生気を取り戻していた。





「あなたを救済したい」





 救済とはどういうことだろう、それこそ怪しげな新興宗教の勧誘みたいだ。私はむしろ、あなたと合体したい 。解釈に困るその言葉に、もう一杯というわけにもいかず、無言で白岡の目を見て意味を問う。

 白岡は一語一語選ぶように答えた。


「ツィンゾル(*2)の活動目標。能力者、さしあたっては川内君が監視を受けずに自由に生活できるようにする、これでどう? あなたを救ってあげる。代わりに私は川内君に能力についていろいろ教えてもらえるし、監視されないままの生活を続けられる」


 全く、昭和の学生運動みたいなピュアなことを仰る。挙句、白岡は「これだね」などとつぶやきながら、一人で悦に入っている。win-winな取引という趣旨なんだろうが全然釣り合っちゃいないし。


「勝手にしてくれ」


 ため息交じりに発した私の言葉を、一応の肯定と受け取ったのか、白岡はほんの少し頬を緩ませた。


「それより、いくつか聞きたいことがある」

「うん」


 スルーされたのが不満だったのか、白岡は微かに眉をひそめたが、応じてくれた。


「まず確認だけれど、俺が能力者であることについて、事前に誰か――ああ考えられるのは親御さんくらいになるのかな――から聞いたことは」

「ないよ」

「そうだよな。とすると、じゃあどうやって知ったんだ?」

「能力者の仲間を探し出してさっきも言ったような結社をつくりたかったの。それで、能力者が関わっていそうな事件をインターネットや新聞で逐一探したんだよ。そしたら昨日の火災が引っ掛かった」


 昨日の火災は幸い死者も出ず、大したものじゃなかった、『奇跡の生還』みたいな見出しで山陽新聞の二社面くらいにはなったんじゃないかと思う(皮肉にも生還したがゆえにニュースバリューが減ってしまうのです)。能力が介在していると端から疑って読めば、おかしな点が見つかるかもしれない。


「なるほど、それで岡山県まで行って現地で確認してきたわけだ」

「え、うん。岡山県まで行った。そう、バスで瀬戸大橋を渡ったり大変だった」


 こちらはヘリコプターでひとっ飛びなのに、ご苦労なことである。


「それじゃあIRA のことは知ってるの?」


 私は声を少し低くしてこう問うた。


「IRA?」

「IRA、国際救助協会International Rescue Association。俺が属してる外務省管轄の秘密組織だ。そこから出動の要請を受けて救助に向かっているんだ」

「なるほど、それで岡山まで出向いて行けたわけね。外務省なのね?」


 確かに外務省が担うというのはちょっと違和感があるかもしれない。


「時代はNO BORDER 、災害に国境なんてないのさ。そうはいっても、災害が起きてから出発するから外国に行っても間に合わないことが多いし、手続きも面倒だから、国内、それも近隣が多いのだけれどね。ついこの間も隣国で大きな事故があったけど、現地の政府の対応が遅れたとか何とかで結局行くことができなかった」


 逆に日本も震災の時などは、海外からの支援の受け入れに手間取った。国境を超えるというのはなかなかに厄介なものである。相手は野良とは言え能力者だ。これくらいのことはしゃべってもいいだろう。念のため口外しないようくぎを刺しておいた。



「そういえば……」


 何やらまだ作業をするから残るという白岡を横目に見つつ荷物をまとめ帰りの支度をしているとき、一つ聞きそびれていたことを思い出した。


「昨日のじいさんが白岡の祖父であるというのは」

「ああ、あれ? あれは嘘」


 初めて見せた満開の笑顔はよく似合っており、大変憎たらしい。


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〈註〉

*1 昨日読んだエロ本: むろんこれは現在の私が抱く感想である。16歳の当時の私はエロ本なんて読んでいなかったことを声を大にして述べておく。

*2 ツィンゾル: 先ほどのDie Zinnsoldatenディー・ツィンゾルダッテンをこのように略すらしい。私も前触れなしに言われた。読者の皆様は註釈があるだけありがたく思っていただきたい。まあウェブ小説でアルファベットはダメだとも聞くし、早いところカタカナになって正解かも。

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