1-2. ろくでない提案聞いて
👉いままでのあらすじ
・私(川内)は時間停止ができる普通の高校生。
・クラスメートの白岡(美少女)に呼び出された。
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都合20分くらい遅れて、地図を見ながら呼び出された場所に向かう。遠い先祖にスペイン人を持つ私なので、遅れも気にせず悠々と向かう。
私が通う高校は4つの教棟からなっている。愛媛県を代表する伝統校であるだけに、規模も大きい。他に藩校時代からある日本建築もあるが、中に入るのは特別なイベントがある時に限られている。白岡に渡された地図を見ると、どうやら第三教棟に来いということらしい。階段を上り、お目当ての三階の廊下に突入すると、横から誰か目の前に躍り出てくる人があった。
「わっ」
物陰
「メガネくん、ちょっとええけんね」
何でこんなところにいるのか甚だ疑問であるが、その点に関して説明する気はないらしい。
「アヤメに声をかけられていい気になっとるかもしれへんけど、あの子に手ぇ出すのはやめてやな」
「はあ」
「まあアヤメがあなたにお熱なんてこと、万に一つもあらへんと思うけれど。ほやけど、最近どうもおかしいんよね。突然使える部屋確保しろって言い出したり」
そこで大きく欠伸をすると、その後もぶつぶつと何かを言いながら、山北は立ち去ってしまった。勝手に始めて勝手に完結しやがったぞ、こいつ。一方的に話すだけなのだから、ポンコツアンドロイドでも代替できる簡単なお仕事だ。突然呼び出されてあの娘のなんなのさと聞かれても答えに窮するが、そういう意味では答える機会がなくてかえって有難いと言えなくもないのかもしれない。何はともあれ、この話から判断すると本日の会見場所を確保したのは山北なのだろう。
三階の端にあるその場所にたどり着く。廊下に張り出した板(通常は教室名が書かれているやつです)には何も書かれていないが、2年11組(*2)という文字の痕跡がある。どうやら使われていない教室のようだ。
旧2年11組の中からはピアノの音が聞こえてくる。ノックをするも返事がない。どうやら演奏に集中しているようだ。まあ呼ばれているのだから問題はないだろう、そのまま扉を開く。
思った通り演奏しているのは白岡だ。ピアノ椅子に座る姿は実に姿勢が良く、その均整の取れたスタイルを強調している。
この描写から沈魚落雁で一顧傾城、高貴さと華やかさを兼ね備えた美少女の姿を想像されるかもしれない。無論、視覚的には正しい。演奏しているのがベートーベンやらモーツァルトやらそこら辺の高尚な感じの曲であれば、私もそういう印象を抱いたであろう。
しかしながら、(ここまであえて言及しなかったのですが)演奏しているのは『猫踏んじゃった』である。もちろん、荘厳美麗で高邁奇偉な『猫踏んじゃった』も存在するのかもしれない。だが、初心者の習作の題材、あるいはコミカルな邦詩(*3)をどうしても想起してしまい間の抜けた印象が拭えない。ピアノがない上に君に聞かせる腕もない私が偉そうに言えた義理でもないのであるが。
「あ、来たの」
演奏を中断し慌てて笑顔をつくる白岡であったが、ピアノ椅子に座った姿勢はそのままだ。
入口の様子から想像されるように、中は一般的な高校の教室用の間取りだった。ただし、机や椅子の配置は大きく異なっている。
教室の前半分は、会議室にあるような長机が一つと、椅子が二つだけ。20人は収容できる空間にそれだけだから、幾分殺風景な印象を受ける。長机の端に置かれた薬缶がやや場違いな印象を与えている。
一方、残りの部分は白岡が演奏しているピアノの他、積み上げた机や、生物室の人体模型、文化祭か何かの展示――お化け屋敷だろうか――など種々雑多な学校の不用品がうずたかく積まれている。教室用の大判のカーテンが折りたたまれた層の上に排気用のダクトが何本も積まれており、滑らかな金属の表面が光をちらちら反射してやや不気味である。
「扉は閉めたね」
私が手で扉を示し無言で肯定すると、白岡はピアノに右人差し指をかけた。こういう表現をすると鍵盤に手をかけたと思われるかもしれないが、いやそうじゃない。下から撫でるように触れたのだ。
次の瞬間、驚くべき光景が展開された。白岡が指を上にあげると、念力に突き動かされるかのようにピアノが同時に中空に動いた。ただ、彼女の指とピアノは触れたままだ。念力みたいな非接触型の力ではなく、物理的にピアノを持ち上げているように見えた。
白岡はそれから、ピアノを左手に持ち替えてみたり、二本の指でクルクルと回してみたり、力をこれでもかと見せつけてきた。そうしてしばらくすると、心なしか満足げな表情をして、ピアノを下ろし元の場所に据え付ける。案の定、最初に持ち上げてからここまできっかり三分だ。姿勢を直し私に相対し今度はあからさまなドヤ顔でこう告げた。
「実はね、わたし、10万馬力 の怪力なの」
「ああ」
「そうなの……ってあれ? 何か間違えた? リアクション薄くない? 何か感想はないの?」
「ピアノをそんな風に扱っていいのかね、丁寧に扱っても定期的に調律しなきゃいけないような繊細な代物だろう?」
「大丈夫だよ、このピアノは廃棄予定だからそれでこの部屋にあってね」
「そうか、ならいいな」
「……」
「……」
ふむ、戯れるのもこれくらいにしておこうか。
「そりゃあもちろん驚いたよ。でも、昼休みの妙な言動に納得がいったというのも大きかったね。あと、三分もありゃ頭も冷えるよ。よろしくな、乙種特定能力保持者さんよ」
このような言い回しが自らの口から出てきたことに、直後の私は後悔の念に苛まれた。その理由はこの後どこかで明らかにされようかと思う。さしあたって目の前の白岡さんは頓着していないようであるから、話を先に進める。
「おつ……ああそういうことね、お察しの通りあなたの同類、一日に三分間だけ特殊能力が使える人間よ」
「それで、あんな芝居がかったカミングアウトをしたのはどういうわけだい」
「よくぞ聞いてくれました! 能力者の能力者による能力者のための秘密結社、その名も
再びのドヤ顔とともに、なんだかよく分からないカタカナ語が出てきたが、この際そんなものはどうでもいい。もっとなんだかよく分からないのはその後だ。
「ほら、能力者って人には話せないし、悩みとかため込んでしまいがちじゃん?
そういうのを率直に言える場所があるとよくない?
あと、能力の性質についてもいろいろ知識とか共有できると便利そうだし。
ああ、川内君に会えて本当にラッキー!
そうだ、ねえ、一回能力を使ってみてくれる?」
――悩みをため込みがち
これはわかる。同じ視点を共有できる仲間というものは何にも代えがたい。実際に私も幼いころはそれで救われた部分がある。
――知識を共有できると便利
まあなくはないのかもしれない。伊東家の食卓的なtipsなら共有できるのかもしれない。しかし、若輩が2人で話し合って知れることなんて過去の思索と実践の蓄積に比べれば塵芥のようなものだろう。
――川内君に会えて本当にラッキー
わからない。本当に偶然というのは確率的にゼロではないんだろうが。ご都合主義のフィクションじゃあるまいし。
―― 一回能力を使ってみて
冗談だよね?
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〈註〉
*1 髪はうっすら……: 地方の公立高校では、進学校ほど校則が緩いと相場が決まっていて、我が高校では髪の長さや髪飾りなど基本的に自由である。でも、染めたりパーマをかけたりはどうだったか……その辺は要領よく
*2 2年11組: 伝統校ゆえ少子化でも規模が維持されていたが、それでも段階的に定員が減り、我々の二つ上の代から9クラスになっている。
*3 コミカルな邦詞: 私の友人である
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