第一章 Die Zinnsoldaten

1-1. 今一つ新規性とかない出会い

 自己顕示欲のために書くと高らかに言い放ちながら、こんな自信なさげな話のタイトルになってしまった。臆病な自尊心と尊大な羞恥心のはざまで揺れ動く乙女心をご理解いただきたい。


 話はゴールデンウィークを前にした金曜日にはじまる。まだ5月のはじめだというのに、瀬戸内の日差しは強い。昼にもなれば冬服が鬱陶しく感じられる。私は一か月前に愛媛県にあるこの公立進学校に転校してきたが、お祝い返しも微笑みで済ませ、極めて普通の生活を送っていた。それはもう高木守道の守備くらい普通である。


「座学四連発はきついな。ようやくこれであと2コマだ」

「君は妙なところでまじめやね。授業なんて聞かんでおれば平日も休日もおんなじけん」


 四時間目が終わって昼休みに入ったところでボヤいた私に対し、後ろの席から応じたのは嬉野一志うれしのかずしだ。授業中からやっているのか、あるいは終わってすぐに取り出したのか、PSVitaの画面を一心に見つめている。嬉野とは4月の最初に隣の席になって以来、どうも波長が合うようで、よく話す仲だ。


「いやいや、まじめにやれば存外に面白いものだよ。ローマの二代皇帝ティベリウスは、施政の早い時期にカプリ島に移住して引きこもってしまい、以後はローマと文書でやり取りしたんだ。当時の通信の水準でそんなことやるのがすごいし、そういう……」


 授業中に得た知識の一部を披露していると、しかし。


「今日の授業の内容はどこやったっけ?」


 PSVitaの画面から目を離さないままコッペパン(ジャム&マーガリン、彼はいつもこれなんです)の袋の封に手をかけていた嬉野がふと手を止め問うてくる。


「ようやっと四大文明のところだね。全くクマ さんの話は冗長でよくない」

「ほうやな、僕も『ジッグラド』だけは覚えとる。全く、自分のことを棚に上げてようゆうわ」


 嬉野はそう言ってため息をつくと、コッペパンの封を開ける作業を再開する。ちなみにクマさんというのは、世界史担当にしてわれらがクラス担任、球磨吉人くまよしひと先生の愛称である。昼食をどう調達しようかと思案していると、その時だった。


「っ! 川内重信かわうちしげのぶくん!」


 やや震えた声音で、しかしはっきりと名前を呼ぶ声がするので振り返る。


 嬉野よりもさらに二つ後ろの席に座る、白岡菖蒲しらおかあやめはとにかくとびきりの美少女だ。読者めいめいに都合の良い美少女像を思い浮かべていただければ物語の理解の上では支障がないだろう。容姿を記さないのは私に描写力がないからでは決してない(*1)。


 古風な感じのブレザーの制服をきっちり着込んでいる。ファッションに疎い私にはシュシュだかカチューシャだかフォーチュンクッキーだかよくわからないが 、長い髪を何やらふわふわした髪飾り(*2)でまとめていて、かっちりした印象を緩和している。


 5月にもなってフルネームで呼ばれるのだから、私と白岡との関係は推して知るべきである。そうは言うものの、これは別に悪いものじゃない。私は彼女のセックスアピールに対して興味がない、などとある種の理想論ないしは負け惜しみを言うつもりはない。世界が違うから交わらない方が良い人と人の組み合わせというものも存在するのだ。これは差別ではなく区別である。


「どうかしたか?」

「川内くん、昨日火災現場で老人を救出したよね」

「え?」


 予想外の方向からの一撃ににわかに狼狽する。客観的な事実の点で言えば、白岡の指摘はまことに正しい。昨日はIRAの一員として火災現場に出動し高齢男性を救出している。しかし、主観的認識の点で言えば、彼女の主張はは私をビビらせるのに充分だった。どうしてそれを知っているのだろう。プロローグでお伝えしたように、あれはハイパーレスキュー隊の手柄ということになっているのだ。思考を巡らせながら二の句が継げないでいると、彼女の方からあっさりと種明かしがされた。


「あの人はわたしのおじいちゃんなの」

「はあ、なるほど」


 思わず声が上ずる。それなら合点がいく。我々の活動は大っぴらに公開されているものではないが、そうはいっても被救出者からも秘匿するのは無理がある。忘却術のような都合の良い手法は存在しないのだ。とはいえ、幸いなことに、被救出者が「テレポーテーションした」(時間停止はこのように知覚されるものと期待されます)などと主張したところで、ショックのあまり気が動転しているのだろうと生暖かい視線を向けられて終わるのが関の山である。本人もやがて理屈に合わない記憶を修正するであろう。


 そうはいっても、その類の情報を全く聞かないのはおかしいんじゃないかって? では問うが、例えば肩こりの原因が幽霊だと説くウェブサイトがあったとして、あなたはその言説に少しでも検討する価値があると考えるだろうか。実際、時間停止をはじめとした特殊能力に関しても、エスタブリッシュされたメディアからは相手にされない一方で、東京スポーツ(*3)[1]や大統領のツイート[2]を仔細に見れば、真実が書かれていることが分かる。情報の流出を防ぐのではなく、皆が信じないどころか一顧だにしないものにするのが肝要なのだ。このような観点から本稿も「現代ファンタジー」カテゴリーに投稿されている。私がこれだけ蛇足を重ね、真実であると主張したところでどうせ誰も信じていないんでしょう?


 まあとにかく話を戻すと、彼女は私が救出場面で何らかの貢献をしたとは認識していてもどのような働きをしたのかは知らない可能性が高いということだ。


「そう……それなら放課後ここにきてくれない?」


 そう言って彼女は一点にバツを書き込んだ校舎の地図をおもむろに私の机の上に置く。このご時世に随分とアナログなもんだ。


「そりゃまたどうして」

「いいから、とにかく」


 彼女はそれだけ言うとこちらの返事を待たずに踵を返し、教室の外へ出て行ってしまった。結局どういう意図で声をかけてきたのだろうか。疑問は消えないとはいえ、放課後になればわかるものである。特殊能力の漏洩の心配もひとまずなさそうなので、昨日の救出活動を指摘された時よりはずいぶんと安らかな心持ちだ。しかしまあ、祖父を救ってやったというのに(私の救出活動は純粋な正義心から行われているものです。どうか誤解なきよう)、扱いが雑すぎないだろうか。もっとこう、フレンドリーに「助けてくれてありがとう! 素敵! 抱いて!」みたいな感じで接するのが本当ではないのか。


「逃げられとるやん……」


 再び体を回し後ろの席に向き直ると、先ほどと変わらぬ姿でゲームに興じる嬉野の姿があった。ただしコッペパンが消滅し、代わりに湯を入れたブタメン が置かれている。どうやら逃げたのは白岡ではなくゲームの中のモンスターらしい。私と白岡の会話は彼にとって、ゲームほどには興味をそそるものではなかったようである。


■■●● ●■●● ●■■ ■■●■● ■■●■ ■●●■


〈註〉

*1読者めいめいに……: 

 タイトルに反し、この点で新規性を主張できるかもしれない。というのも、本稿を公開するにあたり傾向を探ろうと考え、ランキングの上位にあるいくつかの作品を確認したところ、いずれの作品においてもヒロインの容姿が描写されていたからである。

 私がそれをしない理由は二つある。

 一点目は実利的な理由である。本作が将来舞台化された際のことを考え、登場人物 の肌の色を定義しなかったJ.K.ローリング氏の英断からもう一歩進めようという試みである。ヒロインの外見を記述しないでおけば、より演者(**1)の選定の自由度が高まると考えられる。

 二点目はより本質的な理由である。私が上述のランキング入り作品を読んだとき、女の子の容貌は大変魅力的に描写されており、思わず当初の意図を外れて大量に読んでしまった。だが、自分がされてうれしいことをしようという倫理観が許されるのは小学生までである。世の中には色々な人がいるのだ。これらの作品における記述はマイナーな嗜好に充分に配慮されているのだろうか。私がワクワクしながらページを読み進めている陰で涙ながらにブラウザの「戻る」ボタンをクリックしている人がいるかもしれない。あるいは、そういう欲求自体抑圧されているかもしれない。

 所詮ランキングなんか多数派のお祭りに過ぎない!  ××腹×××××を×斬×××っ××て死×××××××××ぬ×××べ××××××××き×で××××あ××××××る。私は常にマイノリティーのことを考えて文章を書ける人間になりたい(現にできているとは言ってない)(予防線)。

*2 何やらふわふわした髪飾り: 以下のような感じである。

https://www.google.co.jp/search?q=%E3%83%98%E3%82%A2%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%82%B5%E3%83%AA+%E3%81%B5%E3%82%8F%E3%81%B5%E3%82%8F&rlz=1C1CHBD_jaJP713JP713&source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0ahUKEwiaqPjc25PTAhUBULwKHQl3BtcQ_AUICCgB&biw=1366&bih=638

*3 東京スポーツ: 続く文章で誰も信じないと書きつづっているが、お断りしておきたいのは、本稿は決して東京スポーツを不当に貶める意図をもって書かれたわけではないということである。というのも、かつて東京スポーツは名誉棄損を訴えられた裁判の場において「記事を信用する人間はいない」と自ら主張しているのである[3]。私自身は世間における評価にもかかわらず、東京スポーツの信頼度を高く評価する立場であるから、この発言も真実に基づくところであると信じるところである。


〈註の註〉

**1 演者: 実写の演者選定に関する批判として、「自分のもっていたイメージが壊されてしまった」というものがある。しかし、この問題は小説の中でも発生しうる。例えば、「横芝光(仮名)は美少女である」という文章があったとしよう。この時点で読者の皆様はめいめいの横芝像を頭に抱くはずである。ところが、その後に続く記述に「瞳は茶色、前歯が少し大きい、髪の毛は栗色で縮れている」とあったらどうだろう。皆様の持つイメージは崩れ去ってしまう。


〈参考〉

[1] 東京スポーツ http://www.tokyo-sports.co.jp/

[2] Donald J. Trump @realDonaldTrump https://twitter.com/realdonaldtrump

[3] 三浦和義(2003)『弁護士いらず : 本人訴訟必勝マニュアル』太田出版。

 ISBN:4872337565

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