0-2. 秘密のお仕事
さて、本編に入る前に読者の皆様にお見せしておきたいのは、秘密のお仕事シーンである(ただ、この話だけで10万字も書けるほどの筆力はないのでコンテストには応募できません……本編は学園物です)。場所は岡山市某所、火災現場に取り残された人がいるというので、我々IRAは駆け付けた。ヒーローの大活躍をとくとご覧あれ。
「まだ中に人がいるんです!」
我々の乗る消防車(*1)の中にまで響き渡る女性(*2)の叫び声。台所から発火したのだろうか、2階建ての民家の1階部分から火の手が上がっている。山間の一軒家で、延焼の不安もあまりなさそうだ。避難さえできていればのんびり消火すればそれで済むのだろうが。
「そうは言っても、この状況で中に入るのは難しい」
燃え盛る住宅の前で女性と並んで立っている消防士(*3)も匙を投げる状況であった。我々は大急ぎで消防車を降りる。
「私たちが参りましょう」
駆け付けたのはハイパーレスキューおかやま(*4)の方々である。鍛え抜かれた隊員たちの登場に女性も落ち着きを取り戻した。
「いや、しかし……」
当初から消火活動にあたっていた消防士は怪訝な表情をする。それほどまでに火の勢いは強かった。だが、そんなことはお構いなしにハイパーレスキューは住宅に向かって突き進む! 台所とは対角線上に位置する和室の窓を破った。
その時私はどうしていたかというと、消防車の横に突っ立っていた。女性・消防士からは死角になる位置である。相方と一緒に湯をたっぷりたたえたポットに左腕を突っ込み、能力を発動する準備をしていた。
我々の能力の使用には、一つの条件がある。発動させる前に利き手を湯に触れさせる必要があるのだ。湯の温度はだいたい30℃くらいあれば充分で、一度湯に触れた後は、一定時間(個人差はあるが10分くらい)任意に能力を発動することが可能だ。
「もう30秒くらいしたら頃合いでしょうか。目出し帽君、
IRA職員の
「だからコードネーム『T・R・S』だっつっとるやろが」
隣の男が叫ぶ。私は
「よろしくお願いします、目出し帽さん」
「川内、もっかい言うてみろ」
リアクションに忙しい人である。鉄板ネタで茶化してみてはいるものの、実際のところ
ただ、互いのことをよく知らないのはIRAのメンバー同士ではそう珍しいことではなかった。災害救助の場において、特にそれでも支障はない。その場その場で必要な能力の組み合わせに応じて、アドホックにチームを組んで取り組んでいるのだ。
「まあええ、救助が先ぞ。始めるぞ、川内」
「了解しました」
既に防火用の服に着替えており、準備は万端だ。左手で
1秒ほど置いて、体が宙に浮きあがる。
「あそこの窓から入ろう」
動かぬ炎をイライラ棒の様に回避しつつ、廊下を抜け、和室に入る。白髪の高齢男性(*6)が、部屋の隅に座り込んでいた。足があまり良くないのかもしれない。二人がかりで老人を抱え込む。進入ルートを引き返し、建物の外に脱出。再び
今度は和室から住宅に進入。打ち合わせ通りに窓の前、入ってすぐに滞留していたハイパーレスキューの二人(*7)の腕に老人を抱かせる。身軽になった我々は消防車の横に駆け戻る。手元の腕時計で確認すると、ここまで2分40秒。まあ上々な結果だろう。
どうしてこんな回りくどいことをするのか。それは我々の能力が世間には秘匿されているからだ。科学法則に反した我々の動きを喧伝するわけにはいかない。あくまで勇敢なハイパーレスキュー隊員による人命救助譚として、今回の出来事は記憶されるのである。
とにもかくにも、八面六臂の大活躍をしているにもかかわらず、我々は手柄を全く主張していないのだ。私がこの場面を冒頭に挿入にすることで伝えたかったのはまさにこの点である。
奥ゆかしき謙譲の精神! 世界よこれが日本だ!
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〈註〉
(註で名前が書かれているような人物は今後登場しません。覚える必要はありません)
*1 消防車: 通常の消防車ではなく、特別高度工作車とかいうなんかすごいやつ。
*2 女性:
*3 消防士:
*4 ハイパーレスキューおかやま: ハイパーレスキューとの愛称を付されることの多い特別高度救助隊は高度な救出救助技術を持った部隊である。全国の政令指定都市を管轄する消防局に設置が義務付けられているが、驚くべきことに岡山市は政令指定都市である。
*5 T・R・S氏: T・R・Sが何を意味するのか分からないので、適当にルビを振っている。当たれば儲けもんである。興味があるようなら読者の皆様でも考えられたし。ただし、執筆時点で未だに何の略なのか知らないので、将来明らかになる保証はない。
*6 白髪の高齢男性: 岡山市北区の無職、
*7 ハイパーレスキューの二人:
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