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それから車で十五分ほど。
京都の街並みを時々車窓から見ていると、車が路肩に止められた。
「着いたわよ」
「こ、ここですか!?」
「そうよ」
てっきり百貨店とかに入っている服屋さんとかかと思っていたら、まるっと一店舗展開している某有名洋服ブランドのお店だった。
ファッションに
完全に尻込みしてしまう私に、恵様はここでも押しが強かった。
「さ、早く」
「ひぃーっ」
先に車を降りた恵様に腕を引っ張られ、病院に予防接種を受けに来た子供みたいな悲鳴をあげてしまった。当然、待ったはなく、私も車から降ろされる。
車から降りてしまえば、一社会人として、道行く人にみっともない姿を見せるわけにはいかない。
心臓が早鐘を打つのを自覚しながらも、なんとか平静を装って恵様とそのお店に入った。
すると、恵様の顔を見た店員さんがサッと早歩きでやってきた。その店員さんもまた、ブランドの顔として相応しい
そんな私をよそに、店員さんはニコリと微笑み、丁寧に一礼してきた。
「いらっしゃいませ。小此木様。本日はどのような物をお探しでしょうか」
店員さんがさらりと恵様の苗字を口にしたことで、思わず店員さんの顔を二度見してしまった。
す、すごいっ。……これがいわゆるVIPってやつなんだなぁ。
店員さんも私の
「今日はこの子に似合う服を探しにきたの。良さげなのを五、六着見繕ってくださる?」
「ごっ、五、六着!?」
「かしこまりました」
「あっ、そのっ! 私、そんなに数いらないんですけど……」
「何を言ってるの。ほら、いいから、自分の好みを伝えて」
「えっ!? えーっと……できれば、モノトーンがい」
「まだ若いんだから、もう少し色みがあるものの方がいいんじゃない? とりあえず、色は春らしいもので」
「かしこまりました」
店員さんは私のというより、もはや恵様のものになってしまった要望にもしっかりと頷く。
そして、時間をいただくことになるのでと、私達を奥の小部屋に案内してくれた。普段使うような試着室ではなく、本当にVIP専用だと分かる高級感溢れる一部屋。しかも、別の店員さんが飲み物まで運んできてくれた。本当に至れり尽くせりだ。
店員さん達はそれぞれ一礼して部屋を出ていった。
完全なる場違い感に
「申し遅れました。私、本日、コーディネートを担当させていただきます、今泉と申します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
店員さん――今泉さんは自分のネームプレートを軽く両手で持ちながら、私に向かって一礼してくれた。だから、私も慌てて頭を下げ返した。
値段さえ気にしなければ、あとは
やっと最後の試着が終わった頃には、お昼間近。この店に来て、一時間以上経っていた。
「こんなものかしらね」
「お、終わったっ」
話すのは楽しいけど、試着もこなしながらは意外と疲れる。さらに、それを何着も繰り返せば、正直な心の声が思わず漏れてしまうのも仕方ないことだろう。
今泉さんもその気持ちが分かってくれるのか、お疲れ様でしたと言ってくれた。
そして、いよいよ支払いの段階がやってくる。今泉さんがトレイに乗せて持ってきた金額が書かれた紙を見てみると、やはり桁が違った。
仕方ない。仕事着としても使える物を買ったし、必要経費って思うことにしよう。
そう思ってバッグから財布を取り出そうとすると、それよりも早く恵様が自分の財布から黒いカードを取り出して今泉さんへ渡していた。今泉さんも、そのまま慣れた様子で部屋を出ていってしまう。私が、と、言う暇もなかった。
もちろん、恵様には後でちゃんとお返ししますと言ったけれど、私からのプレゼントよと言って断られた。
でも、いくらプレゼントとはいえ、こうも桁が違うものだとかえって気を使ってしまう。その一方で、せっかくの好意を
どうすればいいのかと頭を悩ませていると、今泉さんが領収書を持って戻ってきた。
「じゃあ、いつも通り、買ったものは家に届けてちょうだい」
「かしこまりました」
そして、今泉さんに見送られ、私達はだいぶ長く滞在することになってしまった店を後にした。
迎えに来た車に乗りこむと、車はゆっくりと発進する。行きはそこまで混んでいなかったけれど、丁度お昼の時間で会社員や学生、そして観光客が外食に出てくるから、だいぶ道が混み始めていた。
その間で、先程のお金問題を改めて考えてみる。
……うん。やっぱり、使用人の一人がこんな高価なプレゼントを大量にもらうわけにはいかない。
そう思いたって、恵様――恵さんの方を向いた。
「あの、恵様……じゃなくて、恵さん」
彼女と店で話している時に、様付けは堅苦しいからやめて欲しいと言われてしまったのだ。それに、彼女は男兄弟ばかりで、その兄弟の子供も男ばかり。年下の女の子が身近に欲しかったらしい。そうまで言われてしまえば、分かりましたと頷くほかないだろう。
少し渋滞に苛立っている様子の恵さんは、こちらにチロンと目を向けてきた。
「その、本当にお金、お支払いしなくていいんですか?」
「えぇ、もちろんよ。あぁ、お給料から天引きとか言うつもりもないから安心してちょうだい」
「あ、いえっ。それで全然構わないんですけど」
「私は構うのよ。昨日ちょっと仕事でむしゃくしゃしたことがあったから、いい息抜きになったわ。これは付き合わせたお礼でもあるのよ」
「いや、でも、桁が」
「そうね。そんなに言うなら、一つお願いしたいことがあるんだけど」
恵さんは身体を座席から浮かせ、私の方へ身体ごと向き直る。そして、心なしか、身を乗り出してこられた。
「一月後、東京でうちの流派の展示会があるんだけど。それに咲夜も出られるようにしてほしいの」
「それは家元の咲人様にお願いした方がよろしいんじゃ」
「ううん。これは体調的なことだから、貴女の力が必要なの」
「そういうことなら。分かりました。いいですよ?」
「ありがとう。じゃあ、貴女の分の新幹線のチケットも取っておくわね」
「わかり……え?」
気のせいかな? 今、私の分の新幹線のチケットって聞こえた気が。
キョトンとする私を見て、恵さんは私の両手を自分の両手でからめとった。
「え?じゃなくって。貴女にも来てもらうのよ。当然じゃない」
「と、うぜんじゃあないかもしれないですよー!? 日々の体調管理はもちろんさせていただきますけど、同行は……」
「あら。貴女から言質はもう取ってあるもの。いいですよって。……というわけで、よろしくね。圭せんせ」
そして、それはそれはにっこりと、女優顔負けの満面の笑みを見せられた。
反論は許さない。そう無言のうちに言われている気がする。
……咲夜さん。咲夜さんに、この家の人間には注意してくださいって言われた意味がようやく分かりましたよ。確かに、注意が必要でした。
でも、そんな反省を今頃しても、もう遅い。
しかも、スケジュールを確認するためにスマホを取り出して、もう一つ失態を犯していたことに気づいた。
……咲夜さんに連絡、してなかった。
私が屋敷にいないことに気づき、約束がきちんと果たされるか心配になったのだろう。スマホのトークアプリで数件、電話も複数回、咲夜さんから来ていた。
ここ数日移動が多かったからスマホをマナーモードに設定していて、それを解除し忘れていたために全く気付けなかったのだ。
慌ててメッセージを打ち込むと、秒で返信が来た。
‟あとでゆっくりお話ししたいことがあります”
スマホの画面に映し出されたその一文を見て、急にそわそわとし出した私を、恵さんは面白そうに見つめていた。
四つ葉のクローバーを贈られました 綾織 茅 @cerisier
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