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 その翌々日。

 約束していた通り、午後から咲夜さんと甘味処に行くことになった。


 こうもとんとん拍子に予定が決まってしまって、咲夜さんのスケジュールは本当に大丈夫なのかと心配になってしまう。

 そして、そうなると私にも一つ、困ったことがでてきた。



「うーん。どの服着て行こう」



 正直言って、服装には無頓着だという自覚がある。学会の時はまぁ別として、病院では白衣の下にスクラブとパンツだったり、スクラブとパンツだけだったり、院内の決まりがあったから多少の誤魔化しはきいたけれど、ここではそうもいかない。


 住み込みの専属医という職である以上、今持っているものを着回して乗り切るのにも限度があろうというもの。ましてや、ここは華道月影流宗本家。客人の目につくことは少ないといえど、それなりの格好は常に求められるだろう。


 落ち着いたら買いに行こうと思っていたけれど、その前にこんなに服装で頭を悩ませるとは思っていなかった。


 とりあえず、今日のところは無難なジャケットとパンツの組み合わせでいいかな。髪は春らしい色のシュシュでまとめて……うん、まぁ、悪くはないでしょうってことで。


 化粧も済ませ、出かけることをすみれさん達に伝えておこうと部屋を出ると、丁度母屋の方から女の人がやって来た。その人の顔は垣内さんが見せてくれたアルバムで見たことがあった。


 小此木家の当主である咲人様の娘さんで、咲夜さんの叔母であるめぐみ様。確か、もうすぐ五十代になられるって話だったけれど、だいぶ若く見える。


 それにしても、写真を見た時も思ったけど、美男美女の一族だよねぇ、小此木家って。旧家で美形揃いの家って、そんなのテレビとか小説とかだけの話かと思ってたけど、実際あるもんなんだなぁ。


 その少し勝気そうなつり目をした彼女がこちらに気づいたかと思えば、美しく整えられた眉を吊り上げ、こちらにずんずんと歩いてこられる。


 まだきちんと挨拶ができていなかったせいかと、慌てて口を開こうとしたら、ずいっと前のめりになって顔を覗き込まれた。



「ちょっと、ちょっとちょっと!」

「は、はい」

「なんでこんなダサい服着てるの!?」

「えっ!? えぇっと」



 面と向かってダサいと言われると、グサリと来るものがある。しかも、こんな大人の魅力に溢れた綺麗な人に言われてしまえばなおさら。


 ……もう一度考え直した方がいいかな。まだ時間はあるし。


 今の格好を下から順番に見上げていって、そう思った私は恵さんに部屋に戻って着替えなおすと言おうとした。言おうとしたんだ。本当に。


 しかし、次の瞬間、ものすごい勢いで恵さんに腕を掴まれた。そのまま恵さんは私の部屋の中に入り、机の上に置いておいた財布とかが入ったバッグを引っ掴む。その行動の素早さと強引さに私が狼狽えるのもお構いなしだ。



「ちょっと来なさい! 出かけるわよ! まったくもう。見てられないわ!」

「えぇっ!? ちょ、まっ、お待ちください!」



 事前に用意するように伝えられていたのか、玄関の前にはすでに車が一台停まっていた。運転手さんがドアを開けてくれて、先に中に押し込まれる。恵さんがその後に乗り込むと、運転手さんが最後に運転席に回り込み、静かに発車してしまった。


 さすがにここまで来てしまえば、もう大人しくついて行くしかない。


 挨拶も満足にできていなかったので、窓の外をぼうっと見ている恵さんに声をかけることにした。



「えっと、すみません。お会いするの、初めて、ですよね?」

「えぇ、そうよ。貴女、例の女医さんでしょ? 咲夜と紅葉のために呼ばれた」

「はい。佐倉圭と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「よろしく。当主の娘の恵よ。昨日、一昨日は挨拶できなくてごめんなさいね。丁度、外で会合があったから、そのまま外で食事をとってたの」

「あ、いえっ。そんな謝っていただくようなことじゃないですしっ」



 恵様の先程までの猪突猛進というか、強引さはすっかりなりを潜めている。勝気そうな外見もあって性格がきつい方かなと思っていたけれど、こうしてちゃんと話せばそんなことなかった。先程のあれは出会い頭の事故か何かだったのだと思っておこう。


 ……それにしても、どこへ行くんだろう? 急で半ば無理やりだったから誰にも出かけるって言ってないし、午後は咲夜さんと約束があるんだけど……間に合うかな? 



「あの、一体どちらへ?」

「貴女の私服があまりにも酷いから、新しいものを買いによ。私も買い物したい気分だったから丁度良かったわ」

「えっ。一応、変なものは着ていないつもりなんですけど」

「ダメダメ。いいから黙ってついてらっしゃい」

「は、はぁ」



 まぁ、服を買いに行くだけなら、午後までには帰れるか。一応、お店に着いたら合間を見て咲夜さんに連絡しておけばいいし。


 ……そう思っていた時期が、私にもありました。


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