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先に運んでもらっていた荷物の片付けが終わり、手持無沙汰を紛らわすために本を読んでいると、気づいたらあっという間に日が落ちていた。
夕食の時間になったからと咲夜さんが部屋を訪れ、そして間を置かずに夕食が二人分部屋に運ばれてくる。膳を持ってきてくれた人から部屋を出ていく時に頭を下げられたので、私も慌ててそれに返した。
トンと襖が閉まる音がして、もう一度料理が乗った膳に目をやった。
これ、料亭で出される料理みたいだなぁ。小鉢に至るまで飾り付けに工夫が凝らされてて、見ているだけでも楽しいかも。それに、めちゃくちゃ美味しそう。
「どれも美味しそうですね」
「そうですか? では、いただきましょうか」
「はい。いただきます」
手を合わせて、箸置きに置かれた箸を取る。
前菜を食べて、次はお刺身。
海外だと生の魚を食べるっていう食文化がないから、わざわざ日本料理店に行かなきゃならないんだよねぇ。
でも、研修に勉強にと忙しくて家の周りすらロクに歩けなかったから、お店を開拓する暇もないままのあっという間の二年間だったんだよなぁ。だから、本当に久しぶりすぎて。
左端にある白身魚をつまみ、お醤油に少しつけて口へ運んだ。
それを咲夜さんは何が楽しいのかじっと見てくる。
「……っ! このお刺身、プリプリしてます! 美味しい!」
「このゴマ豆腐も美味しいですよ」
そう言って咲夜さんが持っていた小鉢を軽く上げて勧めてきた。
本当はこういう料理を食べる時のマナーというか食べる順番とかあるんだろうけど。
咲夜さんも何も言わずにいてくれるから、すごく気が楽だなぁ。
「はぁー。こんな美味しいご飯をこれから毎日食べられるかと思うと、ここを辞めた時が本当に困りますね。舌が肥えちゃって……って、どうかしました?」
深く考えて言ったわけではないのに、咲夜さんが酷く驚いた顔をしていた。それからすぐにひきつった笑みを浮かべ、箸を箸置きに置いた。
「……来たばかりなのに、もう他へ行くことを考えているんだなって」
「まぁ、そうですよね。でも、私、一人っ子なんです。だから、将来的には両親の面倒をみなきゃいけないので、誰か良い医師を探して交代してもらわないと。幸い二人共とても元気なので、まだまだ大分先ではあるんですけどね」
「そうですか。それなら、お二人にはずっと元気でいてもらわないといけませんね」
「ですね」
笑みを深めて私の両親の健康を案じてくれる咲夜さんに、私も嬉しくなって笑みを返した。
ほんと、いい人だよなぁ。たまに子供っぽいところもあるけど、それ以外はちゃんとしてるし。
そういえば、友達いないって言ってたっけ? 本人がそう思ってるだけで、実際はたくさんいそうだけどなぁ。……それもそれで問題か。
「大人数は好きじゃないですけど、やっぱり誰かと食べるご飯はいいですね」
「そうですね。栄養を摂るだけじゃなくて、こうやってお話しながら食べられるのは良いことだと思います。好き嫌いもなくせますし」
咲夜さんの膳にのった皿が一品、まったく手をつけられずに残っている。春らしく桜の形をした
蕗の薹には胃を丈夫にして腸の働きを整えてくれたり、花粉症の予防や咳止めにも効果があると言われてる。それ以外にも、ビタミンEやカルシウム、葉酸に鉄、カリウムなど数多くの成分が含まれていて、体調次第で喘息症状が悪化することもあるという咲夜さんにはぜひ食べておいてもらいたいものだ。
それに一向に手をつけようとしないということは、苦手なのだろう。山菜全般なのかそうでないかは分からないけど。
「あ、バレてしまいましたか。苦味があるから、少し苦手で」
「約束ですよ? ちゃんと全部召し上がってくださいね。料理人の方が丹精込めて作ってくださってるんですから」
「仕方ありません。約束は守るべきですもんね」
そう言うと、観念したのか咲夜さんは小鉢を手に取った。そして、品よく食べていた今までと違い、一口で飲み込む。すぐに比較的味の濃い鯛の煮つけを食べ、その後、しめとばかりに吸い物を口へ流し込んだ。
そうしてようやくふぅと息を吐いていた。
「……やっぱり、苦かったです」
形の良い眉を寄せ、少し不機嫌そうな声でそう言ってくる。
「でも、苦手なものを克服するのは、いくつになってもどんなことであっても凄いことだと思いますよ」
「そう、ですか。凄いですか」
あ、子供に言い聞かせるみたいでまずかったかな。
しかし、どうやら咲夜さんの機嫌は持ち直したらしい。私の心配をよそに、咲夜さんはふふっと笑みを漏らした。
それから食事を終えて咲夜さんが部屋を出ていくまで、お互いの好きな食べ物の話で盛り上がった。
好きな物の話をしていると、時間があっという間に過ぎるのは本当だ。しかも、気づいたら私と咲夜さんの間には甘味処に行くという約束までできていた。
「じゃあ、楽しみにしてますね」
「え、あ……そう、ですね」
襖を開けて手をかけ、こちらに向かって笑顔で言われるものだから、やっぱりなしでとは言えない。
結局、襖が閉められた後に自分の失態にもだえ苦しむのだった。
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