第13話

 気が付くと閉めていたカーテンの隙間から明かりが差し込んでいた。そして昨夜からつけっぱなしになっていた天井の照明が目に突き刺さってやたら眩しかった。ぼんやりと冷たい床の上で仰向けになって天井を見つめていると吐き気がして胸がムカムカしてきた。目覚めた時は自分の身に何が起こったのかが思い出せなかったが、体を動かそうとした瞬間、全身に痛みが走っていっぺんに忌まわしい記憶が蘇った。


 昨日男から殴られているうちに、いつの間にか気を失ってしまったらしい。蘇った記憶に怯えながら恐る恐る静まりかえっている部屋の中に男の姿がないか、頭をぐっと持ち上げ首を少し動かしながら部屋の中を見渡してみた。首を動かすのもやっとの状態だったので確認できた範囲は狭かったが、周辺に男の気配はなかった。暴れるだけ暴れて気が済んで帰って行ったのだろうか。


 もう男から暴力を振るわれる心配がないということにほっとした瞬間、ハッと気づいた。赤ん坊は・・・あの子は・・あの子は・・・・。きっとさっき視界に入りきれなかった壁の辺りに顔を向ければ、わかりきっている現実を目の当たりにしてしまうのだろう。でも目を背けることはできない。私の子なんだから。私の可愛い子どもなんだから。


 裸の体にやたら吸い付いてくるフローリングの床から逃れるように歯を食いしばりながら、ゆっくり仰向けからうつ伏せの体勢に変えた。動くたびに激痛の走る体を引きずって汚れた部屋の壁に向かって少しずつにじり寄る。視界に入った赤ん坊は生きている人間にはできない体勢で、壁に沿って倒れていた。必死に這い寄って手を伸ばすと、何とか赤ん坊の頭に触れることができた。過呼吸のような荒い息を漏らしながら我が子の柔らかい髪に触れた時、あの男と別れられなかった自分の愚かさと、幼子を守ってやれなかった非力さを心から悔いた。


 そして悔いて尚、あの男を憎み切れない自分がいることに気付いて、また死にたくなった。子を殺され、自分も酷い目にあわされても、仲が良かった頃の男の笑顔が赤ん坊の顔と重なって頭に浮かぶのだった。自分は心底馬鹿な女だと顔をぐしゃぐしゃにして涙を流しているうちに、再び眠るように気を失った。

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