第10話

 ある日の夜、フウコは乳を飲んでようやく眠った赤ん坊をベビーベッドに寝かせてから、大急ぎで風呂に入った。髪と体を洗い終えて湯船に浸かっていた時に、部屋の方から赤ん坊の尋常ではない泣き声が聞こえた。先ほど飲んだ乳を吐いてしまったのだろうかと、慌てて風呂から上がって体にタオルを巻きつけて部屋に行ってみると、男が来ていた。


 きっと合鍵を使って音をたてないように入り込んだのだろう。部屋の中から、ぷんと漂う臭いで男が酒を飲んでいることに気が付いた。酔って少し顔を赤らめさせていた男は部屋の真ん中で赤ん坊を膝の上に抱えて座り、無表情で赤ん坊の顔を平手で何度も何度も叩いていた。


 赤ん坊の顔は真っ赤に腫れあがり、鼻から出ているのか口から出ているのか、判断ができないくらい出血もしていた。その血で目元から首の辺りにかけて真っ赤に染まっていた。先ほど風呂場まで聞こえていた大きな泣き声はフウコが駆け付けて来た時にはもう聞こえなくなっていた。赤ん坊は泣き声の代わりにフゴッ、フゴッと咳のような息をしているだけだった。まるで壊れた噴水のように、その息と一緒に口の中に溜まった血泡を小さな口から吹き出し、流していた。


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