第9話

 「私ね・・むかし赤ちゃんを殺しちゃったんだ・・・・」


 交際を始めてしばらく経った、気怠い真夏の午後のことだった。フウコのこの一言から、俺は膝枕をされながら彼女から無情な記憶の欠片を身勝手にぶつけられることになった。


 フウコは昔から頭が悪く、身寄りも男運もない女だった。数年前、俺と出会う以前に交際していた男との間に子どもができた。その時はフウコも相手の男も子どもをどうするべきか決められないまま堕胎が可能な期限が過ぎてしまったため、仕方なく出産することにした。しかし出産をしても、その男と結婚にまでは至らず、フウコは十代でシングルマザーとしてひっそりと子を育て始めた。


 結婚はしなかったが、男との関係は相手に言われるがまま、出産前と変わらずダラダラと続けていた。同居をしていなかった男は夫としてでも父親としてでもなく、ただのヒモとして週に何度かフウコの住んでいたアパートの部屋に来ては金をせびり、酒を飲んでいた。虫の居所が悪ければフウコに暴力を振るって憂さを晴らすこともあったらしい。


 その時のフウコは男との関係が曖昧で破綻しかけたものであったとしても捨てられるよりはましだと考えていた。身内も友達もおらず、たった一人で生きている人間には孤独が一番の恐怖なのであった。そのためひどい扱いを受けていても、その恐怖から逃れさせてくれている男にフウコは感謝していた。普通ではない関係でも側にいてくれるなら、叩かれても蹴られてもずっと耐えられると思っていた。


 しかしある晩、フウコの人生と男への感情を一変させる出来事が起こった。


 俺は膝枕のままフウコの独り言にも似たつぶやきに耳を傾けていた。フウコの表情は見ていない。


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