第6話

 爪の本体の人数は恐らく六十人以上はいたと思う。あやふやな言い方になってしまうのは、爪の提供者が正式に交際をしていた女ばかりではなかったからだ。


 交際している女がいないときは、風俗の女を呼び出して爪を手に入れたこともあった。性を売りにしている女は仕事上、いろいろな性癖を持った客を見てきているだろうから、多少無理を言っても大丈夫だろうと思って気軽に面と向かって爪をくれと言えることができた。そう言ってみた場合、迷いもなく爪をくれる女もいれば、やんわりと断ってきたり、話を逸らして聞かなかったことにしようとする女もいた。渋られた場合は、料金を通常の倍の額を支払うと約束をしたりして無理矢理爪を切らせた。


 昔のこと思い出していたらふと、交際相手でも風俗嬢でもない女の爪を手に入れた時のことを思い出した。提供者は一緒に出張に行った同僚の女だった。目的地まで新幹線で移動したのだが、その車中で隣の席に座った同僚の爪の美しさに俺は心を奪われた。顔も美しい女だったが、それ以上に先に向かって緩くカーブしながらシャープに整えられた爪の形があまりに素晴らしくて、平静を装いながらも激しく欲情してしまった。一度目が釘付けになると、移動中も仕事の時も美しい爪から目が離せなくなった。爪に惚れた俺は出張が終わって会社に戻った後に二人だけで過ごせるタイミングなどこれから先はないような気がしたので、二人だけで行動できている今のうちに、なんとかして同僚が持つ最高の爪を切って持ち帰りたいと思ったのだった。


 仕事を終わらせてホテルにチェックインした後、同僚を誘って食事に出た。俺はしっかりと酒が飲めそうな和食の店を選び、できるだけ酒を飲む時間を長引かせてしこたま同僚を酔わせるという作戦を計画した。食事を始めて数時間後、同僚は計画通り酔ってくれた。仕事が終わった安心感といつもの職場ではなく出張先という気楽さから会話も弾み、お互い酒が進んだ。そして酒と日中の疲れが相俟って、帰るころにはすっかり泥酔して俺に体を支えられながら歩くほどの状態になっていた。その同僚をホテルの部屋まで送り、酒臭くて重たい体を部屋のベッドに優しく寝かせた。女とはいえ、酔って力が抜けた体は想像以上に重たかったので、寝かせた途端、床へ蹲ってしまうほど疲れた。


 酔いと疲れで悲鳴を上げる体を叱咤しながら、俺は不様な格好で静かな寝息を立てている同僚の足下に近付いた。相手が起きないようにストッキングのつま先部分をまるで歩いている途中に破けてしまったかのような感じが残るように小さく歪に破いた。ドキドキと暴れる心臓を宥めつつ、ポケットに隠し持っていた爪切りで手早く左足の親指と人差し指の爪を慎重に切って素早く部屋を出た。本当は手の爪がほしかったのだが、綺麗にマニキュアが施された指の爪を切れば、切ったことが簡単にばれてしまうのでやめておいた。手の爪には若干劣るものの、爪を手にすることができた俺はその晩、爪を握り締めながら機嫌よく眠った。


 翌朝、同僚は昨夜のことをばつの悪そうな顔で謝りながら苦笑いしていた。俺は相手が知らない間に爪を手に入れることができたので、心の中で感謝をしながら満面の笑みでフォローしておいた。そしていろいろな理由をつけて出張が終わった後も食事に行く約束をしておいた。今度こそ指の爪を手に入れたいと切望していたため、その望みを叶えるための布石のような感じで同僚との付き合いをキープすることにしたのだ。未だに、あの爪以上の存在感を出す爪には出会えていない。まるでダイヤモンドのように眩しい輝きを放つ三日月形の爪は、まとめて保管しているペットボトルとは別に、昔から持っていた小さな箱のようなオルゴールの中に特別に保管してある。この中に近々手の爪も加わるのだろう。その時を想像するだけで感動と興奮で胸が熱くなって目が潤んでくる。爪のためならどんな困難でも乗り越えられる気がした。それはまるで障害を抱えた恋人同士のように距離や壁あるほど想いが燃え上がる感覚に似ていた。


 同僚の件については、かなり手荒な方法を使っているが、それ以外の場合でもこれぐらいの努力と身銭を切らねば女の爪というものはなかなか手に入らなかった。そうして頑張って集めた爪は時々ペットボトルから何個か取り出して、飴玉をしゃぶるように、口の中で爪を転がして味や絶妙な柔らかさを堪能した。時には自慰行為の道具として体に爪を擦り付けて楽しむこともあった。俺にとって爪は癒しで本当(現実)の恋人なのだ。


 

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