◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆





――半年前。



「よ、妖精……?」

「うん、そだよー。名前はジュレ。よろしくねー」


簡易的な自己紹介を済ますと、羽の生えた小さな小さな女の子は、可愛く両手で手を振った。

俺の名前は、川島タケル。

社会人2年目の24歳。



会社で一人、残業している俺の前に、いきなり手の平サイズの妖精が現れた。

もちろん、すんなりと今のこの特殊な状況を受け入れたわけではない。

30分ほど、冷静に落ち着くまで時間を要したのは言うまでもなかった。


「ねえねえー」


ジュレは言った。


「タケルくん、今のままでいいのー?」

「え?」

「精神的に追い込まれてるっしょー」

「い、いや……」


静かにうつむき、一瞬で言葉に詰まってしまう。

まさに図星だったからだ。

そう。

俺は営業ノルマを達成できずに、毎日毎日、恐怖にかられていた。

入社して2年目になり、後輩もでき、プレッシャーは日に日に増すばかり。

さらに、今の部署に配属されてから、上司からの仕事の押し付け、理不尽なクレーム処理など、全く仕事がうまくいかず、精神は壊れる限界。


人と会うのが恐い。

恐くて恐くてたまらない。


もう俺の心は、完全に破壊される限界だった。


「だからさー」


ジュレは諭すように言った。


「そんな恐怖心なんかいらないよー。それさえ無ければ、もっと生活が楽しくなるし、欲望の赴くままに生きられるんだよー。だからー、あたしにー」





恐怖心をちょうだい――――





「…………」


俺には、その妖精が一筋の希望に見えた。

だって、そうだろう?

もし恐怖心が無くなれば、俺は毎日を楽しく生きられる。

ノルマが達成できなくても、理不尽なクレームが来ても、気にせず過ごすことができる。



やりたいように、好きなように生きられる――――



今まで絶対に脱げなかった、恐怖心という重い鎧を脱ぎ捨てることができる。

だから、だからだ。


「あ、あの……」


俺は言った。


「きみに……」






恐怖心をあげるよ――――








【END】



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脱げない鎧 ジェリージュンジュン @jh331

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