⑨
* * * *
「じゃあ、私、こっちのBランチにしようかな」
私の名前は、波多野ユウコ。
社会人2年目の24歳。
今日は会社復帰、2日目。
お昼休みに、私は同僚のミカとトモコと一緒に、例のイタリアンの美味しい店に来ていた。
「ねえねえ、ユウコ」
すると、ミカが少しにやついた顔で私に尋ねてきた。
「実は昨日ね、私、見ちゃったんだ」
「ん? 何を?」
「私ね、昨日、仕事が終わったあと、友達とショッピングしてたんだけど……」
その途中で、とミカは言った。
「ユウコが川島くんの車に乗り込むとこ、たまたま見ちゃったんだ」
「あぁ、そうなんだ」
なるほど。
そのにやつきは、そういうことか。
ほんと、ミカは友達の色恋沙汰が大好きだな。
しかも、同じ会社内だから、余計に興味あるんだろうな。
「ねえねえ、ユウコ、どうなのよ~??」
さらに、トモコも同じような顔をしているところを見ると、ミカはすでに話しているようだな。
まあ、いいんだけどね。
別に隠すことじゃないしね。
私は『まあ、そうだよ。昨日、待ち合わせしてたよ』と軽く受け流そうとした。
「それで、それで!?」
でも、二人はさらに食いつく。
『付き合ってるの?』という質問にも『う~ん』と私はあいまいに濁していた。
すると、その時だった。
「波多野ユウコさんですね?」
私の前にスーツの男が二人現れた。
「川島タケルさんのことで……話を聞かせてもらっていいですか?」
二人はそう言いながら、静かに警察手帳を取り出した。
「通報がありましてね……あなたの住むマンションの前に、川島さんのワンボックスカーがありました。さらに、車内の後部座席の下にあなたの携帯電話が……心当たりはありますか?」
刑事さんの質問の意図は、明らかにこうだった。
『車の中の惨殺死体の犯人はおまえだな』
と。
すごい。
もう分かったんだ。
てか、ケータイ、車の中だったのか。
どうりで見つからないわけだ。
でも、まあ、免許もないのに、あのシルバーのワゴン車で家まで帰った私の運転センスも誉めてほしいもんだけどね。
しかも、死体の臭いに我慢しながらだよ。
「ユ、ユウコ、ど、どういうこと……?」
ミカとトモコが目を丸くして、私に尋ねてくる。
「か、川島くんと昨日、何かあったの……?」
「あぁ、うん」
私は笑みを浮かべ言った。
「昨日、すっごいムカついたから、いっぱい刺して殺したんだ」
ていうかさ、と私はさらに身を乗り出して言った。
「あいつほんと最低な奴だったんだよ。マジもう、女の敵って感じ。まあ、また今度、話すね」
『じゃあ』と笑いながら小さく手を振ると、私はそっと席を立った。
ミカとトモコは、もうパニック状態。
冷凍されたように固まったまま、動けなくなっている。
そして、今の会話だけで、刑事さんは、もちろん理解しているのだろう。
逃げるそぶりを見せない私の肩に、1回そっと手を置いた。
「じゃあ、行こうか……」
「あっ、はい」
あぁ…………
連れられ店をあとにするなか、私はずっと思っていた。
これが『心残り』というやつか。
なんで……
なんで、こんなことに……
もう少しだったのに…………
あぁ、まいった。
結局、ここのイタリアン、食べられなかったな。
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