⑥
* * * *
「ん……」
あっ……
「わぁ! 綺麗!」
車の後部座席で横たわっている私の目に飛び込んできたのは、窓の上部から覗く丸い月や星々のダンスだった。
あぁ、凄い。
周りのビルの灯りも少ないから、余計にはっきりと輝いてみえるな。
「すっご~い」
ほんとずっと見ていられるな~。
都会でもこんなに星が綺麗に見えるとこがあるん…………
「あれ……?」
ん?
ていうか……ここはどこだ?
私は少し上体を起き上がらせ、後ろの窓から外を眺めてみた。
「あれは……」
何かの倉庫……?
そう。
大きな倉庫らしきものが、いくつか目に入った。
さらに少し視線を動かすと、その逆側には穏やかな海が広がっていて、小型の船がチラホラ止まっているように見える。
そう。
それらの情報から察するに、ここはどこかの埠頭のようだ。
目と鼻の先に大きな海がある、埠頭の先っぽといったところか。
まあ、私の住む街は、元々、海に面している場所だから、ここがそんなに遠くないとこなのはわかるんだけど……
う~ん、ていうか……その……
「……?」
なんで私、後部座席で寝てたんだ……?
助手席で、ネックレスを指でクルクルいじってたとこまでは覚えてるのに。
「なんでだ……」
ん? ん?
なんでだ?
私は頭をかきむしりながら、クルッと体を翻して前方の座席に目をやった。
――すると。
「あれぇぇぇぇ~~!!」
!?
振り向いた私は、そのままフリーズ。
動けない。
虚をつかれ、全く動けない。
「あれれぇぇぇぇ~~! おかしいなぁぁぁぁぁぁ~~~~!!」
え!?
え!?
「え……?」
ダメだ!
ダメだ! ダメだ!
いくら平静を装おうとも、少し笑いがかった大きめの声に驚きを隠せない。
「アァァァァハッハッッッァァァァァ!!」
そして、さらに一段上がった高笑いが響き渡る。
「あのコーヒーに入れた睡眠薬はあまり効かなかったみたいだねぇぇぇぇ!!!! まさかこんなに早く目を覚ますとはねぇぇぇぇ!!!!」
え!?
え!? え!?
「あぁぁぁぁ!! その生足もたまんねぇぇぇぇ!! 我慢できねぇぇぇぇぇぇ!! 早くヤリてぇぇぇぇぇぇ!!!!」
え!?
え!? え!?
私は目の前の現実をまだ受け入れられないでいた。
そう。
座席の背もたれを抱えこむように、こちらを覗きこむ男が一人。
川島くんだった――
「え……?」
いま起こっている状況が、やはりまだ理解できない。
できるはずがない。
パニック。
パニック、パニック。
舐め回すように私を見つめる、理性を失った目。
ハァハァと激しく息を切らし興奮している様子が、ただただ即座に伝わってくる。
「いいねぇぇぇぇ~~!!」
川島くんは、さらに身を乗り出しながら言った。
「白くて柔らかそうな美しい肌だねぇぇぇぇ! ヤラしてよぉぉぉぉぉぉ!! 早くヤラしてよぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「は、はは……」
私は、めいいっぱいの愛想笑いをしながら、スッと視線を逸らした。
うん……
なんだな……
まあ、その…………
…………
ぬおぉぉぉぉぉぉ!!!!
全然!!!!
王子様じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
ていうか!
ていうかさ!!
もうここまでくると、ただの、いや、かなりヤバめの変態じゃん!!
私を見て、こんな興奮丸出しの姿を見せられたら、そりゃ、パニックになるわよ!
だって、すでに、はち切れんであろう下半身の勢いが、そのまま顔に出てるって感じだよ!
そりゃ、驚きが強すぎてフリーズしちゃうよ!
危ない!
ほんと危ない!
私に『恐怖心』があったら、また変なトラウマを作ってしまうところだったわ!!
ん?
ん??
ていうか、ちょっと待って!
睡眠薬??
てことは、さっきのフランス料理店で出てきたコーヒーに睡眠薬を入れたってことか。
ん~……いったい、いつの間に……
「あっ……」
あの時か……私がトイレに行った時か。
あの時、川島くん、サッとポケットに何か隠してたもんな。
あれ、ネックレスじゃなくて、睡眠薬の小袋かなんかだったのか。
そっか……そうだったのか……
「ん~……」
とりあえず……さてさて、どうしたものか。
まあ、睡眠薬を使ったのはいただけないが、川島くんも男だ。
若いイケイケの男だ。
言うなれば、この年代の男なんて、生殖器が服を着て歩いてるようなもんだもん。
もう、ムラムラして、どうしようもなかったんだろうな。
それに、いいほうに考えれば、恋人と早く一つになりたいと思った行動が行き過ぎただけかもしれない。
そうだな。
そう考えると、凄く愛されてるとも言える。
まあ……思いっきり、プラスに考えればだけど…………
トホホ……
やっぱり、普通の感覚だと、ほぼ全ての女の子は、初デートでこれはアウトだよね。
まあ、なんだ……
とりあえず、今後の付き合いは、あとでゆっくり考えるとして……
「あのね、川島くん……」
ごめん、今日はそういう気分じゃないの、と言おうとした次の瞬間、
「フフフ……」
チャキンッッッ!!――
川島くんは、うってかわって低い小さな笑い声と共に、刃渡り10㎝ほどの小型のナイフを取り出した。
「今日の君からの告白……まさにグッドタイミングだったよ……」
「え……?」
「俺はね……」
川島くんは言った。
「自分の中のストレスが溢れだして我慢できなくなると、欲望を抑えられなくなるんだ……美しい女性が血に染まる姿が、見たくて見たくて堪らなくなる……殺りたくて殺りたくて、どうしようもなくなるんだ……」
え……?
「それを達成できると、自分の中のストレスが嘘のようにスーッと消えていくんだ……きみでちょうど5人目……きみのような綺麗な女性を…………」
切り刻みたくなるんだよぉぉぉぉ!!!!――
ザクッッッッ!!――――
川島くんは、絶叫と共に、私の顔の横のシートにおもいっきりナイフを突き刺した。
狙ったのが外れたのか、威嚇なのか、その意図は分からない。
ただ、ダッシュボードから、さらに鋭利で大きめのサバイバルナイフを取り出すあたり、これは一種の彼なりのルーティンなのかもしれない。
まずは、小型ナイフで相手の女性、いや、獲物を恐怖のどん底に突き落とす。
怯える顔。
絶望する顔。
一本目の矢が生み出す表情は、まさに女性狩りを加速させる最高のスパイスなのだろう。
次に、二本目の矢。
続けて、今、手にしているサバイバルナイフで、欲望のまま思う存分、肉や骨まで切り刻む。
あとは、死体を処理するだけ――――
確か、私で5人目と言っていた。
この類いの猟奇殺人を、この街の近辺、いや、全国ニュースでさえ、聞いた覚えがない。
となると、どこかの絶対にバレない自信がある、私有地の山などに埋めるか、
または、バラバラにして硫酸や水酸化ナトリウムなどで、完全に溶かしゼロにするか、
もしくは、大型の冷蔵庫や何らかの方法で、自宅に死体を保管しコレクションしてるか、
など、何かしらの方法で完全犯罪を続けているのだろう。
「…………」
ない――――
そこに、私の大好きな川島くんの姿はない。
微塵もない。
あるのは、ただの殺人鬼。
今まで世の中に知られずに、4人もの女性を惨殺してきた連続殺人鬼の姿だけだ。
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