⑤
* * * *
「おいしい?」
「うん、とっても」
私はニコニコと、テーブルの上に並べられたコース料理を味わっていた。
午後8時。
少し車を走らせたあと、『知る人ぞ知る』というフレーズが似合いそうな、小さなフランス料理店に入店。
私が告白してからの、あの短い時間で、あらかじめ予約してくれていたようだ。
スマート。
実にスマート。
女の子を扱う手際の良さが実にいい。
これが川島くんじゃなくて、他の人なら、
『あれ? もしかしてこいつ、遊び慣れてる? うそ~ん、そんな風に見えなかったのに~』
と思ってしまうかもしれない。
でも、川島くんに関しては、そういう心配事は皆無。
ただただ、私を喜ばせよう、楽しませよう、という心遣いをビシビシと感じるからだ。
それから、しばらく至福の一時を堪能。
ムール貝のマリネ。
舌平目のムニエル。
ラタトュイエ
クリームブリュレ。
などなど、どれも最高だった。
しかも、彼氏と食べているから、さらに30パーセント増し、いや、200パーセント増しに感じてしまう。
「お待たせ~」
「おっと」
サッ――
ん?
何だろう?
その違和感は、私がトイレから戻ってきた時。
テーブルの上には、食後のコーヒーが並んでいるが、私が気になったのはそれじゃない。
川島くんが少し慌てたように、何かをサッと上着のポケットに隠したからだ。
ん?
何だ?
「何? 何? どうかしたの?」
「あっ、い、いや、その……」
何?
何? 何??
「う、うん、あのな……」
興味津々に追及してくる私に観念したのか、川島くんは少し照れながら言った。
「実は……今日の付き合った記念にと思って……待ち合わせの前に買ってみたんだ……」
「あっ……」
そう言いながら、川島くんは、そっと、ネックレスを差し出した。
それは、リボンのついたオシャレな箱なんかには入っていないネックレス。
でもでも、小さな可愛いハートがトップについた銀色のネックレス。
「露天で売ってた安物なんだけど……いざ渡そうかなと思ったら、やっぱりこんなチープなの貰っても迷惑かな、なんて思っちゃって……」
「ううん!」
私は慌てて首を横に振った。
「すっごく可愛い! ありがとう! ほんと嬉しい!!」
「マジで? 良かった~!」
川島くんは、ホッとしたように安堵の表情を見せた。
「ほんと可愛い! さっそく、つけてみるね!」
私は、高ぶる心を抑えられないまま、ネックレスを首に巻いた。
キラキラ。
キラキラ、キラキラ。
それは、とても不思議な感覚。
その瞬間、まるで自分が、きらびやかに輝くお姫さまになったように感じた。
ブランド物でもない、安物のネックレス。
でも私にとっては、百億円のダイヤよりも価値のあるネックレス。
最高だ。
さっきのペットボトルのジュースといい、最高の思い出がまた増えた。
「ありがとう、ずっと大事にするね」
「今度はもっと、いいやつをプレゼントするよ」
「ううん、これでいいよ。てか、これがすっごくいい」
私たちはそのあとしばらく、ゆっくりとコーヒーを味わいながら談笑した。
嬉しいな。
川島くんが彼氏になって、本当に嬉しいな。
「じゃあ……」
それから間もなくすると、空になったカップを横目に、川島くんは言った。
「そろそろ出よっか。家の近くまで送るね」
「ありがとう」
お会計も、川島くんは当たり前のように、二人分を払おうとした。
『私、自分の分は出すよ』
『何言ってんだよ。気にすんなよ。俺が出すから』
『でも、悪いから出すよ』
『ハハ、ほんと大丈夫だから』
『で、でも……』
こんな類いのやりとりが三回ほど続いたが、店の人も目の前にいるし、逆に川島くんに恥をかかすのかなと思い、
「ど、ども。ごちそうさまです」
と、私はペコリと頭を下げた。
今度は私が奢ろうかな、いやそれとも、何かプレゼントでも、いやいや、家で手料理を振る舞うのがいいのかな……
そんなことを考えながら、私は車の助手席に腰を下ろした。
あぁ、でも、なんか不思議だな。
こんな悩みは、彼氏がいないと考えないもんな。
こういうことを一つ一つ考えることで、彼氏がいるという実感がジワジワとわいてくる。
あぁ。
止まらない。
こりゃ、もう止まらないな。
そう。
私は、帰りの車の中でも、明日からの楽しい毎日を想像すると、ずっと胸の高鳴りが止まらなかった。
ありがとう、王子様。
私の大切な王子様。
そして、これからもよろしくね。
ずっと、ずっと、よろしくね。
満月が映える美しい夜空の元、新たなスタートをきった私の生活は、その輝きを増すばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます