* * * *




「おいしい?」

「うん、とっても」


私はニコニコと、テーブルの上に並べられたコース料理を味わっていた。

午後8時。

少し車を走らせたあと、『知る人ぞ知る』というフレーズが似合いそうな、小さなフランス料理店に入店。

私が告白してからの、あの短い時間で、あらかじめ予約してくれていたようだ。

スマート。

実にスマート。

女の子を扱う手際の良さが実にいい。

これが川島くんじゃなくて、他の人なら、

『あれ? もしかしてこいつ、遊び慣れてる? うそ~ん、そんな風に見えなかったのに~』

と思ってしまうかもしれない。

でも、川島くんに関しては、そういう心配事は皆無。

ただただ、私を喜ばせよう、楽しませよう、という心遣いをビシビシと感じるからだ。


それから、しばらく至福の一時を堪能。


ムール貝のマリネ。

舌平目のムニエル。

ラタトュイエ

クリームブリュレ。


などなど、どれも最高だった。

しかも、彼氏と食べているから、さらに30パーセント増し、いや、200パーセント増しに感じてしまう。


「お待たせ~」

「おっと」


サッ――


ん?

何だろう?

その違和感は、私がトイレから戻ってきた時。

テーブルの上には、食後のコーヒーが並んでいるが、私が気になったのはそれじゃない。

川島くんが少し慌てたように、何かをサッと上着のポケットに隠したからだ。


ん?

何だ?


「何? 何? どうかしたの?」

「あっ、い、いや、その……」


何?

何? 何??


「う、うん、あのな……」


興味津々に追及してくる私に観念したのか、川島くんは少し照れながら言った。


「実は……今日の付き合った記念にと思って……待ち合わせの前に買ってみたんだ……」

「あっ……」


そう言いながら、川島くんは、そっと、ネックレスを差し出した。

それは、リボンのついたオシャレな箱なんかには入っていないネックレス。

でもでも、小さな可愛いハートがトップについた銀色のネックレス。


「露天で売ってた安物なんだけど……いざ渡そうかなと思ったら、やっぱりこんなチープなの貰っても迷惑かな、なんて思っちゃって……」

「ううん!」


私は慌てて首を横に振った。


「すっごく可愛い! ありがとう! ほんと嬉しい!!」

「マジで? 良かった~!」


川島くんは、ホッとしたように安堵の表情を見せた。


「ほんと可愛い! さっそく、つけてみるね!」


私は、高ぶる心を抑えられないまま、ネックレスを首に巻いた。


キラキラ。

キラキラ、キラキラ。


それは、とても不思議な感覚。

その瞬間、まるで自分が、きらびやかに輝くお姫さまになったように感じた。

ブランド物でもない、安物のネックレス。

でも私にとっては、百億円のダイヤよりも価値のあるネックレス。


最高だ。

さっきのペットボトルのジュースといい、最高の思い出がまた増えた。


「ありがとう、ずっと大事にするね」

「今度はもっと、いいやつをプレゼントするよ」

「ううん、これでいいよ。てか、これがすっごくいい」


私たちはそのあとしばらく、ゆっくりとコーヒーを味わいながら談笑した。

嬉しいな。

川島くんが彼氏になって、本当に嬉しいな。


「じゃあ……」


それから間もなくすると、空になったカップを横目に、川島くんは言った。


「そろそろ出よっか。家の近くまで送るね」

「ありがとう」


お会計も、川島くんは当たり前のように、二人分を払おうとした。

『私、自分の分は出すよ』

『何言ってんだよ。気にすんなよ。俺が出すから』

『でも、悪いから出すよ』

『ハハ、ほんと大丈夫だから』

『で、でも……』


こんな類いのやりとりが三回ほど続いたが、店の人も目の前にいるし、逆に川島くんに恥をかかすのかなと思い、


「ど、ども。ごちそうさまです」


と、私はペコリと頭を下げた。

今度は私が奢ろうかな、いやそれとも、何かプレゼントでも、いやいや、家で手料理を振る舞うのがいいのかな……

そんなことを考えながら、私は車の助手席に腰を下ろした。


あぁ、でも、なんか不思議だな。

こんな悩みは、彼氏がいないと考えないもんな。

こういうことを一つ一つ考えることで、彼氏がいるという実感がジワジワとわいてくる。


あぁ。

止まらない。

こりゃ、もう止まらないな。


そう。

私は、帰りの車の中でも、明日からの楽しい毎日を想像すると、ずっと胸の高鳴りが止まらなかった。


ありがとう、王子様。

私の大切な王子様。


そして、これからもよろしくね。

ずっと、ずっと、よろしくね。



満月が映える美しい夜空の元、新たなスタートをきった私の生活は、その輝きを増すばかりだった。




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