* * * *






「まだかな……」


午後7時半を少し回ったぐらいの仕事終わり。

満月が鮮やかに輝いている夜空の下、私はオシャレなライトアップがされているお店の前で佇んでいた。


うろうろ、そわそわ。

うろうろ、そわそわ。


落ち着きがなく、二、三歩、左右に軽く動きながらも、その場は絶対にキープしていた。

なぜなら、あのあと、川島くんにこう言われたからだ。


『会社の近くのコーヒーショップの前で待ってて。なんか食べにいこっか。あと、今日、車だから送っていくよ』


ムフ。

ムフフフ。


こ、これは、初デートと呼んでいいのかしら。

うん、いいよね。

これは、完全にデートだよね。

しかも、急いで仕事を片付けて、私との時間を作ろうとしてくれているんだよ。


「あぁ……」


感じる。

ビシビシ感じる。


『恋人関係結成記念』


その初日から、凄く愛されて大事にされている想いが否応なしに伝わってくる。


「あれ……?」


ていうか、今日って、このあとどういう流れになるんだろ?

考えよう。

ちょっと考えてみよう。

とりあえず、ご飯は食べるよね?

それは確定だよね?

で、そのあと、家まで送ってもらって……


「ん……?」


ま、まさか!

家に送るように見せかけて『あれ? 私の家、こっちじゃないよ』みたいな状態になって『フッ……もっと、いいとこ連れてってあ・げ・る』みたいに言われて……


ま、まさか!

まさかさ!!


そ、そのまま、初日からホテルに行くなんてないよね!?

川島くんに限ってそんなことはないよね!?

で、でも、その場の雰囲気で盛り上がってとかもあるしな。


「や、やだ、もう……」


今日、私、下着、大丈夫だったかな?

ていうか、これから、いつ裸を見せてもいいように、常に勝負下着をつけとくようにしなきゃ。


よし。

よし、よし。

家に帰ったら、じっくりとデートのシュミレーションをしなくては。


「よし!」


なぜか私は一人、コーヒーショップの前で気合いを入れ直していた。

そして、こんな感じで、必要以上の妄想を膨らませていた時、


「お~い、波多野~」


き、きた!



ドクン!

ドクン! ドクン!



世界新記録並みのスピードで速さを増す心拍数と共に、私のテンションは早くも最高潮。


きた!

きた! きた!


鏡のようにピカピカに手入れされた、綺麗なシルバーのワンボックスカーで、ついに川島くんがやってきた。


「待った?」

「ううん、私も今来たとこ」




いま~~~~…………



来たとこ~~~~…………





フッ……

フッフッフッ…………





きゃぁぁぁぁぁ!!

ついに実践できたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!




待ち合わせの定番の最初の挨拶。

本当は、15分ぐらい待っていたけど、笑顔で『いま来たとこだよ~』というこのやりとり。

私は密かに、このやり取りに憧れていたのだ。

だってそうでしょ?

もう、すっかり冷め始めてるカップルなら、

『いや、遅いし、バカ! 何分待たせんの!? は? もう、やってらんない、クソボケ、くたばれ、カス!!』

と、スタートから躓き、そのあとのデートは、とてつもないサプライズでも用意していないと、盛り返すのは難しい。

だからなのだ。

この会話が成立するということは、まさに今、幸せの絶頂のカップルという証明なのだ。


「さあ、乗って」

「ありがとう」


さっと、助手席のドアを開けてくれるあたり、川島くんのやさしさというか、気遣いの素晴らしさを感じる。

あぁ、ダメだ。

見える。

今まさに、川島くんがこの瞬間、白馬に乗った王子様に見える。

だから、勝手に脳内変換で、今の言葉も、


『さぁ、姫様。わたくしの愛馬、ラインハルト号にお乗りください』


と聞こえてしまう。

ということで、結果、必要以上のドキドキ感がさらに襲ってくるという悪循環。


「じゃ、じゃあ、失礼しゅま~しゅ……」



バタン――



私は緊張が静まらないまま、助手席にストンと座った。

その時も川島くんは、私がドアに当たらないようにエスコートしてから、運転席に向かって行った。


完璧だ。

ほんとに、気遣いの王子様だ。


「ほい、どうぞ。これ最近新発売のジュースなんだ。すっごく美味いよ」

「わー、ありがとう!」


そして、小さなペットボトルの炭酸飲料まで用意してくれている心遣い。

あぁ、そうだ、思い出した。

そういえば、川島くんって、新発売のジュース、必ずすぐに買う人なんだよね。

研修中の時に『なんか子供みたい』って、からかったら、顔真っ赤にして、ちょっと恥ずかしがりながら怒ってたっけ。


「わー、ほんと、美味しい!」

「だろ!? これ、オレンジ味も最高だったんだよ!」

「アハッ、あいかわらず、子供みたい~」

「あっ、言ったな! じゃあ、それ返せよ!」

「やだよ~、もう私のだも~ん」


どっと、車内に心地の良い二人分の笑い声が響き渡った。


あぁ、不思議だ。

どんどん、この空間の居心地が良くなってくる。

さらに、それに比例するように、私の緊張も少しずつ小さくなっているように感じる。

この何の変てつもないグレープの炭酸ジュースも、まるで私にとっては、最高級のワインのよう。

うん。

記念だ。

これは、忘れられない最初のプレゼント。

このペットボトルは、ずっとずっと大事にしよう。


ありがとう、王子様。

私の大好きな王子様。


「オホホホーーーー!!」


私は、右手の甲を左頬に当てながら言った。


「このワイン、最高ですわよ。王子。オーホホホホーーーー」

「は、はい……?」


思わず出てしまった私のお姫様口調に少し戸惑いながらも、


「よーし、じゃあ、出発するか」


変わらず、やさしい笑顔を見せる川島くんが隣にいた。





満月と星たちがキラキラ輝く夜の街。



人生最高の瞬間を味わっている私がそこにいた。








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