第14話 決闘はしたくない


 あの後こっ酷く叱られてしまった。

 何で叱られたって? そんなの決まっているじゃないか。「女の人って胸見られんの嫌なの?」。この発言について叱られた。

 どんなに考えても叱られる意味が分からなかった。何故か。嫌なの? って聞いただけなのに、なぜ叱られないといけない!

 なんて叱られたか。「何!? 女の人の胸を見たの!?」。そう叱られた。

 何か誤解をされている気がしたが、俺には分からない。

 俺は誤解されたまま部屋を追い出されてしまった。

 あそこまで怒ったフィーナはレアものだ。本気か分からない怒りはよく見るが、本気で起こったことはないかもしれない。それほど温厚な竜なのだ。

 それよりあの庭園に行ってみようと思う。




『なあカルネ。庭園までの行き方分かるか?』

『さぁな』

『おい!』

『…………………』


 たぶんさっきの仕返しだろう。

 さっき俺はカルネの言葉に『さぁな』としか返さなかった。それの仕返しだろう。でも無視まではやっていないのだがそこのとこどうなのだろうか。

 兎に角、先に進まないとどうにもならない。

 俺はさっきフィーナに体を引きずられた時の痛みを堪え忍び、右か左か迷った挙句、さっき来た方向(左)に戻るように歩き始めた。



「はぁ」


 俺は不意にため息をついた。

 別に迷ったわけではないのだが、これ以上進んではいけないところに来てしまったのだ。


 1-2


 そう書いてある札がある場所だ。

 その札の下にはさっきプログレムに入るときのドアと一緒の物がある。

 ここはやはり教室だろう。別に中に入るわけではないのだが、その前の廊下を歩くことは、俺にはできない。

 ここはさっきルナたちと初めて会った場所だ。

 廊下には授業が始まったのか誰もいない。だから普通に前を通ったとしても誰にも気付かれない。

 それでも通りたくなかった。もしも会ってしまったらと思うと、気が気じゃない。

 俺はそのまま後ろに振り返った。そして歩き出す。

 絶対に後ろを振り返らない。そう心に刻んで。



 

 俺はそのまま前に進み続けた。

 自分でも気がおかしくなっているのが分かっていた。

 それでも歩むのをやめない。

 何にもないのに、焦り始めていた。逃げているからだろうか。

 友達ができた経験が無い俺が、何をしても変わらない。そんなことわかっている。なのに、友達という俺の頭では解明されていない存在が、俺を惑わしている。

 後ろに振り返って授業が終わるのを待つべきなのだろうか。そんな考えが頭をめぐる。

 だがそれは達成されなかった。

 後ろに振り向くなど、今の俺にはできない。


「おい! ちょっと待てよ」


 道が交差するところで、右から聞こえてきた声は、とても聞き覚えがある声だった。

 別に声を聞きたくないわけではないのだが、必死になって逃げようとする俺の姿があった。要するに、今は会いたくない。その声を聞きたくないってことだ。

 でも、今ここで逃げたら本気で嫌われそうだからやめた。

 だから、フロウを横目で見る。

 その顔は、動いた後なのだろうか。とても汗ばんでいた。息も荒く、走って来たのだろう。俺目当て出来たわけじゃないだろうから、ここでばったり会ったのだろう。


「ん? 何だ?」


 俺は怪しまれないように普通に接する。

 別に怪しい事をしているつもりはないのだが、なぜか後ろめたかった。逃げようとしたからだろうか、それとも………。

 今の俺の対応に驚いたのか、ぱちくりと瞬きしていた。そのスピードは俺でも知覚できるものだった。

 でもそれも怪しいのだろう。

 さっきの驚いた顔が嘘の様な険しい顔をする。


「ここで何をしてるんだ?」


 おっと、そう来たか。

 偶々、と言っても信じてはくれないだろう。

 さっきとは言わないが今日、あんなことがあったのだからな。それがあった後、その現場の近くにいたんだから、怪しまれるのは必然ってもんだ。

 それよりもどう返そうか。俺のコミュニケーション能力では返せない。それはカルネも一緒だろう。

 今ここで口を噤むのも怪しまれるだろう。やはり、何かを言わなければならない。

 でも、俺には何もない。


「偶々だよ」


 あぁ。結局これしか出なかった。

 例えば、1-1に用があった。とか、いっぱいあるにはあった。でも、もしも嘘だとバレてしまう可能性も大ありだ。

 嘘を探すより、嘘だと暴く方が簡単である、だって、そこに1-1があるんだ。話せば用が無かったことがばれてしまう。

 それでもまあ、そっちの方が良かったかもしれんな。本当のことを言うよりは。

 フロウは「偶々だよ」、その言葉を聞いて反応を見せる。

 俺から見たらその顔は、憐みから怒りなど。負の感情しか見えなかった。


「嘘をつくな! こんなところに偶々で来る奴がいるか!」


 俺は少し間違っていた。

 言葉に込められた感情は、怒りと、勝ち誇ったような余裕だ。

 その余裕はどこから来ているんだ。やはり、俺とフロウの『何か』が違くて、その『何か』で俺は劣っているのだろう。

 俺には、その『何か』が何なのかは分からない。

 俺はフロウの目を見た。その瞬間フロウは俺から目を逸らした。何だろうか、俺もそうだがフロウも後ろめたいことがあるんじゃないだろうか。

 やはりここは探るべきだろう。

 でも俺が今何かを言ったとしても通じるだろうか。耳を傾けてくれるだろうか。

 まずは「偶々」というのが現実だと証明しないと。


「それは本当だよ。もちろん証拠はないがね」

「なら本当かどうかなんてわかんねえじゃねえかよ!」

「でも、嘘というのも分からないよね」


 俺は冷静を装っているが、そう見えるだろうか。

 自分で言うのもなんだが、俺は馬鹿だ。だから、当たり前のことを普通に言うしかない。それを貫き通す。

 フロウはかなり焦ってくれているようだ。魔法学園にいるという事は、魔法が使えるぐらいの頭は持っているだろう。

 これは、後ろめたさがあるという証拠になる。なら、少し怪しい言動をしても大丈夫なんじゃないだろうか。

 相手の焦りと、見せかけの冷静、どっちが有利かは明白である。

 さて、ちょっと鎌をかけてみるか。(鎌をかけるの意味の理解はあんまりできていない)


「なあ、お前は友達っているか?」

「あ、あ? ああ」

「そうか」


 まずい。

 俺は今からどうすればいいんだ?

 鎌をかけるとかどうやんだよ。

 やはり馬鹿は馬鹿だった。探るなんて無理だったんだ。

 でも、フロウが何に関して後ろめたいんだ? もしかしたら―――


「俺さっき友達じゃないって言われた時けっこう辛かったんだよな」

「ぐぅ………」

「友達が喋っているところを邪魔するなんて、友達じゃ………」

「はぁ。ぐうの音も出ねえな。ちょっと言い過ぎだと思ったんだよ」


 今のフロウの発言に気になることがあった。

 ぐうの音も出ない。なんだそりゃ。

 でも今聞くべきではないとすぐに理解できた。


「でもなぁ、馴れ馴れしいのは人に迷惑をかける」

「ああ」

「だからさぁ」


 今から聞いたのは衝撃的な事だった。

 馴れ馴れしい。要するに人の胸を見るのは馴れ馴れしいの部類に入るのだろう。そして、馴れ馴れしいというのは、悪い意味の様だ。

 迷惑。

 要するに、邪魔だと言っている。

 人に迷惑をかけることは駄目な事だと、銃重症にしているつもりだったのだが、フロウ的には気に入らなかったらしい。

 今からいう言葉が、それを物語っていた。

 あまり俺が好きではない言葉だな。



「今から君を決闘でボコボコにする。一時間後に、決闘上に来い!」



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