第10話 魔獣ケルベロス戦 6

 ここまで白熱したバトルをしたことが無かった。

 伝説の魔獣。ケルベロスと戦えるのは、地獄に行ってからだと思っていた。

 色々合わせて現実を飲み込めない。だがそれが何よりも楽しかった。

 俺は高まる気持ちを押さえ、前にいる強敵に挑む。



 ケルベロスは、闘志を秘めた中頭の双眸で、俺をしっかりと睨んだ。その気迫は尊敬に値するものだった。

 歯、一本一本が鋭いケルベロスの歯は、とても恐怖を感じるものだ。

 そんな歯を使って、俺は今かみ砕かれようとしていた。

 だがそこまで俺も甘ちゃんじゃない。

 しっかりとその口を目でとらえ、その次に鼻先を見る。

 鼻息が荒く、正直そこらの風よりは感じるものがある。

 俺はここで何も起こさなければ死んでしまうだろう。

 だから動かなければならない。


「グォォォォォォォォォォォォ――――――ッ」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ」


 俺は突っ込んでくるケルベロスの顔の鼻先をつかみ、そのまま背中に飛び移る。

 ちょっとだけ安心したが、そんなものに浸っている暇はない。

 次は、全身を使い暴れだした。当たり前だろう。

 俺は背中に生える毛をしっかりつかみ、振り落とされそうな体を支える。

 本当に凄い。どんなに強く振り回されても、ケルベロスの毛は抜けなかった。さすが魔獣。

 腕の力だけじゃ、全身を支えることはできない。だから足を使ってケルベロスの毛を挟む。

 このままじゃどうやったって勝てない。

 どうすればいいだろうか。牙を引っこ抜く。それは、今できない。

 そのチャンスを作るには、暴れさせるのをやめて、口を開けさせる。それも一定時間開けさせとかないと牙を取る時間が無い。

 



 まずは暴れるのをやめさせる。

 方法。そんなものはない。

 強制的にやめさせる。それ以外にあるなら教えてほしいものだ。


「おい! やめろ!」

「グォォォォォォォォォォォォ――――――ッ」


 より暴れるのが激しくなってしまった。

 ケルベロスが無駄に動きが多くなり、下は真っ赤な火の海だ。落ちたら……そう考えると、手に力が入らなくなってしまう。

 だから、しっかりと自分の気を保ち、生きる道を探す。

 だが今の俺には叫ぶことしかできない。


「止めてくれ! ちょ、ちょっとぉぉぉぉっ!」

「グォォォォォォォォォォォォ――――――ッ」


 てか、ケルベロスも命がかかってるんだから、やめてくれるはずがないか。

 今更だが、当たり前のことに気付いた。

 てかさっきより動きが激しくなっている。しかも、限界が近づいてきている。手も足も、体を支えるのが難しい。


 ひゅぅぅぅぅぅ


 とうとうケルベロスが一回転をし始めた。

 これはさすがに死ぬ。

 落下の衝撃と炎で死ぬ。あの中で死ぬのは絶対に避けたい。

 死ぬならもっと英雄的に………とか言ってる場合じゃねえ。


「おおおおおおおおおおおおおお」


 空中を飛び回るケルベロスは、俺をもてあそんでる気がした。

 気に障る。

 これは何としても打開策を見つけなければ。

 どうするか………やっぱり強制的に――――


 いや駄目だ。


 それが通用しないと今思い知ったばっかだろ。

 そう自分に言い聞かせる。

 俺の考え(何にでもぶっ壊せばいい)は通用しない。それを改めて思い知った。

 ならどうすればいいんだ。本当に―――そうだ


「おーい。おおおおお、おっとっと。か、カルネ! この……状況、どうす、れ、ばいい!?」

「…………………」

「おーい」

「…………………」

「おー、ちょ、ま、落ちるから、おーい」

「…………………」

「マジで!」


 どんなに叫んでも返答は帰ってこない。

 てか、返答が聞こえないんじゃなかったんだっけ。鼓膜が……


「グォォォォォォォォォォォォ――――――ッ」

「何で聞こえてんの!?」


 全くもって状況が呑み込めない。

 てかさっきまでケルベロスの叫び声聞こえて無かったよね。

 てか返答しろよ。

 そう言いたかったがそんなこと言ってる場合じゃなかった。

 ケルベロスが、急激に早さを上げて、思いっきり振り落とそうとしている。

 頭が上下左右に揺らされ、目が回り激痛が走る。しっかりと握っている毛がちょっとずつ抜けて行っている。

 拳の間から、一本、また一本と徐々に毛が抜けていく。手から抜けていく感触は、どこかくすぐったくて、手が緩まる。

 はぁはぁはぁ、と、息が荒くなっていく。

 額から汗が垂れ初め、もうダウン寸前だ。

 やはりケルベロスの方が一枚上手だったか。

 飛び回るケルベロスは飛竜の如く、熱気を切り裂き飛んでいた。それは俺に耐えられるはずもなく、足が離れてしまう。

 

「グォォォォォォォォォォォォ――――――ッ」

「ぐぅっ」


 俺は必死にしがみつき、生きようとする。

 でもそれは長くも続かないものだ。それは俺にでもわかった。

 自分の汗を恨む。昔から汗っかきで、疲れるとすぐに汗が出て来る。それが死につながるとは思わなかった。

 俺は汗交じりの涙を流し、手がゆっくりと離れていくのを待った。

 昔から泣いてばっかで何度フィーナに慰めてもらったことか。てか、サイクロプスと喧嘩とか、結構いい経験したのかもな。ありがとよ、サイ。

 後は、デルピュネーか。あの、柔らかくてふわふわした胸はもう揉めないのか。あと下半身は長い蛇だったな。良く遊んでくれて、本当にありがとう。

 あと、アスモデウスか。森で、フレイムドラグーンに襲われた時助けてくれたんだよな。本当にかっこよかったわ。剣術とか拳術とかを教えてくれたのも、アスモデウスだった。いや、本当に感謝だね。

 てか、これ続けて行ったら未来永劫続きそう………って、もう未来が終わるのに、未来永劫とか笑えるわ。てかアスモデウスの口癖が、未来永劫だった気がする。

 未来永劫生き続ける。って言ってあいつは魔界に帰っていった。本当はもう………って、馬鹿なこと考えてんじゃねえぞ。

 でも先に死ぬのが俺であってほしい。あいつは生きなければならない。この世界を救うために。





 俺は右手、左手と離れて、空中に振り落とされる。

 勢いよく前に飛ばされて、丁度ケルベロスの口元の前に飛ばされた。

 俺は熱気に包まれながら、死んでいくのだろう。そう頭に過ぎる。

 こんな時に涙が出ないなんて、俺はそんぐらいの男なのだろう。本当に怖くなった時は、絶対に泣かず失神する。個人的意見だが。

 ケルベロスは完全に余裕なようだ。見てて良く分かる。そういう雰囲気が舞っている。

 誰か助けて。そう言う権利は僕にあるのだろうか。

 俺は自分の体を操作できず、そのまま落下していった。



 そんな時、俺は目の前が真っ暗になった。

 まだ落下の途中なはずだ。

 後は真っ赤に燃える世界がある。

 なら考えられるのは、ケルベロスの口の中。

 落下ではなく、食われて死ぬのか。

 最後までケルベロスは俺を苦しませるようだ。

 さあさようなら。俺の学園生活。一時の友達。

 そうやって目を閉じた。











 その時。

 俺は頭に激痛が走る。

 そして頭に声が響く。



――――生きろ



 それだけが聞こえた。

 単純な3文字のはずなのに、今の俺が欲していた言葉だった。

 俺は死にたくない。その言葉を心に押し付け、思考回路を瞬時に働かせる。

 今の俺にできること。かまれずに生きられる方法。

 そう考えた時、俺は一つの物が目に入った。

 ケルベロスの真っ赤な舌だ。ベロだ。

 もうこれしかねえ。


「はぁあああああああああああああぁ」


 そう叫んで、舌をつかむ。汗がにじむその手を、べたべたな舌をしっかりつかんだ。

 その後、瞬時に牙を蹴り上げ、外に出る。

 久しぶりな光。そんな気がした。真っ赤な空気が俺をいい意味で包み込む。

 ケルベロスは勢い余って舌を噛んだ。


「ギャァァァァァァァァァァァ――――――――ッ」


 舌をかみちぎったケルベロスは今までに聞かない叫び声を張り上げた。

 飛び散った血は、俺の全身を真っ黒にした。ちょっと獣臭い。

 俺は下に体重をかけて、口の中に身を投げる。

 大きく開けている口の中に入り、上の歯を抱く。そこで、歯と歯の間に足を掛け、ぶら下がる体勢にした。

 もう俺の逆転勝利だ。

 思いっきり引っこ抜く。

 どんなに力を入れてもびくともしない。


「はあああああああああああああああ」


 自分の限界を超した。今日何度超したことだろうか。もうこれは神の域だな。

 もう自分がどうなってもいい。全力を歯に入れて、引っこ抜く。


「いっけぇえええええええええええええ」


 俺の顔に血が飛び散った。

 どす黒い色に音。それとともにケルベロスは発狂する。


「ギャァァァァァァ」


 少しだけ弱々しい声だった。

 俺はずっしりと重い歯をしっかりと抱え込み、上を見る。

 ケルベロスが発狂している。その声はやがて消えていった。口元だけは発狂しているが、声は全く聞こえない。

 でも俺はためらわない。

 抱え込んでいる歯を手だけで持つ。すぐに地に着くだろう。

 もうこれはスピード勝負だ。落下中に物を上に向かって投げるのは至難の技だ。

 でもやらなければ生きて帰れない。


「いっけぇえええええええええええええ」


 俺は落下している体を力に変え、勢い良く歯を投げた。

 鋭くとがったその歯は、まっすぐとケルベロスの股に向かって進み続ける。

 進み続ける歯は、ゴォーと風を切る音を出している。

 俺はそれを見た直後、そのまま気を失ってしまった。

 絶対に倒せたと確信して。

 

 

 

 

  

 

 

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