第9話 魔獣ケルベロス戦 5

 俺は少しだけスピードを上げる。

 股を抜けるのは成功したが、異常な熱気で足がふらつく。

 汗が大量ににじんできて、息も急激に荒くなってきた。


 煉獄火炎プロミネンス   別名 空劫見炎プロミネンス


 たぶんこの世界で知らぬ者はいないとされるだろう禁技。

 伝説として記されている話がある。

 

 あまり覚えていないが―――


 覚悟があるとしてもその禁技は受けてはいけない。

 地獄の門番なるものが、命の危険を感じた時のみ発動がされる。

 真っ赤に燃ゆる禁じの炎が口元に現れた時、全ての地が火の海とされる。


 見たいなことを、サイクロプスに聞いたことがある。


 何百年前、地獄から来た冥王ハデスが、ケルベロスを連れてここを火の海にしたらしい。

 魔獣は怖い。と、言われるようになったのは、冥王ハデスが魔獣を連れて来て、この世界を支配しようとしたからだそうだ。

 

 てかこんなところで撃たれたら、ケルベロスごとの見込まれるんじゃないのか。

 ケルベロスも俺は絶対に生きて帰れない。それだけは断言できる。

 

 俺はなるべくケルベロスから離れないようにした。

 全頭が煉獄火炎プロミネンスの発動準備をしてるので、隙だらけだ。

 攻撃手段が無い今、遠くに居たら何か攻撃チャンスが出来た時、すぐに仕掛けられない。

 俺はケルベロスの股下にもぐりこみ、頭を抱える。

 考えるのは苦手だが、何もしないよりはいい。

 攻撃手段は見つけた。

 だが口の中に入らなくちゃそれもこなすことはできない。今近づいたらそのまま焦げて死ぬだけだ。

 

 俺はちょっとだけ引っかかることがあった。

 こんな狭いところで煉獄火炎プロミネンスを撃ったら、壁で炎が跳ね返り、ケルベロスも飲み込んでしまう。そんなことにケルベロスが気付かないはずがない。

 だったら何かケルベロスに考えがあるはずだ。

 俺が今思いついたのは、牙を取られたくないから同時に死ぬ。でもそんなこと考える筈がない。

 こういう時にフィーナがいればどうにかしてくれるはずだ。俺はぶっ壊せば解決できると考えているが、フィーナは違うからだ。

 なんにでも慎重に。俺と正反対の考えを持っている。

 そんなフィーナがいれば、打開策を発見してくれたに違いない。

 でもそんな願いかなわない。

 今俺がしないといけないのは、[帰る]。それだけだ。


 ケルベロスは首を股下に向けてこちらを見る。

 何をする気だろう。ここで撃ってしまえば俺は死ぬが、ケルベロスも死ぬ。

 人間の言葉が分かるとは思わないが、一応聞いてみる。


「お前、このまま撃てば死ぬぞ………」

「……………」


 聞こえているのか分からない。

 しかもなにも返答が来ない。

 炎を口に蓄えているからだろう。


「いいのかそれで」

「……………」


 俺は一切動かない。恐怖で手が震えることもないし、逃げようとも思わない。

 撃つんだったら食らってやろう。そんぐらいの気持ちで構えていた。

 もちろん余裕なわけではない。

 ケルベロスは絶対に撃ってくる。煉獄火炎プロミネンスは、絶対にケルベロスを、オーバーヒートさせるに違いない。

 てかさっき極限高熱ブレスの時にオーバーヒートしてると思っていたのだけど、見当違いだったようだ。


 俺とケルベロスは睨み合う。

 とてつもなく熱い熱気で体が嘆いている。

 頭ではまだいける筈なんだが、思うように体が動いてくれない。


 ケルベロスが何を考えているか分からない。

 いつ撃つのか。いつこの勝負を終わらすのか。

 全然分からない。

 仕掛けるのは絶対にケルベロスだ。



「グァァァァァァァァァァァァ―――――――――ッ」



 非常に大きい咆哮だ。

 そのすぐに何も聞こえなくなった。

 鼓膜がやられた。そんなところだろう。

 でもそっちの方が楽だ。どうせ魔法で治るし。

 

 さて、災害の始まりだ。


 ケルベロスの口から放たれた炎は、全てを包み込むように放たれる。

 俺はその熱気に耐えられず、目をつむる。

 ごうごうとけたたましい音を出しているのだろうが、俺には一切聞こえない。

 今、炎を感知できるのは、肌、触覚のみだ。目も耳も遮断されている中、煉獄火炎プロミネンスを食らうのは危険だ。でも俺はどうすることもできなかった。

 もう死ぬんだ。心の底からそう思った。

 体が焼けて来る。黒ずんでいく。肌がそう語りかけてくるような気がした。

 痛い。もうそれしか言えないし感じない。


 しかも嫌なのは、これは魔法ではないから、炎の軌道を感じ取れない。これは一種の息だ。人間がハァーって吐く、ただの息に過ぎない。

 ただの息を感じ取れるまで感覚は鋭くない。

 汗が皮膚に当たり激痛が走る。

 このまま消し炭になりそう。「消し炭にするぞ」、とかよく聞くが、本当に消し炭になることはないと思っていたのだが、人生何が起こるか分からない。

 

 熱さは収まっていないが、恐る恐る目を開けると―――


「ケルベロス………ッ?」


 痛みに耐えながら前を見ると、そこには真っ赤に燃え盛る世界が広がっていた。ケルベロスも何もいない、火の海と化した部屋。そこにポツンと一人で立っていた。

 目が流血していた。真っ赤な涙が流れてた。

 ケルベルスの大きさだと瞬時に消えるのは無理だ。

 どこだ?

 でも頭を動かす気力もない。

 口からも微量だが血が流れてきた。

 転校初日で命の危険とか、前代未聞だろ。


「うぐぅっ!?」


 腹に強い衝撃が走る。


「ぐはぁっ!?」


 背中にも衝撃が走る。

 正体不明の打撃が、体中を打つ。

 足がふらつき、そのまま倒れる。

 いつの間にか裸になっている俺の体を、いつまでも打ち続ける。


「なんっ!? だよ………これ」

「私の攻撃」


 声が聞こえたほうを見ると、全裸の幼い女の子がいた。

 この声なんとなく聞いたことがある様な――――


「カルネ……だっけ?」

「覚えていたのか」


 そう言って、俺の上に乗っているカルネは、俺の顔を殴りつける。

 危機一髪で俺は逃げるが、攻撃を止めてくれない。


「何のつもり!?」

「いや、煉獄火炎プロミネンスはさすがにやばいでしょ」

「だったら、ケルベロス倒せよ」

「何で自分のペット殴らないといけないんだよ」


 その連撃は止まらない。

 このまま避け続けると、火の海に飛び込むことになるだろう。それだけは避けなければならない。

 俺は避けながら後ろに振り向くと、あともう少しで火の海だ。

 顔を前に戻すと、その少女は笑っていた。気味が悪すぎて、反吐が出る。

 でも、俺は人を殴らない。殺さない。傷つけない。

 もちろん他人もだ。友達を傷つけられたら分からないが。

 この少女はもう他人じゃない。一緒に心の底で語り合った仲だ。もう友達なのだ。

 

「俺はカルネを傷つけない。でも、生きるためにケルベロスと戦わなくちゃいけねえんだ。だからもうやめてくれ。これ以上やっても無駄だ」


 もう背中が焦げている、気がする。焦げていると言っていいほど背中が痛い。

 もちろん前進が焼けるように痛いが、背中の方がもっと痛いってことだ。

 もう火の海に飛び込んでしまう。そう思った時に、その連撃は止まってくれた。


「ありがとう。でも――――」

「ほら、行ってこーい!」

「――――へ?」


 カルネは俺の右腕をつかみ、ぎゅっと握る。

 その手は温かみがあって、柔らかかった。

 てかそんなこと考えてる場合じゃねえ。

 なんかカルネに体を振り回されてるんですけど。


「ちょちょちょちょ。ちょっと! 何やってんの」

「行ってこーい!」

「うぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ」


 そのまま俺は空中に飛ばされてしまった。

 てか力すげえな。

 あの小さな体から出たとは思えない力で、俺は空中に飛ばされてしまった。

 この出来事を俺はあまり呑み込めていない。これをすぐに理解できた奴は、もう神だ。神とたたえよう。

 てかこのまま落下したら火の海に突っ込むんですけど、これどうすればいいですか。誰か答えてください。

 

「グォォォォォォォォォォォォ―――――ッ」


 頭が天井に衝突しそうになった時、後ろから大きな咆哮が聞こえる。

 これはこいつだと断言できる。絶対にケルベロスだ。

 俺は落下に入らない体を無理矢理止めて、後ろを振り返る。


「ケルベロス!? まさか!」


 そこにはケルベロスが翼を生やし、飛んでいる姿があった。

 ケルベロスは地獄の門番。地下深くにあると言われる地獄への扉を守る魔獣だ。

 だから、飛ぶという意味が無い方向に進化するはずがない。

 だがそこには翼をはやして飛んでいる姿がある。

 考えられることはただ一つ。


―――突然変異


 それのみだ。

 それをこなした生物で有名なのは、リザードマンだろう。

 竜と人間の戦争の時、竜が負けてしまうというときに、一斉に突然変異したそうだ。

 そこで生き残ったリザードマンが、その一族を作り出したそうだ。

 今注目する必要があるのは、負けてしまう、それだ。

 ピンチになったら突然変異するのなら、今のケルベロスもそうだ。

 オーバーヒートを起こして、わざと自分を追い込んだ。

 本当に頭がいい生物だ。

 カルネはこいつの元へ行かせるために俺を投げたんだ。


「おもしれえ」

 

 そう言った直後、ケルベロスが噛みついてきた。

 

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