第6話 魔獣ケルベロス戦 2


 何もない部屋に無音の時が続いていた。

 緊張感は最大まで高まり、ケルベロスの殺気がそれをもっと高める。

 その時俺は気が付いてしまった。

―――後ろが壁だと

 それにいつの間にか大剣が消えていた。どこいったのだろうか。

 でもそんなことどうでもいい。大事なのはここまで連れてきたのが計算されたものかそうなのかってことだ。そうなんだとしたら、まんまとケルベロスの策略にはまってしまったってことになる。後ろには避けられないとすれば、横に避けるしかない。でも無理だ。ブレスを放っても、右頭と左頭が攻撃してくるだろう。後ろに避けられるとしたら、右頭、中頭、左頭、すべての攻撃が見える。

 でもこんなピンチの状態でも、俺は前を見ながら構える。そして腰を締める。

 完全に避ける体勢ではないのだが、構えた。

 じゃあ何をするか。――――跳躍だ。

 前、右、後、左、全部避けられないのなら上に避けろ。

 空間が広いので、ケルベロスを跳び越す高さの天井はある。

 でも食らって死ぬかもしれない。ブレスを下から上に放つかもしれないからだ。

 しかも着地に失敗したら、スキが生まれてかみ殺される。危険な事には変わらないってことだ。

 だが、生きる可能性がある限りそれに賭けるのが絶対だろう。




 俺は心が躍っていた。

 追い込まれるほど滾って来るものがある。

 たぶんもう負け戦闘とか言ってられない。絶対にここから抜け出さないといけない。

 ならケルベロスを倒せばいいはずだ。個人的見解だが。

 中頭の動きが止まった。

 口元がこちらに浮いている。

 タイミングが大事だ。

 時が止まっているように感じるほど、緊張感が高まっている。

 息を整え、まっすぐな目でケルベロスの中頭に目を凝らす。

 何かの合図が無いと避けられないから、ちょっとの動きを見逃すことが命取りとなる。

 足を踏ん張って、跳躍準備はもうできた。


―――スゥウウウウウウウウウウウウウウウゥ


 ケルベロスは大きく息を吸った。俺はその吸い込みに体が持ってかれないよう、もっと足を踏ん張る。

 真っ赤に静かに光る口元が今解き放たれた。

 異常な勢いを持った赤い光線がこちらに向かってくる。

 静かだった空間に、床、空気、そして俺の服、すべてが燃え盛って焦げていく音が無音空間に響き渡る。

 上半身の制服は見るも無残な状態となってしまった。




 そのブレスの威力は思った物より比べ物にならないものだった。

 そこにそのブレスがあるだけで人間は耐えられなくなってしまう熱さだった。

 の人間ならもう怖気図いてそのまま死を認めてしまうだろう。

 だが!!!! 俺はそんなことしない!!!! 体が燃え盛るほど痛くとも―――絶対に生きて帰れないと頭が思ってしまおうとも―――俺はあきらめない!!!

 それが俺なのだ。

 俺は異常な痛みを感じている足を、限界まで苦しめて足を踏ん張る。

 異常な速さで近づいてきている極限高熱ブレスは、下から上へと動いていて、一番危険だ。

 触れなくても滅茶苦茶熱いブレスを放っているケルベロスについては、どういう原理か分からないが微動だにしない。ダメージが無いんだ。




 5メートル




 4メートル




 3メートル




 2メートル




 今だ!




 俺は激痛が走っている足で、地を蹴り上げる。

 俺はケルベロスを超えられる高さに跳躍することに成功した。

 だがブレスを完全に避け切ったわけじゃない。

 熱風を振り避けながら、俺はどんどん高さを上げていく。

 どんどんブレスは近づいてくる。

 不安定にブラついている自分の足を、一定の動きに納める。

 斜め下を見ると、ケルベロスが微笑んでいるように見えた。

 その瞬間―――

 右頭、左頭、が高熱ブレスを放ってきたんだ。

 ピンチと思ったが、そこまでピンチじゃない。ケルベロスは極限高熱ブレスを放っているせいで、喉が焼けるほど熱いはずだ。

 この技は最強ではない。

 だから高熱ブレスは放てず、少し小さめの火球だった。

 でも油断は禁物だ。

 火球でも当たれば死ぬ。小さくとも大きくとも魔獣の一撃は死ぬ威力だ。

 でもケルベロスは頭がいい。単純な事は絶対にしない。

 火球を当てようとしていないんだよ。当てるんじゃなくて、惑わすためのだ。

 極限高熱ブレスが当たる可能性を増やす道具だ。

 全身が燃えるように熱いが、耐えなければもう勝てない。

 すべての攻撃を切り抜け、落下の準備に入る。

 足で全身を受け止めちゃ骨が折れる。絶対に生きては帰れなくなる。

 焦らず、冷静という完璧な状態で落下を始める。

 足になるべく着地時の負担を少なくするために、体の力を抜く。

 そしたら――――――

 極限高熱ブレスのこちらに向かってくるスピードが急に上がったのだ。

 ここまで来て死がもっと近づいてきたんだ。

 ラストスパート

 ちょっとだけ後ろに振り返ると、目の前まで極限高熱ブレスが迫ってきていた。

 あと5秒もあればここまでくる距離だ。

 俺がブレスの攻撃範囲から逃れるには後7秒弱ってところだ。

 ブレスは着々と近づいてくる。待ってはくれない。

 俺は完全防御の構えに身を映す。もう食らうしかないと決心した俺は完全防御の構えを構えた。

 でもブレスを防御するわけではない。

 [カウンター]とは違う――――食らう前にブレスをやめさせるのが先決というわけだ。

 その方法? 昔フィーナに聞いたこういう言葉がある。「ケルベロスにパン切れを与える」的な奴だ。

 ケルベロスの弱点。

 好きなものがあるとそっちに集中してしまうんだ。

 俺の戦闘経験からすると、魔獣のほとんどは血を欲するものだ。

 これで分かったはずだ。血をケルベロスの口元に落とすんだ。そうすればブレスをやめてくれる。




 でも血が届く前にブレスを食らってしまう。

 ならどうするか―――目に見えれば地に集中してくれる。

 だから指を歯で切ったら、目線上に血を投げる。それが勝つ方法だ。

 俺は八重歯に人差し指を押し付け、思いっきり前に動かす。

 血がちょろちょろと出てきた人差し指を、振り下ろす。


―――――――――――――――――――――


 0点0秒単位でしっかりとブレスが見えるほどまで追い込まれている。

 な、の、に、指を振り下ろすスピードはそのままだった。血が落ちるスピードが異常に早いのだ。

 ブレスが迫ってきている中、俺は緊張していた。失敗は死を意味し、成功は生を意味する。そんな状況でも、俺は楽しんでいた。

 森で狩りをやって来たものとして、強いものと戦えることは楽しい事だ。

 森で生きてきたものとして、強いものと戦えるのは人生のめもりーとなる。


――めもりーの意味は良く分からないが、カッコいいから使った。こういう時に使うと知っている。


 俺の感覚では10秒経った。

 たぶん1秒ぐらいだろう。あと20秒ぐらいで俺に当たるだろう。

 下を見ることは絶対にしない。死なないと思ってしまうとそれは自分の弱さにつながってしまう。

 それはやはり死を意味する。

 戦いとは命の駆け引きだ。だったらその駆け引きに勝つしかない。


 その瞬間は、意外と早めに来てしまった―――

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