第3話 魔法適正率


 俺は隣に女の先生いる状況で歩いていた。 

 生徒とは違う服を着ており、短いスカートに魔術師らしくないコート。本は二冊持っていた。俺に投げてきた本は魔導書と言われる本で、片方は自分が担任を務めている教室の生徒ののプロフィールだそうだ。その言葉の本意に俺は気づかない。

 周りからは、「エル先生可愛いなぁ」とか、「何であいつとエル先生が!?」とか聞こえてくるが、俺は無視をした。てか喋るなら部屋から出て来いよ。

 先ほどからずっと歩いていた。凛々しくも儚げなその姿に、俺はスゥーッと心を惹かれた。でもその理由は分からなかった。


 ずっと沈黙が続いていた。俺はそこまで気にしなかったが、エル先生は気にしているようだ。


「ね、ねえ。テスタ君さあ、悩みとかないの?」


 俺は、その言葉待ってましたと言わんばかりの勢いで喋りだす。

 人気の無い廊下を二人で歩いていることに、俺はともかく、先生までも気にしていないことを、部屋から覗いているどもはこう思った。

―――エル先生、可愛い―――と…………。その意図は本人たちしか分からないし、その思いは絶対に俺たちに届かなかった。

 俺と先生だけの声が響く廊下に、俺の声が轟く。


「ありますよ! 友達が―――」


 そう言って俺が悩んでいる、友達についてを話した。

 ちょっと自分で話していてウルっときたが、自分の今には必要ないと思いやめた―――が、それに追い打ちをかけてくるように、エル先生は真剣に聞いてくれた。

 やっぱり先生なんだなと思えた。優しく聞いてくれていたが、ちょっとうぶな所もあった。子供の悩みの対処は手馴れていたが、世間一般的な所は全く分からずってことだ。俺の方が何にも知らないのだが。


「そっかぁ。でも、また今度その話は聞いてあげるね。」

「え………?」


 そう言われて立っていたのは、大きな扉の前だった。

 そうして先生のいた方向を見ると、手を振って「またね」と言って去って行っているところだった。

 一人取り残された俺は、目の前に在った扉を叩こうとしたら――


「学園長、あいつの魔法適正は…………!」


 そんな声が聞こえてきた。

 トーンが低くも、透き通った声だった。絶対に男だ。

 自分でも分かった。この場合部屋には入らない方がいいと。


(やっぱり俺は………)


 そう言って扉のすぐ隣に腰を下ろす。何人踏んだか分からない床に、俺はお尻を置いた。

 

「たったの2ですよ! そんな奴入れたら―――」


 俺はたったの2という言葉に耳を立てた。

 魔法適正とは、魔法の所持数限度、魔法の威力。魔力の量などから、魔法使いに向いているかを示す数値の事だ。

 一般人の平均値は5とされている。5という少なさでは、魔法使いを目指すのは無謀な事だった。


「私が見込んだ男なのだ――気にする出ない―――」


 その声は、静かで落ち着いた声だった。だが、扉越しで聞いていても、力強く体が痺れる声だった。

 一度だけ聞いたことがある声だ。この学園の学園長、ソーナ・エルヴェンド。一回だけ森に来た女だ。俺と武術でなら互角で戦える数少ない人間だ。武術だけで互角なら、魔法を使われたらボコボコにされるだろう。

 フィーナの昔馴染みだそうで、人間とエルフのハーフだそうだ。

 だそうだというのは、見たままじゃ人間にしか見えない。


「ですが………」

「この世界は魔法だけじゃないという証明になる男だからな―――それに………」


 学園長は口を噤んだ。

 そして、男の方も気付いたようだ。


「何者だ!」


 聞いていたのがばれたようだ。

 俺はその場で逃げようとは思わなかった。逃げたって捕まるし。

 ドアが大きな音を張り上げて開いた。

 出てきた男と目が合った。

 金髪に長髪の男だった。キリッとしている双眸。他の生徒とは違う制服。

 目がパチパチするほど輝かしい光が見える。


「お前は………テスタ・ディヴァインか?」

「あ、ああ。そうだけど。」


 とても鋭い目で睨んでくる。さすがにさっきの俺よりひどい。それに俺は気づいていない。

 そうして、何も言わずに中に入っていった。手招きも何もせず、ただ、ドアを開けっぱなしにして入っていった。

 俺は入っていいと思い入っていった。


 入ると、中には大きな椅子に偉そうに座っている学園長の姿があった。―――本当に偉いのだが。

 その隣に立っているのは……眼鏡をかけて、早くしろと言いたげなエル先生と同じ格好をしている女の人だった。

 そして男が立っていた。


「久しぶりだね、テスタ……」


 その抑制されている声は、なぜか恐怖を感じる声だった。

 見た目は若いが、たしか100歳前後だと思う。エルフは長寿の種族として有名だ。

 男に睨まれながら、学園長の前まで行った。


「久しぶり」

「それじゃあクラウドは下がってくれ。あとキーラも、二人で話したいんだ。」

「了解しました。」


 そう言って、キーラと言われていた女の人は、そそくさと部屋を出て行った。

 だがクラウドは納得できないらしく、部屋から退室しなかった。

 俺を凄い目で睨みつけて、そして学園長の方へ向く。

 学園長は不敵な笑みを浮かべ、俺の方を見ていた。


「納得いきません!」

「私は同じことを二回言わないぞ?」

「ですが………」


 クラウドは口を詰まらせ、何故か俺を睨む。俺は知っている。このことをとばっちりということを。

 俺は話が終わるまで静かにしていた。

 睨んでくる目を見ようとすると、クラウドは目を逸らす。

 チョーうぜー。


「こんな輩を学園長と一緒に居させたら、何をされるか………」

「102の婆に手を出す奴がいちゃ世も末だね。」


 不敵な笑みを浮かべて言っている。

 102の婆さんだとしても、見た目はエル先生ぐらいの若さだ。

 てか何をされるんだ? 学園長は。


「ですが………」

「私にもう一回同じことを言わせるのか?」


 もうその言葉は脅迫の意が込められていた。でも俺は気づかず普通に流す。

 ぴくっとクラウドの肩が震えた。それほど怖いのだろう。


「では、私も―――」

「クラウド・ソーサール」


 抑制されている声だが、まともな人間が聞いたらその場にへたり込んでしまうだろう。

 とても力強い声に怖気づいたのか、俺を睨んで退室していった。何も言わず、最後まで納得いかなかったようだ。

 俺はもっと学園長に近づいた。


「学園長、俺は何でここにいるんだ?」

「何でって、君魔法使えないでしょ?」


 俺はその言葉の意味をすぐ理解した。

 魔法が使えない理由――それは


「魔法適正率が〈2〉だから?」

「ああそうだな。それに君に魔法は向いていない。」


 俺は拳に力を込めた。自分の弱さが悔しかった。10年近く前、親に捨てられてから教育を受けず、自然でどう生きるかだけを、フィーナに教えてもらった。

 魔法はどう頑張っても学歴というものが必要なようだ。物理的ではなく、結果的なものだ。勉学に励んでこその魔法だ。10年ろくな勉強をしてこなかった俺に魔法は無理だと言っているんだ。


「魔法が使えなくたっていいさ。勉強するから。」

「でも君は幸運だよ。人間離れした身体能力があるんだから。」

「どういうこと?」

「力があるものは生きていける。君はここで絶対に成長するはずだ。」


 今度は不敵な笑みではなく、普通に笑っていた。

 でもそれはいい意味と受け取れなかった。魔法が使えないことに変わりはないからだ。

 魔法と友達を求めてきたのに、失敗ばかりやっている俺を悔んだ。


「そう、じゃあ今から俺はどこに行けばいい?」

「じゃあ後ろにいる人に、プロブレムまで連れて行ってもらえ。」


 そう言って後ろを振り向くと、クラウドが立っていた。

 その言葉を聞いたクラウドは、今日一番のものすごい目を持って睨んできた。その目に俺はぴくっとして、少しだけ腰を引いた。



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