第2話 自己不満

「友達………て。今あったばかりなのに友達とか……さあ、おかしいと思わないの?」


 俺には全く理解が出来ない言葉だった。あったばかりじゃ友達じゃないのか、と納得することはできなかった。

 その男が言った言葉に惑わされて、ルナが友達か友達じゃないのか分からなくなっていた。よーく考えたら、俺が友達だと思っていても、ルナがそう感じるかは分からない。もしかしたら、友達だと思っているのは俺だけかもしれない・・・・・。

 絶望した。―――絶望の意味を今理解した。フィーナは絶望したことが無いと、自分から言っていた。確かにフィーナは俺と一緒にいると、ずっと楽しそうだった。

 望みが絶えるということは、こういうことなのだと理解した。

 簡単に友達ができると思っていた俺が馬鹿だった。本当は友達などできるはずがないのだった。

―――俺は一つの言葉でここまで追い込まれるほどの精神年齢なのだった。

 俺は床に座り込み絶望した。わざとらしかったが泣きそうになった。精神年齢3歳に、友達が出来ないという言葉の重みは耐えきれなかった。←友達が出来ないとは誰も言っていない。


「――そうだったのか。これが……こ……れが………伝説の……」


 俺がボヤいていると、ウィルが心配してなのか、面白がっているのか、反論してくれた。


「フロウさあ……ちょっと言い過ぎなんじゃないの? そんなにルナが他の男と喋ってんのが羨ましいの?」


 この言葉に、フロウと呼ばれている男とルナが困惑した。この言い方だとフロウがテスタに嫉妬している言い方だった。―――ちなみに俺は嫉妬の意味を知らない。

 困惑しているフロウは、困惑したまま言い返す。


「ち、ちげえし。そんなんじゃねえし。だってルナのその……胸を見られていて嫌がってたから、止めただけだし………。」


 俺にはその言葉が耳に入ってこなかった。

 わざとらしすぎる言葉にウィルはフロウの本心に気付いたが、鈍感なルナには一切理解できない。


「あんたらも見てんじゃないの? ルナの胸を。いやらしい目でまじまじと。」

「見てねえし。見る訳ねえし。こんなやつと一緒にすん無し。本当に見てねえし。」


 否定される言葉だけが俺の耳に入ってきていた。

 俺は学園長室に行かないといけないのを思い出し、それを口実に逃げ出すことにした。――ルナは友達じゃないと言っていないのに気付かず、ルナ本人に友達かどうかを聞くのを忘れたまま、逃げ出すことになってしまった。


「俺学園長室ってとこに行かねえといけねえから……じゃあな。」


 そう無理矢理作った笑顔で言った。ここにいる4人が全員それに気付いていたが、どこかに行ってしまうのを止める者はいなかった。今止めてしまったら、もっと傷つけるかもしれないから。

 俺はそのまま去っていった。何も言わず、ひっそりと。


「フロウ。男は結構もろいもんだぜ……。」

「黙っとけジェイド……ああいう奴は信用できない……。」


 そう言って、ジェイドとフロウの二人組も、どこかに消えていった。

 後姿は男としてとても弱々しかった。


「ああどうしよう。テスタ君私の事嫌っちゃったのかな……。」

「好きだからああいう態度をとっているだけだよ……。」


 そう言ってシリアスムードのままそこに誰もいなくなった。



 俺はどこか知らない場所を、無我夢中に歩いていた。

 初めて意地を張った俺に、優しく声を掛けてくれる人はいなかった。ずっと二人だった俺に、一人の空間にいることは耐えられなかった。

 だからまた目つきが悪くなってしまい、避けられていた。――でも今は気にしなかった。

 学園長室に行かないといけないのは本当の事だが、学園長室の場所を俺は知らない。あそこで仁王立ちをしていたのも、フィーナとはぐれて迷っていたからだ。

 だから無我夢中で歩いていた。

 学園は二人だった俺を一人にする場所だったのかもしれない。――だが後悔はしない。後悔は自分が間違っていたと認めたことになってしまうから。

 一度も階段を下りていないため、さっきから同じ階を歩いているのだろう。なのにさっきの場所には一切着かなかった。それほど広いのだろう。

 曲がって曲がって歩いて歩いてを、ずっと繰り返している目つきの悪い奴に、声を掛ける奴などいないだろう。

 みんな避けていって、とうとう廊下に人がいなくなった。教室にでも入ったのだろう。


(友達欲しさでくる場所じゃねえな……。)


 人と話してこなかった12年間。その時間を取り戻せるほどここは甘く無かった。いや、学園が甘く無いんじゃなくて、自分が甘かっただけだ。


 深く考え込んでいると、前から本を読んでいる女が来た。俺もその人も気付かない。

 どんどん近づいて行って、どちらも気付かないままぶつかってしまった。

 俺はそのまま後ろに倒れて頭をぶった。俺じゃなかったら気絶もんだ。前の女の人は、本を後ろに投げて、そこに転げ込んでしまった。俺の角度からだと、白いパンツが見える。だがそういう知識が全くない俺にとっては、単に見えているってだけだった。ただの布だ。どうも思わない。だからプライバシーなど皆無だ。


「あの大丈夫ですか。あとパンツ・・・見えてます。白って俺あんま好きじゃないんですよね。」


 そう言って立ち上がり、やさしく手を伸ばす。性的な表現を俺は使ったつもりはない。――てか性的表現を知らない。そういうのに疎いとかの問題じゃない。知らない。

 しかも結構大きな声で言ったので―――と言っても周りに人はいなかった。


「あ…あっ……あなたの好みは聞いてません!」


 そう叫んで、左のわきに抱えていた結構な厚みの本を投げてきた。

 このまま来たら絶対に頭を強打していただろう。しかも重そうで、当たったら頭に障害が残りそうだ。勢い、重さ、回転力、すべてが重なって木槌ぐらいの威力になっている。

 だがそれを俺は手で受け止めた。瞬時に手を動かして取った。森では寝ている間にドラゴンに襲撃される事とか多くて、熟睡してても攻撃を避けられるほどの反射神経を持っていないと森では生きていけない。―――だから、気付かぬうちに本が手にあった。


「これ、どうぞ」


 そう言って手に持っていた本を女の人に渡した。パンツはずっと見えている。

 平然としている俺にびっくりしているようで、本を取るのがちょっと遅れた。

 しかも何で投げたか俺は分からず、聞いてしまった。


「何で投げたんですか? あれ食らったら確実に気絶してしまいますよ?」

「な……何でって………パ……ンツ……見られたから……。」


 そう言ってもじもじして、顔を赤らめる。

 てかいい加減に立てよ。ずっとパンツ見えてんの気付いていないのか。

 俺は知っているぞ。こいつは痴女だ。絶対に痴女だ。

 俺は知った言葉を早く言いたくなる性格だ。フィーナは竜族。とても頭が良くて、自分と俺の全部を理解していたので、痴女みたいなことは絶対にしなかった。だから痴女とは言えなかった。


「お前、痴女か?」


 そう言ったらもっと顔を赤らめる。

 赤らめるということは、自分が痴女と言われた理由が良く分かっていない証拠だ。でも俺はそんなことに気付かない。恥ずかしがっている訳ではなく、怒っているからということも気付かない。本当に人に関心が無かったと思う。


「ち、違います!」

「だってパンツ見えてるぞ。そんなに見てほしいのなら……………」

「違います!」


 大慌てで立ち上がる。

 言いたいことをすぐに言ってしまう癖は悪い事を巻き起こす時もあるし、良い事もある。今のパンツのことは嫌な事だとしても、今から起こることは違う。


「でも嫌なのは色だけですよ?」

「え………?」


 この言葉にはいろんな解釈の仕方があった。

 一つ目はあなたが嫌いとは言っていない。

 二つ目はあなたが穿いているパンツは嫌いじゃない。

 三つ目はパンツ自体は嫌いじゃない。

 この人はどう解釈したかは本人しか分からない。


「ま、まあいいです。それより大丈夫ですか?」


 この人は俺の言ったことを忘れて、俺の心配をしてくれた。

 そう感じたら、心のもやもやが晴れた気がした。俺も人にこう接したら友達が増えるのだろうか。


「あ、大丈夫です。それより……」

「私は大丈夫ですよ。それじゃ。」


 そう言って後ろを振り返った。俺はそのまま背中を見て見送ろうとした。――が、俺は止めた。

 前に進もうとしているのを、右手を伸ばして止めた。

 口実ははっきりしていた。

 

「すいません! ちょっと学園長室まで連れてってくれませんか?」

「え………? いいですけど………。」


 正直こちらに振り返った時その姿に見惚れてしまった。

 赤い髪にルナぐらいの大きな胸。でも、好きという感情は生まれなかった。

――だって知らないのだから


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