第30話 春人 世界を浄化する 第二部完

 オーガが機能を停止し、中央地下シェルターより火柱が上がる。

 爆発音と揺れにより、シキガミ達は大混乱であった。


「どうした! なにがあった!」


『地下シェルターより大規模な爆発を確認。付近のシキガミは、至急退避してください』


 地下シェルターのあった場所には大穴が空いており、そこから覗く白い何か。


「おいおいなんか出てきたぞ」


 それは巨大な機械仕掛けのドラゴンであった。

 西洋の翼を持った竜。白い鋼鉄のボディと赤く光る目。

 四枚の翼が暴風を巻き起こす。


「なんだよあれ……どうやって勝てってんだ?」


『私は楽園の管理者。ユウキ・ハルトの討伐。および楽園の浄化を開始する』


「あの声……グレース!?」


「あの竜に乗ってんのか!」


「浄化開始」


 遙か上空より、楽園を埋め尽くすほどの炎を吐き出す。

 あたれば新装備のシキガミであっても、為す術なく消えるであろう。


「いくよアルファ」


「今回はオメガに合わせる」


 アルファの花とオメガの光で、楽園を守る盾を作り出す。


「この力……神の力が混ざっているの?」


「小賢しい真似をしてくれるねえ」


「おいおい大丈夫か?」


「女神二人だ。問題ないよ」


「ただ、ここから動けない。みんなが死んじゃう」


 炎を受け止め続ける二人。竜はさらに炎を強めていく。


『どうか、この世界に平和を』


 竜からグレースの声がする。それを開始に合図にするかのように、全モニターにグレースが映し出される。


『私はとうとうこの世界を平和にはできなかった。楽園を作り、シキガミに協力してきたが、オーガ根絶には至らなかった。不甲斐ない私を許して欲しい。病魔に蝕まれ、平和をもたらす前に死ぬ私を許して欲しい』


「病魔? どういうことだこれ?」


『オーガの攻撃にも耐えられるシェルター計画と、オーガの巣の場所を記したデータを残す。シェルターにはエネルギー貯蔵庫と、新兵器の開発が可能な場所を確保する』


 画面内で話すグレースは、穏やかな顔でこの世界を憂いている。

 いつもの演説で見せる無表情とは、かけ離れたものであった。


『私の願いをこの装置に託す。私の意識を人工知能に移しておいた。どうか後世の人間が、この力で世界に平和をもたらしてくれることを願う』


 そこからまた機械のように感情のない声に戻る。


『世界の平和のため、再生と破壊をもって全生物を浄化し、新生物を作り出す。オーガは試作品にして、生物の浄化装置』


「浄化って皆殺しのことかよ!?」


『人類に進化の可能性を確認。人とは別の種族へと進化し、オーガを駆逐した暁には、次の世界を生きる権利ありとみなし、進化後の人類だけを生かす』


「勝手な言い分だねえ。まるで神のようだよ」


『私は管理者。人を超え、神を超え、この世界に真の平和をもたらすため、人類を浄化するもの』


 炎を止め、更に天へと羽ばたき翼を広げる。

 翼は日光を吸収し、自身のエネルギーを高めていく。


「際限なくパワーアップするタイプみたい」


『人を裁こう。人を超えた私が。新たなる時代のために』


 竜の翼が一枚、大穴を開けて抉り取られる。

 絶大な威力をもった一撃の出処には、パジャマ姿の男が一人。


「人をやめることは簡単だ。誰でも強くなれる。だが、人のまま強くなったものに勝つことはできない。人の身を捨てた時点で、人の心も捨ててしまうからだ」


「春人様!」


「春人くん!」


「待たせたな」


 竜と同じ場所に、春人もまた浮いていた。

 地下の爆発程度では、春人に傷をつけることなどできない。


「ユウキ! そいつを頼む!」


「いいだろう。やはり主役が締めなければ格好がつかん」


『ユウキ・ハルト。この世界最大のイレギュラー』


「違う。全世界の救世主だ」


 翼をもがれたというのに、すぐさま持ち直して春人に炎を吹く。


「無駄だ。無職童貞流、空調奥義――――快適時空」


 春人に辿り着く前に炎は消える。

 跡形もなく消える続け、空間には涼しさすら漂っていた。


『空間の歪みを確認。原因不明』


 快適時空。それは常日頃からエアコンとともにあるニートならではの奥義。

 夏場のクーラーは、PCの熱で温まった室内のためにも必須。

 ならば電源などに頼っている場合ではない。己の力で空調を超える快適さを生み出そうとした結果、強制的に周囲の温度を変更し、望む空間へと至る。

 電気が使えなくなっても怠惰な生活をおくるための、ニート必須の奥義である。


『世界を平和に。進化した人類に救いを』


「それは救いではない。それは新たな進化でもない。浄化ではなく、本物の救いが必要だ」


『ユウキ・ハルトの浄化を続行』


 全身を炎に包み、春人へ全速力で突進する。


「人の生きる道は人が決める。それが破滅であろうが、その破滅の中から希望を失わぬものが生まれ続ける。それが人だ」


 炎の竜を左手で受け止め、空いた右手に全霊の力を込める。


「お前も救ってやろう。俺という太陽が、この世界をあまねく照らす」


 春人の持つ奥義の中で、最も優しく美しい技。


「無職童貞流、究極救済奥義――――桜花天源おうかてんげん!!」


 光り輝く右腕が、龍の顔を砕き、腹を貫く。

 そこで竜の動きは止まり、三十メートルを超える巨体がゆっくりと光りに包まれる。


『ありがとう』


「礼には及ばん。ただ俺の威光を示しただけだ」


『どうか、人類が平和に暮らせるように。ずっと平和でありますように』


 グレースの声は穏やかであった。

 そして光は綺麗な桜の花びらとなって、世界中に広がっていく。


「さらばだ、グレース。あとはあいつらに任せるといい」


 下で手を振るアクセル達を見つけ、ゆっくりと下降する。

 その間にも、花びらが舞い降りた場所は再生していた。


「春人様ー!」


「ユウキー! やったなー!」


 桜花天源。それは究極の存在である春人によってもたらされる救済。

 相手の力と自分の力の全てをぶつけ、桜の花びらを作り出す。

 その花びらは、人か物かを問わず、全てをあるべき姿に戻していく。

 壊れた楽園が、不毛の大地が、遙か昔に廃墟となった世界が、美しい姿を取り戻す。


「お疲れ様、春人くん。今回も極上のかっこよさだったよ」


「当然だ。なんせ俺だからな」


「楽園が……戻っている? いや、これは……」


「本当の楽園はこの星全てだ。この世界そのものが、人に……いや、生物にとって楽園だ。だから戻してやった。俺とグレースの生命力でな」


 今いる楽園は混乱を避けるため、ただ綺麗にしただけ。

 楽園の外には、本当の楽園が待っている。緑あふれる豊かな場所が。


「そんなことが……できるものなの?」


「できるよ。春人様は凄いから」


「そうだな、ユウキは凄いもんな!」


『全世界のオーガが機能停止。花びらによって消滅しました。さらに自然が、オーガの出現前に戻っています! 世界は……救われました!』


 この日、世界は変わった。戻るのではない。これが新たな始まりである。




 楽園では全員参加の盛大な祝勝会が開かれていた。

 オーガに怯える必要のない世界。人々が待ち望んだ世界がやって来たのだ。


「ありがとうございました。ユウキさん。アルファさん。オメガさん。三人はこの世界の恩人です」


 シーラとシキガミ、楽園住人の中で、春人達は囲まれていた。

 世界を救った英雄を一目見ようと集まっていたのである。


「こちらも楽しめたよ。またピザも食べられたしね」


 しっかりとマスターのピザを食べ続けているオメガ。

 よほどお気に入りなのだろう。


「アルファも楽しかったよ」


 ミリアとルナの横でお茶を飲むアルファ。

 どうやら仲良くなっていたらしい。


「これからは俺達がいなくとも、平和を守っていく必要がある」


「任せな! シンもいる。みんなもいる!」


 アクセルと話す春人の顔に笑顔がある。

 世界などいつも救っている。しかし、やはり救った瞬間と、そこに並ぶ笑顔を見るのは達成感があるのだ。


「私達は本当の平和を、誰もがオーガのような怪物と戦わずに生きていける、そんな世界を作ってみせます!」


「ならば俺達がこの世界に関わるのはここまでだ」


 次元の裂け目を作り、自宅へと変える準備を始める。


「もう行っちまうのかよ!」


「美味い飯も食った。祝勝会にも出た。人々の笑顔も見た。全て達成だ」


「名残惜しいけれど、次の世界が私達を待っているのさ」


 永遠にこの世界にとどまるわけにはいかない。まだ救済の必要な世界はあるのだ。


「ハンドベルは渡しただろう? どうしても世界が滅びそうならば呼べ」


「そうしたら、またアルファ達は会いに来るよ」


「またね、アルファちゃん。ユウキさんと仲良くね」


「ほら、とりあえず全種類焼いてきたぜ。もってけ嬢ちゃん」


「おおおおぉぉぉ……いいねいいね! 特別に君達が幸せであるように祈ってあげるよ! ナイスマスター! 祝福を与える!」


 ピザの箱を山ほど抱えて上機嫌なオメガが加護を与える。

 全員の幸運がちょっと上がる。目に見えなくとも、オメガなりの祝福であった。


「アルファの祝福もあげる。みんな、元気でね」


 楽園の全員に活力と、ほんの少しの勇気を与える。

 アルファもこの世界で過ごした日々が気に入っていた。


「さらばだ。機会があればまた会おう」


「ユウキ!」


 集団から離れ、裂け目へと入ろうとする春人。

 そこへアクセルが一歩踏み出し、春人に向けて斬撃を飛ばす。

 それに向けて、春人も同じ力を飛ばし、相殺する。


「絶刀次元断、見よう見まね!」


「ふむ、特訓してやったかいがあったな。今の感覚を忘れるな」


 空いた時間を利用し、無職童貞流の一端を教えていた。

 アクセルはシンの力もあり、戦士として覚醒している。

 このまま童貞でいれば強くなると見込んで、技を伝授したのであった。


「おう! ありがとうユウキ! いや師匠!」


「師匠か、悪くない響きだ」


「全員敬礼!!」


「ありがとうございました!!」


 こうして別れを告げ、春人は自宅へと帰った。


「さーってピザは冷蔵庫に入れておこうねえ」


「春人様、ミリア達は大丈夫かな?」


「ああ、もうあの世界は大丈夫だ。平和を望むものがいて、そのために戦う戦士がいる。あの世界は平和に続くさ」


 世界の結末に、新たな始まりに、春人は満足していた。


「さて、次はどんな世界で遊ぶかな」


 まだ見ぬ世界に思いを馳せる。

 救いを求める世界がある限り、面白そうな世界が存在する限り、春人達の冒険は終わらない。

 三人の旅は永遠に続く。


 第二部完!

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