第29話 春人 楽園の管理者と会う

 シーラの報告より十分ほど前。楽園に大量のオーガが襲撃をかける。

 堅牢な楽園とその外壁は、オーガの襲撃に耐えていた。

 しかし、なぜか楽園内にオーガが出現。住民を襲い始める。


「落ち着いて! 落ち着いて避難してください!」


「くそっ、こいつらどっから湧いてきやがった!!」


 シキガミ全員が対応に追われていた。

 新装備の訓練もそこそこに、実践へと投入された兵器。

 その性能もあってか、五分の戦いを繰り広げている。


「まずは避難だ。お前ら気張れ! 今が命の張りどころだ!!」


「おうよ!!」


「やってやりまさあ!!」


 シキガミ隊員の声が響く。神を宿していないとはいえ、戦士として生き残った彼らの力は楽園の守護に役立っていた。


『全区域に告ぐ。人命を最優先。全シキガミは例の避難区域へ誘導せよ』


 シーラの声がスピーカーから流れる。

 その少々曖昧な放送に、隊員の数名は首を傾げていた。


「なんですこの放送? シ-ラさんですよね?」


「避難区域が変わっただろ? そっちに誘導しろってことだよ」


「前の避難場所って中央の地下シェルターですよね?」


「そっちには行くなとよ。シーラの嬢ちゃんのことだ、なんかすげえ作戦でもあるのさ」


 会話しながらも隊員達の銃を撃つ手は止まらない。

 正確に犬型オーガを撃ち抜いていく。


「てめえら無事か!」


 銃を構え、自分の店から客を避難させていた、ピザ屋のマスターが加勢する。


「おいおい足は大丈夫なのか?」


「店で縮こまっていたって死ぬだけさ。この橋の先が避難場所だな?」


「ああ、さっさとそいつら連れて行きな」


 市街区画と避難区画を繋ぐ巨大な橋。頑丈に作られたそこは、オーガを寄せ付けまいと、シキガミがバリケードを作っていた。


「一般市民はお前らで連れて行け。人手は多い方がいいだろ?」


「でもよ……」


「お、おいあれ……」


 隊員の一人が指差す先には、巨大な牛型オーガが助走をつけているところであった。


「やべえ!? 無理矢理突っ込んでくる気だ!!」


「撃て撃て! 絶対に寄せ付けるな!」


 装甲を強化されたオーガは、銃撃で体が欠けようとも、気にもとめずただ走る。


「削りきれねえ!? 駄目だ……間に合わ……」


「さあああせるかあああぁぁぁ!!」


 声を張り上げ、音を置き去りにし、牛型オーガを横から両断する影。

 爆煙の中から、炎を纏った剣を持つ男が現れる。


「悪い! 遅れた!」


「アクセル! お前オーガの本拠地に行ってんじゃ……」


「ユウキに送ってもらった!」


「あのパジャマ野郎か……なんでもありだなあいつ」


 アクセルの姿を確認し、民家の屋根より唸り声を上げるライオン型オーガの群れ。

 大きさは普通のライオンサイズだが、それでも人類には脅威だ。

 そして数も多い。背筋の凍るような光景である。


「まだ避難は終わってないんだよな?」


「ああ、だから意地でも橋を守る」


「わかりやすくていいぜ! 飛ばすぜシン!」


『ああ、全てを滅する刃となろう!』


「アクセルを援護だ! 撃てええぇぇ!」


 戦況はアクセルによって変わった。だがそれでも橋から離れすぎてはいけない。

 その制約が戦いを困難なものにする。


「斬っても斬っても減らねえぞ!」


『アクセル! 上だ!』


 上には巨大なコンドル型オーガが翼を広げていた。

 アクセル達を睨みつけ、避難しようとする人々を抹殺するため、口から火炎を吐き出す。


「やべえ!? 間に合え!!」


 炎に真正面から対峙し、シンの力を加えた剣を構えて盾になる。

 アクセルとシンにしかできない荒業であった。


「無茶だアクセル! 下がれ!」


「うっせえ! いいからさっさと避難させろ!」


「無茶をするな! 神と同調できるのはお前だけだ! お前が死んでどうする!」


「死なねえよ! あの日、オレの命はマスターに助けられた。今度はオレが助ける番だ!」


「アクセル……お前……」


 アクセルに死ぬつもりはない。だが、オーガは無情にもその数を増やす。

 コンドルオーガが三匹、アクセルの前に舞い降りる。


「おいおい嘘だろ……これは……」


 三匹の口から吐き出された炎が。


「なんだいなんだい、不甲斐ないねえアクセル」


 黒い光で塗り潰される。


「それでも春人くんが見込んだ男かい? これくらいのピンチは乗り越えておくれよ」


 空だけではない。地上のライオンオーガまでも、圧倒的な黒い暴力により原型を留めることができず、ガラクタとなる。


「オメガ! どうしてここに?」


「人間というのは記憶力がないねえ。約束しただろう」


「約束?」


「そっちの足の悪いマスターと、アクセルを守ってやってくれってね」


 ピザ屋でした何気ないやり取り。それを覚えていたオメガは、アクセルとマスターを守るためにやってきたのである。


「あのピザは実に美味しかった。春人くんの料理意外で私の舌を完璧に満たした。それは賞賛に値する。神への供物だ。神への敬意には敬意を。そんなわけで、神への願いを妨げる、醜い玩具よ」


 オメガが手を前に突き出すと、光は一層膨れ上がり、空のオーガへ降り注ぐ。


「不愉快だ。消えてしまえ」


 人を避け、オーガだけを滅ぼす光が楽園を照らしてゆく。


「ついでに足も治してあげよう。ほら」


 マスターの足が光りに包まれる。

 やがて傍目にはなにが変わったのかわからない足が残った。


「治った……? これは……」


「おまけの分さ。これにて全ての願いは叶えられた。大儀であった。神への敬意を忘れることなかれ。さすれば加護は与えられん。まあ、今回限りの加護だけれどね」


「ああ、ありがとう。社でも建てるかな?」


「またピザを作ってくれればいいよ」


 楽園に花びらが舞い始める。全てを包み、癒やしていく。


「なんだこれは……」


「アルファだよ。負傷兵の回復でもしているんだろう。ミリアも一緒にいるはずさ」


 アルファの撒く花びらが、傷を癒やしてゆく。


「ん? じゃああのパジャマ男はどこ行ったんだ?」


「春人くんはヒゲのところさ。トップ同士で話がしたいんだってさ。さあさあ救助を終わらせるよ。さっさとしないと春人くんに褒めてもらえないだろう」


 春人は楽園の表層に姿を見せていない。

 ではどこに行ったのかというと。




「貴様がグレースか。ここは玉座にしては随分と殺風景だな」


「ユウキ・ハルト……なぜここに?」


 楽園中央から地下深くに伸びる巨大シェルター。

 その最深部。誰も入ることを許されない区画。

 そこに春人とグレースがいた。


「この世界の敵を滅するためだ」


「ならば表層のオーガを狩りたまえ」


 高さ三十メートルを超える筒状の区画。

 どこかで見た塔の中のようで、つい先程までいた宮殿の中のようでもあった。

 シンと出会った場所よりもさらに複雑な装置が、床や壁に埋め込まれており、部屋の中央にある簡素な装置一つが佇む場所。


「この俺を出し抜こうなどという不届き者は成敗せねばならんだろう」


「オーガ討伐に戻りなさい」


「下手な芝居はやめろといいたいが……それしかできんようだな」


「私はこの楽園の管理者だ。オーガ討伐と、世界に平和を」


 グレースは抑揚なく同じ言葉を繰り返すだけだ。


「貴様のミスは三つ。教祖をそそのかし、神のエネルギーをこの場所へ送った。そのエネルギーを隠さなかったこと。ルートをたどれば自然と場所は割れる」


「ここは立入禁止区画。ただちにオーガ討伐へ戻りなさい」


「二つ、楽園の管理者を名乗りながら、十年前から一度も人前に出ていない。オーガの襲撃も、この地下施設の建造開始時期から極端に減っている。雑な仕事だ」


「楽園の秩序を乱すものを討伐せよ」


 目の焦点が合っていないグレースは、端末を操作し、春人に向き直る。


「そしてなにより、全人類の希望であるこの俺、勇希春人を甘く見たことだ」


「私は楽園の管理者だ。今週のオーガ討伐数ランキングと、新しいシキガミの紹介です」


「なに?」


 グレースから女性キャスターの声がする。

 雑音のない室内に、その声はやけによく通った。


「新たにシキガミとなったユウキ隊員は、オーガ討伐にむかいなさい」


 キャスターの声とグレースの声が混ざる。

 流石の春人にも原因はわからない。


「貴様……グレースではないのか?」


「私は楽園の管理者グレース。楽園の諸君。いずれシキガミの手から世界を救い、取り戻すため、より一層の団結を求む。楽園の住人よりエネルギーの充填を開始」


「無駄だ。貴様の指定した避難場所は変えさせてもらった。俺の仲間が別の場所で護衛している。好きにはさせんよ」


 あらかじめ安全な場所を作り、シーラに指示を出し、アルファとオメガに守らせたのである。

 楽園の構造を探る中で、避難場所に疑問を持った春人の判断が功を奏した。


「エネルギー充填不可。オーガよりエネルギーを回収」


 その瞬間。全てのオーガは機能を停止し、エネルギーを地下シェルターへ送る。


「オーガのエネルギーを吸収? この施設……やはりまともなものではないな」


 急速に集まる力を取り込むため、施設が揺れる。

 中央の端末とグレースの体から、緊急サイレンが鳴り響いた。


「大規模な討伐作戦を発令。危険度Aにつき、最優先で討伐せよ」


 男女の声が混ざったグレースの首が落ち、春人の前まで転がっていく。

 その瞳は春人をまっすぐ見つめ、やがて口を開く。


「討伐対象――――勇希春人」


 地下シェルターより轟音とともに、雲を貫く炎の柱が上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る