第26話 春人 神の名付け親を探す

 楽園へと帰った春人達を待っていたのはシーラであった。


「おかえりなさいユウキさん。アルファさん。オメガさん」


「ただいま」


「私のお帰りだ。盛大に出迎え給え!」


「出迎えご苦労。データは見たな?」


 オメガを無視して報告を始めるシーラ。

 もう一連の流れが完成していた。


「はい。大至急装備の強化を進めています」


 春人のもたらしたデータは、シキガミの武器・防具から弾丸までの強化が可能なものであった。

 大半が解析され、実践へ投入できるよう、急ピッチで制作が進んでいる。


「ならばいい。飯にする」


 春人にとって特筆すべきことはない。そろそろ夕食の時間だ。

 自分の使わない武器より、夕食のメニューが優先されるのであった。


「ついでだ、シーラはどうだ?」


 青白い人魂のような、名もなき神に聞いてみる。だが返答は。


「優秀だ。だが足りぬ」


「シーラはなにが足りないの?」


「強いて言えば情熱だ。内に燃え盛る炎を抱き、それでも的確に戦闘を行えるものがいい。その者は指揮官として優秀過ぎる。冷静さと指揮官であるということが、心にストップを掛ける」


「褒められているのかしら?」


「その通りだ。こちらに侮辱する意図はない」


 神と会話しているシーラに動揺は見られない。

 春人達で超常には慣れてしまったのだ。


「他の連中も見せるか。訓練場を借りるぞ」


「はい。手続きは済ませておきました」


「上出来だ」


「春人様。アルファはお腹がすきました」


 アルファが袖を引っ張り急かす。オメガのお腹がなる。

 春人も顔には出さないが空腹であった。


「急ごう春人くん」


「そうだな。またアクセルに美味い飯屋を紹介してもらう約束だ。先に食事にしよう」


 そして三人と人魂は、次元の裂け目へと消えていった。




「今回はここ! ピザ屋だ!」


「ほう、いい香りだ」


 春人がやってきたのはピザ屋。

 チーズの香りが店内から漂う、洋食屋のような外観の店であった。。


「ここのは美味いぜー! 店の前に来るだけで腹が減ってくる!」


「楽しみだ」


 内装も年季が入っている。オーガの襲撃があることを考えれば、手入れの行き届いた部類であろう。


「いらっしゃいアクセル。そちらが例の救世主様で?」


「全人類の頂点、勇希春人だ」


「アルファだよ」


「オメガだ! 一番自信のあるピザを所望する!」


「神だ。まだ名前はない」


「ぶっ飛んだお客さん連れてきたな……」


 筋骨隆々なマスターが、乾いた笑いを漏らす。


「だが一番得意なピザね……いいだろう。この道五年の腕を見せてやらあ!」


「長いんだか短いんだかわからないねえ」


「美味けりゃいいのさ! 味は保証するぜ!」


 出てきたピザはシンプルなもの。チーズとトマトに香草メイン。

 その漂う香りから、既に味は確約されたと言っていい代物であった。


「いただきまーす!」


 両手を合わせて食べ始める一同。全員たったひとくちで心を奪われた。


「素晴らしい……素晴らしいぞマスター」


「おいしいです」


「うおおおいしいいい!! 人間にも優秀な個体がいるじゃあないか!」


「相変わらず美味えなあ、マスターのピザはよ」


「そいつはどうも。ほれ、アクセルはいつものだろ」


 追加でアクセルが頼んだ、鶏肉とマヨネーズにテリヤキソースと玉ねぎのピザがやってきた。


「ふむふむ、これもおいすいいいい! いいね、褒めてあげようじゃないか!」


「オレより先に食ったな!?」


「人間の食べ物は初めてだが……なるほど。いいものを食べているな」


 名無しがピザを空中に持ち上げ、人魂の中へと飲み込んでいく。

 異様な光景だが、マスター以外は気にしていない。

 もう動じない心が作り上げられているのだ。


「しっかり食って、オーガをぶっ飛ばしてくれよ?」


「ああ、マスターの分までオレが倒すよ。それくらいしかできないしさ!」


「気にすんなっつったろ。まったく変なとこで義理堅いやつだ」


「ふむ……察するにその足か?」


 マスターの右足には、最新式の治療具が付けられている。

 それだけでおおよその理解ができた春人。


「オレが新米だった頃にさ……マスターに助けてもらって。二人とも助かったんだけど、マスターは足に怪我をして……そんで今は療養中ってわけさ」


 いつも元気なアクセルの気配が沈む。

 ちびちびとピザをかじるあたり、食欲は消えていないようだ。


「気にするな。治らないものじゃない。むしろピザの修行ができてちょうどいいさ」


「治して欲しいかい?」


「なに?」


「私は気分がいい。美味しいものを食べさせてくれたお礼だよ。神への供物とみなし、足を治してあげてもいい。一回だけね」


「そうかい。それじゃあ、アクセルに回してやってくれ」


 それは春人達にとっても、アクセルにとっても意外な申し出であった。


「ん? どういうことだい? アクセルくんも怪我を?」


「いいや、正直な、私はもう戦える歳でもないんだよ。リハビリはしている。けれど、アクセルにはもう追いつけないかもしれない」


「何言ってんだよ! オレじゃマスターには勝てねえよ!」


「アクセル。お前は強くなった。きっとシキガミの力に、楽園に住む人の柱になる。だから、君が本当に神様だって言うなら、アクセルを、怪我や死から助けて欲しい」


「マスター……」


 その目に溢れんばかりの涙を貯めるアクセル。

 それを優しい目で見つめるマスター。

 二人を見て、オメガは告げる。


「いいだろう。神として約束しよう。一度だけ、アクセルを死から守ってあげようじゃないか」


「ありがとう。嬉しいよ。ほら、ピザもう一枚おまけしよう」


「ほほう、わかっているじゃあないか。そういうおまけは大好物さ!」


「神の加護……か」


 それを見て、ひとこと呟く名無しの神。

 春とはそれに気付くと、アクセルに問いかける。


「話半分に聞け、アクセル。もし今よりも強い力が手に入るとしてだ」


「強い力……?」


「そうだ。神とともに歩む力だ。その力には名前がない。神の力に溺れれば、自信も名前のない力に潰される。それでも、欲しいか?」


「当然! オレは力に溺れない。マスターが、シキガミのみんながいる! それに、だめならすっぱり諦める。なんせオレはユウキみたいになれる可能性を持った男だからな!! 神の力より、そっちの方が強そうじゃん!」


 決意と闘志を秘めた笑顔で、アクセルはまっすぐ春人を見る。


「ふっ……そうだな」


「ふはははははは!! そりゃそうだ! いいこと言ったよアクセルくん!」


「春人様が一番です」


「そうか、ならばその力に名前をつけるとしたらどうする? 新たな神の名だ」


 急に言われても理解が追いつかないのだろう。

 しばし悩み、ゆっくりと答えを出す。


「オレは難しいことはわかんねえけど……今までとは違う新しい、本当の、真実の力。だから……シン! そいつの名前はシンだ!!」


「……シン」


 名もなき神に命の火が灯る。輝きを増し、その姿は人の形を成していく。


「うわわわわ、なんだよそいつ!?」


「よかったなシン。里親が決まったぞ」


「ああ、シン……いい名だ。ありがとうアクセル。君のお陰で神として生まれ変わることができた」


 新たなる神、シン。その姿は長身で、体格のいい蒼い髪と金色の目の男。

 シキガミ正式隊員のつける防具をつけていた。


「アクセル。飯を食ったら訓練場に行くぞ。新しい力を試させてやる」


「意味わかんねえって」


「今は食え。食っておかないと死ぬぞ」


「死ぬ!? なにがあるんだよ!?」


「しかしここのピザは美味いな」


「聞けって!?」


 予想より早く神が誕生したことに機嫌を良くした春人。

 アクセルを鍛え、立派な童貞戦士にするべく計画を立て始めていた。

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