第25話 春人 オーガの基地最上階へ

 エレベーターで最上階へと招待された春人とアルファ。

 開いた扉の奥には、部屋一面に巨大な装置があった。

 あちこちに伸びたケーブル。計器とモニター。


「ようこそ。ここまで来た人間は、君達が初めてだよ」


 正面の巨大で透明な筒から響く声が、春人を歓迎している。

 天井まで続く試験管のような筒。そこには青い光が満たされていた。


「春人様。これ、アルファと同じ、神」


「だろうな。この部屋から神格が漏れている」


 オーガの禍々しさで溢れるタワーの中に、神聖な力が混ざっていることを感じ取っていた春人。

 今回も神の仕業だろうと予想することは、彼の経験からすれば難しいことではない。


「そうか……この世界で神を見たのは久しぶりだ……」


「俺の女にして、別世界の神だからな。無理もない」


「オーガがすまない。あれは私には完全な制御ができないのだ。最上階に来ないようにするのが精一杯さ」


「気にするな。たいした事ではない」


「ふっ、頼もしいな。では聞いてくれるかい? この世界に何があったのかを」


「いいだろう。聞いてやる。存分に話せ」


 相手が神と知っても、どこまでも偉そうである。

 勝手に次元の裂け目からテーブルとイスを出し、紅茶を飲み始める二人。

 完全にリラックスして知人と話すモードであった。


「この世界において、神というのは存在しないものとされてきた。信じるものはいたが、所詮は宗教。本当にいるという証明などできなかった」


「そこは俺のいた世界と変わらんな」


「だが神はいた。この世界が平和であるようにと願いながら、見守る神が」


 昔を懐かしむような声である。敵意のない、穏やかな調子で話す神。


「やがて人間の一部が、神をその目で見ようとした。そのために研究を続け、人の道を外れた。神が人の道を語るというのも滑稽だがな」


「じゃあオーガはその研究で作られたの?」


「いいや、違うんだよお嬢さん。神様の呼び出し方を間違えたんだ。複数の神を同時に呼び出した。一人の神様すら入らない器にね。そして破壊と創造の一部だけを切り取った、まがい物の神様が生まれ、教祖と融合した」


「オーガは創造と破壊の繰り返しから生まれたものか」


「ああそうだ。生物を吸収し、自分達の文明と繋げて、新たな生物とした。創造主気取りなんだろう」


 神の声が嫌悪と憎悪の混ざったものに変わる。

 春人には、それが無力な自分を呪う声にも聞こえていた。


「神はどうして動かないの? 教祖を倒して戻ればいいのに」


「そもそも神は人に関わることはない。ただ見守るだけ。それがこの世界の方針だった。そして人間は対抗手段を手に入れた」


「だが、世界はオーガに脅かされ続けている」


「ああ、そして力をつけてしまった教祖は……神の力で神殿を作った。そこで自分への信仰を溜め続けている。神の器を作ったほどの科学力で、本来の神の意識を封じ込めてまでね」


「神がその程度で苦戦するのか?」


 神と戦闘を繰り広げた春人には、にわかには信じがたい話であった。

 宇宙で大暴れしていた神。そして腐れ縁のトート。アルファやオメガ。

 全員が人類を圧倒する強さであった。


「この世界の神はね、名前がないんだ。それは力の弱さに直結する。私のように封じられてしまうものもいる。だから待っていた。この世界を変えるほど強い人間を」


「そしてトートのやつが俺を紹介したわけか」


「ああ、会えて嬉しいよ。勇希春人。全世界の救世主よ。私達は待っていた。神殺しの技術を受け継いでくれるものを。端末をこちらへ」


 中央の装置に端末を挿す場所があり、そこへ通信機を差し込む春人。


「しばらく時間はかかるが、君達の使っている技術。オーガを倒す技術も、これの応用だ。今まで以上の強化ができるはずだ。これで教祖を倒して欲しい」


「シーラ、どうなんだ?」


『データを確認中ですが……今まで謎が多くて手が出せなかった部分が、ほぼ解決しそうです』


 シーラが驚いていることは、通信越しにでも春人とアルファに伝わった。


「ここ以外にも重要拠点がある。その位置も送ろう」


「これで対抗策ができる。救世主もいる。世界が救われる日も近い」


「それはどうかな?」


 安心しきった神の発言に待ったをかける春人。


「平和とは、この俺がいなければ続かないものなのか? 俺がいなければ世界一つ救えないのか?」


「どういうことだ?」


「俺は一生この世界にいるつもりはない。この世界の行く末はこの世界のものが決めるべきだ。こんな世界で他人から与えられた平和など、長続きはしまい」


 春人は様々な世界を旅する存在。一つの世界にとどまることはない。

 結局のところ、世界の平和は全人類で作らなければ続かない、と考えているのである。


「ならばどうする?」


「言っただろう。この世界のものに決めさせると。そこにはお前も含まれる。お前はどうしたい?」


「私は神だ……神が人の結末を決めるなどと……」


「ならば人とともに歩めばいい。人と神で結末ではない、ずっと続いていく未来を手にするのだ」


「アルファも春人様と一緒にいる。仲良しでも大丈夫」


 ここにきて場が静寂に包まれる。神として見守るのではなく、ともに歩む。

 それは神の中で禁じ手と思われていたこと。熟考ののち、神の声が響く。


「ともに歩もうにも足はない。分割された私には、力も少ない。どこまで力になれるかも怪しいが、協力しよう」


「構わんさ。俺を見ろ。俺に比べれば、どんな力だろうが大差はない。気にするだけ無駄だ」


「ふっ、そうだな。では名前をつけてくれ」


「なに?」


 春人にとっても意外な提案だった。


「名のない神では不便だろう。新たな名をつけて欲しい。それが力となる」


「ならばこの世界の人間に付けさせろ。そうすれば、その人間と繋がりができる。そいつにくっついていれば、パワーアップくらいはできるだろう?」


「わかった。ではこの装置を壊してくれ。そして、君達の楽園へ行こう」


「よかろう。俺が探してやる。神様の里親をな」


 装置を破壊し、青い光を引き連れて、春人とアルファは颯爽と最上階を出ようとし。


「なああぁぁにかっこよく決めちゃってるんだね春人くうぅぅぅん!!」


 乱入したオメガのせいで、雰囲気が台無しにされた。


「なんだオメガ。騒がしいな」


「オメガうるさい」


「まだ神がいたか。なんとも賑やかだな」


「うっさい! こっちがオーガ狩ってたってのに! ずーっとほったらかしじゃあないか!」


 ぶつくさ言いながらもオーガの掃討は続けていたのである。

 オメガもやはり春人に惚れているのだ。

 好きな人に褒められたいと頑張っていたら、この放置である。


「すまないな。オーガはどうした?」


「もうこの辺の敵は全部倒したよ。やっぱり活躍を見ていないじゃないか……」


「悪かった。機嫌を直せ。お前は立派に役目を果たした」


 オメガの頭を優しく撫でる春人。出来る限りの優しさを込めた手つきである。


「ふむ、まあ今回は特別に許してあげるよ。次からはもっと私に優しくするんだよ?」


「わかったわかった」


「オメガは頑張った。えらいえらい」


「人と神にこのような在り方があるとは……興味深い」


「あまり参考にするな。こいつらは特別だ」


 実際に参考にするにはレアケース過ぎる。

 春人という圧倒的な存在がいてこその関係であった。


「さ、名無しの神もさっさと行くよ。いつまでも名無しじゃあかわいそうだ」


「そうだな。裂け目に入れ。楽園まで飛ぶぞ」


「はーい」


「すまない春人」


「いいから行くよ!」


 そしてつかの間の楽園へと帰る一行であった。

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