第23話 春人 楽園の管理者を知る

 戦闘から帰って来るともう日も暮れており、それぞれ夕飯に向かう。

 そんな中で春人は、アクセルおすすめの店へと足を運ぶのであった。


「この世界の料理か……楽しみだな」


「へへっ、まーかせろって。オレの舌はそんじょそこらのやつとは違うぜ」


「アルファも楽しみ」


「……私達にご馳走するのに洋食屋かい?」


「ここは近くの畑で作ったもんを使っていてな。ある程度自由に品種改良ができるのさ。好きなもん頼んでみろって」


 内装はごく普通の洋食屋である。まだ夕方五時半。客もまばらであった。


「カツカレーを頼む」


「アルファはミートスパゲティください」


「ハンバーグだ。私にはそれしか道はない!」


「んじゃオレもカツカレーで」


「いいセンスだお客さん。少々お待ちを」


 渋い笑顔の男性が手際よく料理を始める。四十代半ばといったところか。

 コック帽が似合う男性で、髪を短く切り揃え、ヒゲもキッチリ剃っている。


「熟練の腕だな。動きに迷いがない」


「私はおいしければそれでいいさ。あの放送はなんだい? 他に番組はないのかな?」


 ヒマをもてあましたオメガが、店内のモニターを指差している。

 大きな薄型液晶には、オーガとシキガミのニュースが流れていた。


「無理無理。あれは楽園が特殊な電波を飛ばしてるだけ。テレビ局とかぜーんぶなくなっちまったからな」


『今週のオーガ討伐数ランキングと、新しいシキガミの紹介です』


「やる気を上げるための放送か」


「ランク上位には特典もあるんだぜ」


『新たにシキガミとなったユウキ隊員は、大型オーガを二体討伐するという快挙を……』


 ニュースでは春人の偉業を称える言葉が流れる。


「この世界も俺の偉大さに気付いたか。褒めてやろう」


「入ったばっかで大型撃破はすげえよなあ。一体は入る前だろ。注目の的ってやつだな」


「どの世界でも……俺は人類の希望の光として崇められてしまうのだな」


「優れた存在は嫌でも注目を浴びる。私だってできることなら春人くんを独占したいさ」


「春人様は凄い」


「ユウキは凄い。それで全部すませるのが一番だな」


 アクセルの順応力は確実に上がっていた。この特殊な環境にも馴染んでしまっている。


『楽園の諸君。今週もシキガミの力により無事、生き延びることができた。この平穏を維持できるのも……』


 モニター内では、軍服のようなものを着た初老の男性が演説を始めていた。


「あいつは?」


「この楽園のボス。グレースさん。昔は軍のお偉いさんだったとか聞いたぜ」


『いずれオーガの手から世界を救い、取り戻すため、より一層の団結を……』


「……気に入らんな」


「同感だよ。なーんか胡散臭いよねえ。私は嫌いだね」


「アルファも」


 言葉にはできないが、三人ともいいイメージは持っていないようだ。


「オレも直接は見た事がないけどさ、そんなに悪い人には見えないぜ?」


「気にしなくていい。あくまで俺の直感だ」


「はいおまちどうさま! 冷めないうちにどうぞ!!」


 春人達の前に出された料理はどれも食欲をそそるいい香りであった。


「よーし食おうぜ! いただきます!」


「いただきます…………ほう、やるな大将。カツの揚げ方までバッチリだ。いい仕事をしている」


「いいねいいね! 溢れる肉汁が! 風味が! 最高じゃないか! いいハンバーグだ気に入った!」


「美味しいです。ソースがすき」


「だろ? ここは美味いんだぜ! しかも安い!」


 会話しながらも食べるスピードが落ちたりはしない。夢中で食べ続ける四人。


「それだけ褒めてくれると作った甲斐があるってもんよ」


「素晴らしいぞ大将。その腕、この料理。この世界を守るだけの価値がある」


「そうかい? それじゃあこれからもシキガミのみんなを守ってやってくだせえ」


「ああ、俺に任せておけ」


 すっかりやる気を出す春人。料理は彼の趣味の中でも上位である。

 春人なりに大将に敬意を払っているのであった。


「大将、ハンバーグおかわりで!」


「オレもカレーおかわり!」


「はいよ! しっかり食って体力つけるんだよ!」


『緊急速報! 大型オーガの巣であるタワーに異常なエネルギー反応。シキガミ各員はいつでも出動できるよう備えてください』


「オーガの巣?」


「ああ、オーガがたむろっている場所がある。ここからちょっと遠いんだけどさ。世界がこんなになる前は観光名所だったらしいぜ」


「そうか、ならばそこに行ってみるとしよう。食事の後にな」


 春人の中でオーガとは生物と機械の中間である。

 なぜそうなっているのか。それを知るためにも巣に行かねばならない。


「あんまり無茶するもんじゃないですよお客さん。美味しそうに料理を食べてくれるお客さんが減るのは、つらいもんがあります」


「心配するな。俺に敗北は無い」


「急がなくても召集命令が来ると思うぜ。オレが知る限りじゃこんな放送は滅多にない」


『ユウキさん。聞こえますか?』


 ここで狙い済ましたかのように春人に通信が入る。


「シーラか。聞こえるぞ。今食事中だ。急ぎじゃないならあとにしてくれ」


『では二時間後、あの会議室にいらしてください』


「わかった」


『お待ちしています』


「なんだったんだ?」


「二時間後に会議室に来いとさ」


 それだけ言ってカレーのおかわりを食べ始めてしまう。


「当然私達も行くからね」


「春人様とアルファは一緒」


「来るなとは言われていない。好きにしろ」


「ユウキも大変だな」


 絶品料理に満足した三人はアクセルと別れ、食休みを終えて移動を開始した。

 いつも通りの次元移動で、考え事をしているシーラの横に出る。


「はあ……今になって異常が出るなんて……」


「来たぞ」


「ひゃわ!? ああ……ユウキさん。何度も言いますが扉から入ってきてください!」


「すまんな。この方が楽なんだ」


 一々徒歩で移動などしていては時間の無駄なのである。


「まあいいです。ちょっとお願いがありまして」


「タワーの調査か?」


「話が早くて助かります。あそこは大型オーガも多い場所。シキガミですら入れば死人が出ます。間違いなく」


「そこで春人くんに頼もうってわけか」


 大型を倒すのでも一苦労のシキガミでは、巣の中へは行けない。

 潜入して映像を撮るだけでも不可能に近かった。


「はい。報告と、実際の戦闘映像を見ました。ユウキさんとアルファさんの実力なら、巣の中へ行けるかもしれません」


「かもじゃない。春人くんなら行けるんだよ。そもそもなんで私の名前が出ないんだい?」


「オメガさんは戦闘記録がないものでその……」


「オメガは食べて寝てばっかり」


「身から出た錆というやつだな」


 完全な自業自得である。食っちゃ寝を続けて自堕落に生きるオメガは、この世界で戦闘などしていない。当然記録もないのだ。


「ああもういいよ! わかったよ! 次は私が戦えばいいんだろう?」


「オメガさんも戦えるのですね」


「これでも古参の神なんだよ。オーガなんかに負けるわけがないじゃないか」


 オメガも神。アルファと並ぶ実力者である。

 本人が横着ものであるために、それが活かされる場面を見ることは少ないが。


「ではユウキさん、アルファさん、オメガさんに極秘任務としてタワーへの潜入および内部調査をお願いします」


「承った」


「がんばるよ」


「任せておきたまえ」


 こうして本来達成不可能な、超高難易度の潜入任務が始まるのであった。

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