第21話 春人 チャーハンを作る

 シキガミに入った翌日。時刻は昼。

 春人は別次元にある自分の宇宙船の中でチャーハンを作っていた。

 小腹がすいたのである。


「……料理しかやることがないな」


 たとえるなら超高級ホテルのスイートルーム。しかも一人に客のために最上階をまるまる使って一室だけ存在するVIP専用。高級中の高級。そんな部屋だ。

 そんな部屋の豪華で広い厨房で本格的なチャーハンを作っていた。


「よし。完成だ」


「なんだいなんだい春人くん。いーい匂いがするじゃあないか」


「お前達の分も作っておいた。ゆっくり食べるといい」


「やったね。アルファのテンションがあがるよ」


 そこでベルの音が鳴る。ベルの音色が次元を超えて届いていた。


「ようやく出番か。二人は食っていろ。俺が行く」


 次元の裂け目を作り。自分の分の皿とレンゲを持って入っていく。


「行ってらっしゃい春人様」


「いってらっしゃーい! おおぉ! おいしい!! やっぱり春人くんの料理は最高だねえ!」


「おいしいです春人様!」


 二人の賞賛を背中に受け、次元の狭間を通ってシキガミの会議室へとやってきた春人。


「どうした? 主役が必要か?」


「うわぁぁ!? どっから出てきてんだよ!?」


 突然会議室に現れた春人に驚くシキガミ一同。無理も無い。

 不気味な裂け目から、チャーハン持ったパジャマの男が出てきたのだ。


「慣れろ。何の用だシーラ」


「あー……あはは……おはようございます。楽園付近に強力なオーガ反応あり。小型の敵も複数確認されていますので……念のため同行をお願いしようかと」


「いい判断だ。強力なオーガとやらも見ておきたい。任せろ」


「今回は俺も行くからな!」


 今回は支援部隊と戦闘部隊で計十人と、楽園からオペレーターがナビゲートする。

 戦闘部隊にアクセルとミリアがいた。


「いいだろう。遅れるなよ」


「へっへーまーかせろって!」


「では、一時間後に楽園入り口に集合です。解散!」


 素早く解散していく隊員達。その中でアクセルが春人のチャーハンを凝視している。


「なあ……さっきからすげえいい匂いがしてんだけどさ……ちょこっとだけ食わしてくんないか? 楽園の美味い店教えるからさ」


「こちらの世界の料理か……興味深い。いいだろう」


 次元の裂け目に手を突っ込み、新品のチャーハンを皿ごと引っ張り出す。


「作り置きしていてな。食っていいぞ。大盛りだ」


「いやっほーう! サンキューユウキ! うっわ超うめえぇぇ!!」


 ガツガツと行儀もへったくれも無く食べ続けるアクセル。

 そこでシーラの腹の虫が鳴く。


「あ……あはは……」


「食うか? もう一つ出してやる」


「で、では……いただきます……あ、おいし……」


 自然と賞賛の言葉と笑顔が漏れていたシーラ。春人の料理技術は超がつく一流である。


「ちゃんとミリアの分もあるぞ」


「うえぇ!? いいんですか?」


「食っとけよ! 超うめえんだぜ!!」


「ええ、これは食べないと損をするわよ」


 仲間二人のお墨付きである。シーラの無邪気な笑顔など久しく見ていないミリアは、驚きと共に味に興味を覚え、一口食べる。


「とっても美味しいです!」


「シンプルに肉と葱と卵だ。これこそチャーハンの究極最終形態といえよう」


 会議室のイスに座り、チャーハンを食べながら作戦説明を聞く春人。


「ハルトさん。やはり武器は」


「必要ない」


「では通信機だけお渡しします」


「すまないな」


「いいえ、これで死人が減ったら大助かりです」


 楽園は広く大きい。それでもオーガという危機がある。

 平和な世界よりも人工は圧倒的に少ないのだ。


「ふむ……支援部隊にアルファを入れておく。通信機も持たせよう。それで死人は出ないはずだ」


「アルファちゃんは戦えるんですか?」


「あれでも神だ。犬に負けるなどありえん」


 アルファは名の知れた上級女神ペルセポネだ。

 オーガ程度ではアリと恐竜以上の圧倒的な隔たりがある。


「もう何が来ても驚かないわ」


「神様って見た目人間と変わんないんだな」


「オメガさんも神様なの?」


「ああ。あいつも古参の神だ」


「ふーん。ま、強いなら頼らせてもらうさ。みんなで生きて帰るのが一番大事だしな!」


 アクセル、意外と現実主義である。死線を潜ってきた経験がそうさせているのかもしれない。


「さて、食べ終わったなら行くぞ。入り口まで送ってやる」


「ごっそーさん。いやーうまかったぜ!」


「ごちそうさまでした。私は楽園を放れるわけには行きませんから。ミリア、アクセル、春人さんと一緒に頑張ってね」


「はい!!」


「全て俺に任せるがいい」


 そして春人は全員を空間移動で入り口へと飛ばす。


「さ、行くか」


「ふおお!? どこから!?」


「あいつが例の?」


「ああ、本当にパジャマだ……」


「不思議な術だな……」


 同行する部隊の皆様が激しく動揺している。

 まだ春人というイレギュラーに気持ちの整理がついていないのだ。


「で、では出発する。。今日は新人二人もいることだしゆっくり……」


「俺たちに気を使う必要は無い。いつものペースでいいぞ」


「アルファは大丈夫」


「いいの? 結構ハイペースよ? 私も最初はきつかったし」


「問題ない。何故なら俺だからだ」


 呆れる者が多数である。それぞれ武器と少しばかりの食料を携帯している部隊に、パジャマのみで参加である。無理も無い。


「ユウキなら問題ないさ。何が起きてもこっちの精神がおかしくなるだけだ」


「ええい出発だ! さっさといくぞ!」


 今回の隊長ガランはもうヤケになっていた。シーラに連れて行ってくれと言われている以上、逆らえない。覚悟を決めていつものペースで進軍を開始した。




「やはり外は廃墟か」


「寂しいね」


「ああ、ひでえことしやがるぜオーガのやつら」


「で、なんであんたらは普通について来てんだ? どう見ても歩いているようにしか見えんのだが?」


 全速で駆け抜けるメンバーの横を春人とアルファが歩きながらついてくる。

 そこで部隊員Aさんは思い切って聞いてみることにした。


「安心しろ。そちらのペースが遅いわけではない。少し空間をいじっているだけだ」


「なんだそりゃ?」


「俺とお前達の歩いている距離は同じようで違う。俺達の一歩はお前達より遥かに先を行くのだ」


「よくわからないわ……」


 空間操作など春人には慣れたものだ。

 こたつから極力出ないようにするニートならば会得できる基本技能でもある。


「アルファからアドバイス」


「なあにアルファちゃん?」


「不思議なことがあったら『春人様は凄い!』でいいよ。それで全部解決」


「マジにそれが最善策かもな……うん、ユウキはすげえ!」


「ふっ、いいぞ。もっと褒めても構わんよ」


「なんて緊張感のない連中だ……」


 そして目的地へと到達。支援部隊は後方で雑魚の掃討と罠の設置。

 攻撃部隊は大型の処理。いつもと何一つ変わらぬよどみない動き。

 春人がいたとしても例外はない。


「いた、あいつだ」


 隊員が小声で呟くと、一斉に物陰に隠れる。

 廃墟となったビル街の中、公園のような開けたスペースにそれは佇んでいた。


「あれは……クマか?」


「クマ型オーガね。毛並みが黒いものは強いから気をつけて」


 全長十メートル近い機械と混ざったクマがいる。

 二本のツノと黒い毛並み。そして周囲には主を守るように徘徊する犬型オーガの群れ。

 犬は二メートルほどだ。春人が前回遭遇した者よりも小さい。


「番犬も一緒か。いつもどおりにいくぜ」


「ユウキ。一緒に来るか?」


「そうだな、俺はアクセルといこう。シキガミのお手並み拝見だ」


「よっしゃ任せな! かっこいいとこ見せてやるぜ!」


 アクセルは春人と打ち解けていた。チャーハンがとても気に入ったのも大きかったのだろう。


「アルファは支援部隊に行くよ。応援と回復は任せてね」


「回復?」


「アルファは回復魔法が使えるよ」


「魔法って……いやいい。聞いても理解できそうもない」


 春人とアルファはイレギュラーな存在。この世界の常識から外れた彼らを、完全に理解しようとしても無理なのであった。


「よし、各員戦闘準備。生きて帰るぞ!」


 こうして十全に罠を張り、装備を整えた後に、攻撃は始まるのであった。

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