第20話 春人 異世界の希望となる

 化け物を爆砕した春人は、ミリアと名乗る少女の恩人となった。

 そして現状の説明を始めるのだが。


「つまり、この俺こそが究極の存在だということだ」


「そういうこと。春人様はすごい」


「そうだそうだー!!」


 春人の説明になっていない説明に乗っかる二人の女神。

 困惑する救援部隊の皆様。説得を試みるミリア。


「ああ、ええっと……助けてくれたのは本当よ。私を守ってくれたの」


 そんな中で必死に敵ではないと説明するミリアの気苦労は尋常ではなかった。

 むしろ化け物に追われていたときのほうがマシかもしれないと思うほどに。


「ミリアを助けてくれたのは本当っぽいな。ありがとな! えーっと……」


「春人だ。好きにユウキでもハルト様でも呼べ」


「下の名前は様付けなんだな。オレはアクセル! よろしくな! ユウキ!」


 ボサボサの赤い短髪でニカっと笑う少年。まだ十代後半だろう。

 元気の有り余っていることが伝わってくる少年だ。


「アルファはアルファ。春人様のお嫁さん」


「私はオメガ。春人くんの妻だ!」


「まだ結婚はしていないだろう。気が早いぞ」


「こ、こんなかわいい子と……しかも二人ともだって!? 凄いなユウキ!!」


 アクセルは春人を尊敬し始めている。だが、救援に来た人々はひたすらに怪しんでいた。

 むしろ受け入れているアクセルこそズレているのである。


「本当に大丈夫かねこの人は」


「でもオーガから助けてくれたのよ」


「オーガ? あの犬か。犬が鬼とはな」


 そこで春人は犬に二本のツノがあったことを思い出す。


「あいつらはどんな固体でも、必ずツノがあるのさ。だからオーガ。っていうかなんでオーガも知らないんだよ。ユウキは今までどうやって生きてきたんだ?」


「そうだねえ、最近の春人くんは……逃げ惑うお姫様を助けたり」


「宇宙で神様と戦ったり」


「深窓の令嬢に料理を教えていたな。ふっ、我ながらなんとマルチな才能に溢れた男だ……童貞の鑑だな」


「意味わかんねえよ……童貞って隠すもんだろ?」


 春人のあまりにもあんまりな説明を信じるものなどいない。

 この世界の住人には、春人は頭のおかしい変なやつというイメージで固まっていった。


「とにかく楽園に案内しよう」


「そうだな。戦力になるかもしれない」


「そうね。ユウキさん。私達についてきてくれませんか?」


「面白そうだね。行こうよ春人くん」


「いいだろう。その楽園、どんなものか見定めてやろう」


「しゅっぱーつ」


 そしてしばらく歩き、幾重にも重なる高い壁と分厚い門を通った先にそこはあった。


「ようこそお客人。ここは楽園。人類が安心して眠れる場所なんだぜ!!」


 僅かだが緑があり、水道も生きている。

 天からは光が差し込み、廃墟を再建して作り上げた人類の楽園があった。


「ほう、なかなかの技術だな」


 中央の公園には巨大なモニターがあり、天気からオーガ出現情報までニュースが流れている。

 ネオンの輝くバーのような施設や、武器の絵が描かれている店も存在し、人々にも笑顔があった。


「私達はこの楽園を守り、オーガを倒すために戦い続けているんです」


「なるほど。こういう施設は他の場所にもあるのか?」


「大きな国には大抵あるぜ。っていうか楽園にも来たことねえのか?」


「ないな」


「春人様のいる場所が、アルファにとっての楽園です」


「いい事言うねえアルファ。私も同感だよ」


「ははは……変な人達……」


 ミリアも呆れ顔である。楽園の案内役にミリアとアクセルがついた。

 楽園の治安維持と対オーガのために『シキガミ』という組織が存在する。

 その本部へと案内された春人達であった。


「本部は地下と繋がっているわ。非常時にはシェルターになるの」


「大変だね。オーガなんてものがうろうろしている世界って」


「世界?」


「後で話すさ。ついでにこの世界での助手も探すとしようか」


 そして作戦会議室へ。中には軍服を着た女性がいた。

 金髪のロングヘアーと黒い瞳の美しい、それでてどこか厳しさを漂わせる隙のない佇まい。


「はじめまして、シーラ・オーヴです。一応シキガミの総指揮を執っています」


「ハルト・ユウキだ。好きに呼べ」


「アルファだよ」


「オメガだ。まあよろしく」


 尊大な春人と、そんな春人にしか興味のないアルファ。

 人間に関心が無いためそっけないオメガ。


「報告通り、なんとも個性的な人達ね。案内ありがとうミリア、アクセル」


「はっ!」


 ビシッと敬礼する二人。適度な緊張感がある。

 笑顔は優しくとも、規律には厳しい女なのだろうと春人は思った。


「さて、ユウキさん。あなたたちはどうしてその……そんな格好で外にいたの? どこかから逃げてきたとか?」


 春人はパジャマ。アルファは綺麗なワンピース。オメガは丈の短い和服にかんざし。

 パジャマということから、寝込みをオーガに襲われて逃げてきたと、シーラは推測した。


「いや、しいて言えば観光だ。この服はニートである俺の正装なんでな。気にするな」


「やっぱユウキの言うことはわかんねえ……」


「この世界でニートなんて成立するのかしら? どこかのお坊ちゃんなの?」


「ニートで観光に来て、オーガを倒していたと?」


「そんなところだ。ミリアが襲われていたのでな。全世界の希望たる俺の威光を示してやった」


 なぜこの男はこんなにも偉そうなんだ。シーラはそう思わずにはいられなかった。


「ひっじょーに納得いかないけど置いておきましょう。単刀直入に言います。シキガミに入ってくれませんか?」


「いいぞ」


「…………え?」


「いいぞ」


 シーラはダメもとでお願いしていた。怪しすぎる放浪パジャマニートがすんなりと誘いに乗るとは思っていなかったからである。


「いい……の?」


「しつこいなあ。春人くんがいいって言っているんだよ。泣いて喜ぶのが筋だろうに……これだから人間は」


「人間?」


「気にするな。それで、オーガとやらを倒せばいいのだろう?」


「そうだけどさ、結局ユウキ達はなんなんだ? 他の楽園から来たわけじゃないだろ?」


 春人は知りようもないが、別の楽園はここから遥か遠くだ。

 軽装で到達できるものではない。オーガのエサになって終わりだ。


「俺達は別の世界から来た。世界を渡り歩き、気まぐれに救っては次の世界へ。自由気ままな旅だ」


 オメガが捕捉しながら説明を続け、たまたま訪れた世界でミリアを助けたと納得させた。


「信じがたいけれど……あの強さは普通の人間じゃありえないわ。それこそ別の世界の力でもない限りね」


「あれは俺独自の力だ。世界の壁など関係ない。アクセルも俺のようになる可能性を秘めているぞ」


「え、マジ? 俺そんなに強くなれんの? 秘めた才能とかあったりする?」


 十代後半の男子にとって、なんとも夢のある話である。

 だがアクセルは気付いていない。お前は三十まで童貞であると言われていることに。


「ユウキさんの装備、オーガと戦うための武器は……」


「いらん。邪魔だ」


「アルファもいらない」


「無論、私もだよ。人間の武器なんて重いしごついし邪魔だからね」


 親切で装備を渡そうとした結果、即刻却下されてしまう。

 シーラは察しのいい人間であった。何を言っても意見を変えはしないだろうと理解し、諦める。


「それじゃあお腹もすいたし、私達は一回帰るよ」


「帰るって……どこにですか?」


「春人様のおうち。ばいばい」


「いやいやいや、ばいばいじゃなくって! 楽園で過ごすんじゃないのかよ!? シキガミに入ったんだろ?」


「安心しろ。アルファ、あれを」


「はい。みんなにあげるね」


 アルファが三人に手渡したのはハンドベル。不思議な装飾の入った花の香りのするものであった。


「用事があれば鳴らせ。すぐに駆けつける。駆けつけた俺には敬意を忘れるな」


「いやこんなもんでどうしろってんだよ!?」


「うるさいなあ……家に帰るって言っているだろうに……もうお腹すいたよ春人くん」


「そうだな。今日は和食にするか」


 次元の裂け目に入っていく春人。それを呆然と見送ることしかできないシキガミメンバー。


「もう全部夢でいいんじゃないかしら……」


「私もそういうことにしたいです……」


「俺も……なんか疲れちまった……」


 春人のいる日常に、三人はついていくことができるのだろうか。

 それは誰にもわからない。

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