第19話 第二章 春人再臨

 いつか異世界へ呼ばれることを夢見て、三十まで働きもせず、親の金で自分を磨き続けた童貞がいた。


「ふっ、この世界……中々に面白そうだ」


 青と白のしましまパジャマを着た男。彼こそが、数々の世界を気まぐれに救ってきた大英雄。

 無職童貞流開祖にして、全世界の頂点。勇希春人ゆうきはるとである。


「春人くん。こんな辺鄙な世界のどこが面白いのさ……廃墟ばっかりじゃないか」


 オメガの愚痴ももっともである。見渡す限りボロボロになった建物ばかり。

 ビルだったものや、何に使うのか不明な機械が破壊されている。そんな世界である。


「アルファは春人様が一緒なら、それで嬉しい」


「まーたきみは媚を売ってええぇぇ! いいかい? 春人くんは私の春人くんなんだからね!」


「まて、声が聞こえる」


 アルファとオメガの口げんかに耳を貸さず、か細く聞こえた助けを求める声の主を探し、歩き出す春人。


「先に行く。気がすんだら来い」


「あれ? 春人様がいない」


「え? ああ!? まーた置いて行かれたあぁぁ!!」



 春人が駆けつけた時、そこには血を流しながら逃げ続ける少女が一人。

 現代風のファッションには似合わない重火器を用い、廃墟には不釣合いなほど美しい金髪をなびかせて、必死に化け物から逃げていた。


「応援はまだなの? もう逃げられない! 追いつかれる!!」


 彼女は必死だった。まるで巨大な狼のような、生物と機械の中間のような化け物から、なんとしても逃げ切る。それが今彼女の頭の中にあるたった一つの目標であった。


「足止めくらいは!!」


 腰の銃を構え、背後より襲い掛かる化け物の顔に向けてトリガーを引く。


「ガアアアァァ!!」


 だが無傷。人も、象ですら吹き飛ぶ火力であっても、化け物の顔に僅かな焦げ後を作るのみ。


「グオオオ!!」


 攻撃されて怒りに燃えた化け物の、人間を丸々包み込めるほど大きな手が、彼女を襲う。


「きゃあぁぁ!?」


 反射的に横に飛び、紙一重でかわす。

 化け物の腕が近くのビルの柱にぶつかり、衝撃でビルそのものが傾きだした。


「うっ、しまった……足が……」


 彼女の不運は、揺れと段差に気を取られ、足をくじいてしまったこと。


「あれがこの世界の化け物か」


 幸運だったのは、その現場に春人という、全世界最強であり全生物の頂点が居合わせたこと。


「少し現地の生き物と戯れるか」


 絶賛傾き中の高層ビルの上から眺める春人は、どこかズレた感覚で少女と化け物の間に割って入った。


「ほう、間近で見るとなかなか愛嬌のある犬だな」


「……誰!? 味方なの?」


 突然空から現れたしましまパジャマの男に、少女は動揺を隠せなかった。


「少々この犬と遊んでみたくなってな。ほれ犬、お手だ。できるか?」


 警戒心の欠片も無く右手を差し出す春人。

 彼にとって大きな犬など警戒するに値しない。


「なにやってるのよ!! 戦えないなら逃げて!!」


「ガアアアアアアッ!!」


 春人に向けて巨大な右腕が振り下ろされた。だがその腕は音も、衝撃も無く春人を気遣うように優しく彼の右手へ乗った。


「わんぱくだな。だがお手はできるようだ。褒めてやろう」


 完全な無効化である。無職童貞流開祖の肩書きは伊達ではない。

 社会の時間も概念も常識も、無職である春人には通じない。

 振り下ろせば音も衝撃も起きる。だが、そんな一般常識など無効化できずになにが無職か。


「ゴアアアァァ!!」


 驚くという機能が無いのか、表情を変えず左腕を振り上げる化け物。


「次はおすわりだ」


 気分を良くした春人は跳躍し、化け物の頭を軽く踏みつけ、巨体を地面に深くめり込ませる。


「さて、次は何を仕込むかな」


「危ない! 砲撃が来るわ!!」


 頭を地面にめり込ませたままの化け物の背中が開き、大砲のようなものが二つ、春人に向けられた。


「ふん……保健所に代わり、俺が処分してやろう」


 エネルギーの塊が二筋のビームとなって発射される。

 だが、そんな危機にあって、春人の表情が変わることは無い。


「無職童貞流、真理奥義――――真虚流転しんきょるてん


 真虚流転。それは誰でも一度は思うこと。間違っているのは世界であり、正しいのは自分だ。

 そんな世間では否定される思考を、春人は持ち続けた。

 誰もが挫折し、考えを改めさせられる中で、彼の考えは変わらなかった。

 そしてついに、真実を改変し上書きする力を手に入れた。


「終わりだ。次は血統書つきの犬にでもなれ」


 いまや目の前の真実など、春人の手のひらで転がされるオモチャに過ぎない。

 ビームはユーターンして砲身に直撃する。

 その威力も、春人によって上乗せされていた。跡形も無く吹き飛ばすほどに。


「なに……なにをしたの?」


 少女には、最早完全に理解の範疇を超えていた。


「おい、今の爆発は何だ?」


「あそこだ! ミリアもいる!!」


「おおおおおい! ミリア! 無事かあああぁぁ!!」


 振り返れば、少女に向かって駆けて来る人々。ミリアと呼ばれた少女と同じく武装している。


「おむかえが来たようだな。喜べ、生き延びられたぞ。俺のおかげでな。なんなら崇め奉るがいい」


「あなた……あなたは……」


「おおおおおい春人くううううぅぅん! まあぁぁぁた置いて行ったなあああぁ! 寂しかったんだぞおおおぉぉぉ!!」


「春人様!!」


 アルファとオメガも走ってくる。二人とも彼を心配していたようだ。


「俺の仲間も来たか。まったく騒がしいやつらだ」


「あなたは……いったいあなたはなんなのよ!!」


「俺か? 俺は無職童貞流開祖にして、全世界待望の救世主――――勇希春人だ」


 この新世界に、新たなる救世主伝説を創るのもまた一興。

 そう春人は思い、一人今後の展開に胸を躍らせていた。

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