第15話 その4 オメガとアテナ
「いーらっしゃーい! 春人くぅーん! 私というご飯をお風呂で食べる? それともわ・た・し?」
敵艦ブリッジへと乗り込んだ春人とアルファの前に、ご丁寧に裸エプロンに着替えたオメガが立っていた。
「オメガがいるね」
「どうしてお前がここにいる?」
「春人くんの気配を探ってね。なんだいなんだいもう。私をほっぽって宇宙で遊んだりしちゃってさあ! ちゃっかりアルファくんは一緒だし……仲間はずれは寂しいんだぞ!!」
地団駄を踏んでいるオメガからは女神の威厳も神聖さも欠片も感じられない。これでは場の雰囲気をぶち壊している変人である。
「……悪かった。それで、ここの艦長はどうした?」
「ああ、帰ったよ。だから今は私がこの船を乗っ取った。アルファくん、君との決着のためにね!!」
「アルファと? なにをするの?」
「正妻決定戦さ!! どっちが現時点で春人くんの妻として優れているか……勝負だ!」
「なにをアホなことを……」
なぜよりによって宇宙船の中でそんなことをしなければならないのか。春人にはわからなかった。最も宇宙船でなくとも、乙女心など春人にはわかるはずもないのだが。
「わかった。がんばる」
「アルファ?」
「春人様、見てて。アルファはがんばります」
春人の予想に反してやる気である。目に燃え盛る炎のような闘志が見えるのだ。
『一応まだアテナの艦隊が残ってるんだけど……』
トートが申し訳なさそうに通信を入れてくる。当初の目的を忘れて遊んでしまいそうな危うさが春人達にはあるからだ。飽きるか他に面白そうなことがあればそちらに行く可能性が高いあたりに、自由気ままな彼らのコントロールの難しさが浮き彫りになる。
「なんだい面倒だなあ。じゃあ一回戦は料理対決だ。少し時間がかかるから、春人くんはアテナ潰してきてよ」
「お前ら料理できるのか?」
「できるよ。お料理は得意」
「もっちろんさあ!!」
「ふむ……やらせてみるか」
まずい宇宙食しか食べていないこともあってか、春人はおいしい食事にありつきたかった。どうせ艦隊を潰して戻るのにそう時間はかからない。ならば任せてみようと考えたのである。
『行くしかないようだよ春人』
「協力するとは言ったしな。いいだろう」
『それじゃ、座標は掴んだから転送するね』
「それじゃ、行ってらっしゃい。あ・な・た!」
これ以上ない猫なで声で送り出され、げんなりしながらアテナの艦隊を潰しに向かう春人であった。
そしてトートによって転送される春人を見送って、アルファ・オメガ両名は料理を開始する。
「ま、こんなものか」
少しばかり時間は流れ、春人は手早くアテナの艦隊を制圧した。当然苦戦する要素などない。
「こ……の……やってくれたわね」
春人の前に立ち塞がるは、色白で美しい金髪を靡かせ甲冑を着た女性。
鎧も、両手の剣と盾も、見るものが見れば一級品だとわかる。
彼女こそ、今回の騒動の原因が一人、女神アテナである。
「天使兵! この世界で一番美しく、強い女性は!!」
「アテナ様です!」
大量召喚した天使兵にアホ丸出しのセリフを言わせてご満悦なアテナ。
春人はどう言っていいかわからず成り行きを見守っている。
「ならばそんな私に、あなたたちができることは!!」
「身を挺してお守りすることです!!」
「行きなさい天使兵達!!」
「黙れアホ」
絶刀次元断によって天使兵は音もなくバラバラに引き裂かれた。
雑兵に春人の相手は務まらない。時間稼ぎすら不可能だ。
『アテナよ。なぜこんな戦いを続ける? 事情があるなら話してくれ。この世界に迷惑をかけすぎている』
「わかってるのよそんなこと! ワタシだって最初は……最初は心の底からアレスを止めたかったのよ! あいつの暴虐の限りを尽くして戦い続けるやりかたは人間を悪戯に傷つけているだけ……同じ戦の神として、我慢ならなかったのよ!」
「その心意気は理解した。立派だな。だがなぜ戦争を巻き戻して繰り返す? お前が勝ったこともあるはずだな?」
「あんたらにはわからないでしょうねえ! 戦と戦の間に戦争をする。そんな戦いの神として、ずっとずっと戦ってきて……ワタシが……どれだけ戦いだけの日々だったか!」
「…………トート。アテナがなにを言っているかわかるか?」
『いや……これはさすがの僕でも読めないな……なにか深い事情があるのかもしれない』
二人はアテナから漂う悲壮感をたっぷり受け取っていた。春人とトートという全世界でも指折りの知能を持つ二人でも全く想像もできない事情に、二人は興味を持ち始めていた。
「女神よ女神。わかる? 女性の神よ? なのに戦いばっかりで……今まで全然イケメンも寄ってこないし。ワタシを守って戦おうっていう神もいなかったわ! どういうことよ! 女性を守ろうっていう気持ちはないの!」
『今は男女平等というのが流行りらしいよ』
「じゃあワタシが戦っている時の男はなにをしているの? 守りなさいよ! 先陣きっていいところ見せようっていう気概はないの? 気配りが足りてないのよ……レディファーストも満足にできないくせになにが平等よ」
「それとループしていることにどう関係がある?」
「察しなさいよそれくらい。なんなの? 女性の気持ちを考えて動けないの? そういう男尊女卑な考え方こそ前時代的なのよ。男尊女卑。言ってみなさい。はい、男尊女卑。なに? 言えないの? 忘れっぽいならぼーっとしてないでメモでも……」
「ウオオオオォォラアアアアアアァァァァァアァァ!!」
「ぶっへおわえっへへええええいい!?」
春人の魂の雄叫びとともにボディブローがアテナを捉えた。会心の一撃であった。
勇希春人という男が、かつてないほどの怒りと殺意を込めた、名のある上級神でなければ肉体などナノ単位で世界から消滅し、因果も平行世界の自分すらも初めから存在していなかったことになる究極の拳を、わざと苦しませるためにただの物理攻撃として打った。その怒りと威力はトートですら初めて見るものだ。
『ナイスだ春人。心の底からグッジョブ! という言葉を送らせてもらうよ』
「ありがとう。どうしてもイラつきを抑えられなかった。こいつに全霊の拳を叩き込むことが天命であると確信してしまうほどイラついた」
トートは後二秒春人が動かなければ、自分が出て行って殴ろうと決めていた。
トートもまた、怒っていたのだ。春人の戦闘の教科書に載せたいくらい綺麗なボディブローを見て、どうにかスッキリした様である。通信の声も晴れやかだ。
「うぼえええぇぇぇ……げっほ……ぶおえ!? げばあ!?」
うずくまってピクピクしているアテナ。
神の鎧など本気を出した春人には紙切れと同じ。
一切衝撃を和らげること無く、まともにくらったため身動きがとれない有様だ。
「いいか、慎重に言葉を選んで答えろ。次にグダグダ抜かしたら二度と神として信仰が得られなくなるほど殴る。捨てられたぞうきんのようにボロクズにしてやる」
『協力しよう。最近対春人用の新技を思いついてね』
「す……少しくらい……ちやほやされたかったのよ……」
「………………はあ? トート」
『嘘は言っていないと思うよ』
おもわずトートに確認をとってしまうほど春人には理解できなかった。神として十分に崇められているはず。だからこそ神は強いのだ。
「もっと神じゃなくて女性として、男が勝手に寄ってきて、常に褒めてくれて……ワタシの気持ちを察して全部先回りして終わらせてくれて……ワタシが一番喜ぶサプライズを常に意識してくれる……そんなイケメン達にもっとちやほやされてみたかったのよ」
「…………トート」
『ごめん。僕もよくわからない』
「最初の戦いはワタシの負けだったわ。渾身の力で時間を巻き戻し、今度は勝った。ワタシだけ未来を知っていたんだものね。そしたらみんな崇めてくれた。でもどんどん普通の生活に戻っていって……ワタシは神だからあんまり人間に干渉しないでいたら、人間達は結婚して子供とか作って……ワタシはいつもの生活に逆戻りよ」
神とは呼べないほどやさぐれているアテナ。
その場に体育座りして、半泣きで言葉を紡ぎ続ける。
「一度いい生活をしちゃうとね……下に降りるなんて出来ないのよ」
『生活苦しいのに、ブランドもので借金する主婦みたいなこと言ってるね』
なぜトートはそんな的確で庶民的な例えができるのか、それは誰にもわからなかった。
「物凄く崇めてくれた時期もあったのに……二百年くらいで過去の人として扱われるのよ!」
『二百年は過去なんだよ』
「ついでにお前は人じゃなくて神だろうが」
「過去に戻って戦争をもっとうまく……もっとうまく進めたら、もっともてはやされる……そう思ったらもう、ワタシに躊躇いはなかったわ」
『ちょっとは躊躇しようよ』
哀れみの目でしかアテナを見ることが出来ない二人。
こんなしょうもない理由で戦っていたのかと呆れ返っている。
「今回は今までで一番うまくいっていたわ。まさかトートがこんな助っ人を連れてくるなんて……初めて見る神ね。名前は?」
「勇希春人だ」
「ハルトね。聞かない名だわ」
『春人は人間だからね』
「はあ? 人間がこんなわけわからないパワー持ってるわけないじゃない。まだ膝ガックガクで立てないのよ?」
『春人だからね』
「その通りだ」
「意味がわからないわ」
意味を理解した時にはもう春人達のノリに汚染されている。
嫌でも納得できてしまうことは、幸せなのか不幸せなのか。
『はーるっとくーん。お疲れ様。料理が完成したよー!!』
「オメガか。わかった今行く。アテナは連れて行くか?」
『そうだね。残して逃げられたら困るし……オメガ、悪いけど料理を僕の船に運べるかい?』
『ああいいよ。それくらいお安い御用ってなもんさ』
ここで春人に名案が浮かぶ。料理は人の心を癒やしてくれる。
ならば女神の心も癒せるはずだ。そう考えた。
「オメガ、アルファにも伝えて欲しい。トートの船に戻ってからでいいから一品追加して欲しい」
『おお、リクエストかい? なんでも言ってごらんよ』
「そうか。ならばお言葉に甘えるとしよう」
そして春人は手に持っていたベルを鳴らし、声高に告げた。
「オーダー! 傷心の女神を慰める料理!!」
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