第14話 その3 春人VSアザゼル
『む、春人。神の結界だ。そこにいる敵を倒すまで通信はできなくなる……どう……か……手短に……終わら……』
「仕方があるまい。手早く倒すとするか」
「よく来たな人間。だが貴様らの命運ここで尽きる!」
春人とアルファを待ち受けていたのは、巨大で異様な蛇であった。
七つの蛇の頭と十四の顔、十二の翼を持つ、正に異形。
禍々しさを隠そうともしない蛇は、部屋の半分を埋め尽くしていた。
「なんだこの醜い蛇は」
「アルファのテンションが下がるよ」
「我が名はアザゼル。貴様の魂を喰らう者」
「お前の名前などどうでもいい。邪魔をするなら皮をはいでブランドバッグの横に並べてやる」
「生意気な……おれがどれほど素晴らしい存在か知らんらしいな」
「なんの話か知らんが、爬虫類如きに俺を超える要素などない」
暗く深い、聞くだけで魂が引き寄せられてしまうような蛇の声を聞いても、動じることのない春人。彼にはただの喋る爬虫類としか認識されていない。一応アザゼルは知名度もある大悪魔だ。
「蛇さんはどうしてここにいるの?」
「アレスの野郎が暴れていいって言うもんだからな。天界も冥界も飽きちまったし、宇宙は広い。おれが暴れても壊れねえ」
「くだらん。さっさとどけ」
「嫌だっつってんだろ! くらいやがれ!! フェイスビイイイィィィム!!」
アザゼルに付いている顔の一つが大きく口を開け、そこから眩い光線が打ち出される。威力を見極めた春人は軽く手を振って消し飛ばす。
「手間を掛けさせる爬虫類だ」
「ほう、やるじゃあないか。超科学によって改造されたこのアザゼル様の、超電磁ビーム砲フェイスバージョンを片手で弾くとはな」
「改造手術を受けているのか」
「その通りよ! おれの身体はもうただの蛇じゃあねえ。神力と宇宙の科学技術によって飛躍的に強化された、サイバーアザゼル様だ!!」
よく見ると蛇の頭のいくつかは金属が混ざっており、緑色に光る液体がまるで血液のようにどくどくと脈打ちながらアザゼルの身体を流れている。自然に出来たものではないことは、誰の目にも明らかであった。
「やっていることはこの機体と変わらんな」
ビームにはビームを。春人は機動兵器の手のひらからビームを撃ち出す。
「効かんな。そんなもん」
「お前の死期が延びるだけだというのに……」
生半可な攻撃ではサイバーアザゼルには通用しない。
そもそも簡単に倒されるレベルの悪魔ではないのだ。
「春人様。アルファはつまらないです」
「俺もだよ。さっさと倒すか」
「やってみろよ! フェザービット!!」
アザゼルの翼が真っ赤に発光し、羽が一枚一枚宙に浮く。
「どうだどうだ。この羽の群れからの攻撃がかわせるか!!」
羽はアザゼルの意のままに、春人達の息の根を止めるため襲いかかる。羽は十四の顔が高速で演算操作をしているため、アザゼルが放置していてもリアルタイムで的確な操作が可能だ。
「アルファのどりふと? てくにっくを甘く見ないで」
ドリフトの意味もわからないのに操縦のコツを掴んだアルファは、ローラーとホバーを駆使して壁を走り、滑るように床を駆け巡りながら羽を回避する。
「俺も負けてはいられんな。いくぞアルファ。フォーメーション名古屋撃ちだ」
「らじゃー」
部屋の端から端まで横に往復しながら、春人は両肩のガトリングガンによる精密射撃で羽を撃ち落としていく。春人はその気になればガトリングガンでワンホールショットが可能だ。飛び回る羽を撃ちぬくことなど造作も無い。
「ええい小癪な!」
「アルファ、ビームセイバーを使うぞ」
「了解です。ごーごー」
腰部分に搭載されているビームセイバーを抜き放ち、最大加速でアザゼルに肉薄する。
「接近戦で勝てると思っているのか! チェーンソーファング!!」
蛇の口から機械的な音が響く。牙が魔力コーティングされたチェーンソーに改造されている。刀身がエネルギーでできているビームセイバーをも削る、ギャリギャリという音から威力の凄まじさが伺えた。
一撃必殺の牙が蛇の頭全てに搭載されているため、ビームセイバー一本で打ち合い続ければ、やがて機体までも削り取られることは明白だ。
「ほらほらどうしたぁ! 削りとってやるぜぇ!!」
「春人様。数が多い」
「ならこちらも増やせばいいのさ。無職童貞流、演劇奥義――――黒子乱舞」
ビームセイバーを持ち、黒子に扮した春人がどこからともなく現れ、アザゼルの身体を斬り裂き始める。それも一人ではない。黒子は瞬く間に七人まで増える。
「ぬおぉ!? なんだこの黒いやつらは!? 攻撃が当たらん!!」
驚いたアザゼルがビームとチェーンソーファングを繰り出すも、黒子をすり抜けてしまう。実態のない黒子に攻撃は通らず、一方的にアザゼルの体に傷を増やす。
「黒い春人様強いです」
「こらこら、黒子はいないものとして扱うのが礼儀だぞ」
「はい。アルファはまた一つ賢くなりました」
黒子乱舞。それは親の金で行った舞台で見た黒子の仕事っぷりに惚れ込み、その動きを完全にマスターした春人による絶技である。黒子とは『いないもの』である。役者に決してかかわらず、しかし確実に世界を回す。いわば影の支配者である。
職人芸にまで己を磨き上げた黒子は、何者にも触れられず、ただ世界に干渉する創造と破壊を司る存在だ。悪魔ごときが触れていい代物ではないのである。
「おれが押し負けるだと!?」
ついに自慢の牙が全て砕かれ、直接攻撃の手段を失ってしまうアザゼル。
「どうせ歯磨きを怠っていたんだろう。アルファ、こうなるから歯磨きは大事なんだ」
「はい。ちゃんと毎日します」
「ふざけているのか貴様らあぁ!!」
「そろそろ終わりにするか。エネルギーチャージ開始」
神力兵器の両手を正面でガッチリ握らせ、機体に残されたエネルギー全てを両腕に込める。
「させるか! フェイスビーム!!」
「春人様の邪魔はさせないよ」
フェイスビームをアルファが作り出した植物のツルが、吸収して機体に取り込んでいく。
「いい子だアルファ。こいつは俺の力も上乗せしたスペシャル版だ、ご堪能あれ。ゴッドロケットパンチ!!」
「こっ、こんなふざけたやつらにいいいいいぃぃぃぃ!!」
超高速で放たれるロケットパンチに貫かれ、体の大半が吹き飛んだアザゼルは、再生することもできず爆散した。
「人生は楽しんだもの勝ちということさ」
『春人、もちろん無事なんだろう? 次の階がブリッジだ。おそらくボスもそこにいる。一応言うけど気をつけて』
「心配無用だ。次に行くぞアルファ」
「はい、出発します」
エネルギーを失い、完全に停止した機体を捨てて転送装置に乗る春人とアルファ。彼らには今の戦いすら余興の一つであった。
春人達がアザゼルを倒す少し前。同じ戦艦のブリッジでは、一人の女が艦長と思われる男を残し天使兵を全滅させていた。
「貴様、なにが狙いだ?」
「狙い? そうだね……どちらがお嫁さんとして優れているか、白黒はっきりつけることかな。ってなわけで、どうせ君達の負けは決まっているんだ。さっさと脱出ポッドで逃げたまえ」
「ふざけるな! 例えこの艦がやられようとも、十艦残っている。私だけが逃げるなどという無様な姿を……」
「面倒だねえ……それじゃあこれでどうかな」
突如出現した光の大剣により艦隊がまっぷたつに両断されていく。
一瞬で彼女の艦と旗艦を残して消滅してしまった。
「はい、これでこの艦と旗艦だけだね。さっさとおしりまくって帰るんだね。これから準備だってあるのに……ほらほら帰った帰った」
「覚えていろよ……何者か知らんが絶対にゆるさ……」
「さっさといけ!」
艦長を無理やり脱出ポッドに蹴りこむと、女はせっせとブリッジを作り変えていく。
「ふふふふふ……私を置いてけぼりにした罪は重いよ……春人くん」
誰もいないブリッジで、謎の女性は愛おしそうに、モニターの中でアザゼルを倒す春人を見つめていた。
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