第16話 その5 料理対決

 トートの戦艦に存在する大食堂。そこでスポットライトに照らされた春人による料理対決前の演説が始まろうとしていた。


「誰かが言った。料理は愛情だと。だがそれは決してまずい料理への言い訳ではない。相手の好みを知り、相手の喜ぶ顔を思い浮かべ、ただひたすら己の腕を磨き続け……幾千幾万の言葉を料理の中に閉じ込める。それこそが愛情だ。だからこそ食べる者は美味いと感じ、そこに愛情を見出すのだ。その愛のなんと奥ゆかしいことか……どうか今回の料理も深い愛が込められていることを期待する。以上!!」


 天使兵の歓声を受けながら審査員席に座る春人。そこにはトートとアテナもいた。


「いい演説だ。感動したよ。ちょっと料理に興味が出た」


「ならやってみるといい。奥が深いぞ。永劫の時を生きる神が嗜むにはちょうどいい」


 神の暇潰しとしてはいいものだろう。別世界の味を求めるもよし。自分の好みを追求し続けるもよし。暇潰しで戦争されるよりはマシと言える。


「さーてそれじゃあ今回のルール説明だ! 私ことオメガと恋敵のアルファが、それぞれ春人くんに食べてもらいたい料理を一品作ったよ! それと緊急だったけど傷心の女神を慰める料理っていうのも作ったから、その二品を交互に食べてもらって最終的な勝敗を決めてもらうよ」


 前回の闘技場に引き続き、マイクパフォーマンスはオメガだ。相当気に入ったらしく、自分からやらせてくれと志願した。目立つのが好きな性分なのである。


「審査員はマイダーリン春人くんと、トート、そして飛び入りのアテナだ!!」


「よろしく頼む」


「よろしく。頑張ってね二人とも」


「よ……よろしくお願いする」


「まずはアルファの料理です。どうぞ」


 アルファがカートをゴロゴロ転がして、銀の蓋をされた料理を運んでくる。

 全員に配り終えて蓋が開かれた。


「アルファのごはんはこれ。あさりとタラコの和風パスタ」


「本当に料理ができるんだな。見事だぞアルファ」


「ほう……いい香りだニンニクが少し入っているね」


「和風……倭国の食事か? あまり食したことはないが……嫌な匂いではないな」


「春人様は日本の人。だからあさり・タラコをメインに塩コショウはほんのちょっと。疲れて帰ってくるだろうから、オリーブオイルとニンニクを少々でスタミナのつく味付け。きざみのりをかけて風味アップ」


 色合いから盛り付けまで非の打ち所がない仕上がりである。日頃からやればできる子と言っているアルファだが間違いなく真実である。春人が万能かつ全能なだけで、アルファは女神として完成されているのだ。


「いい腕だ。うまいぞアルファ。これなら家の厨房を任せられる。タラコが辛くないのがいいな」


「うん、素材の味を辛さで消していない。おいしい食事をありがとうアルファ」


「満足だ。礼を言う。ところでなぜペルセポネはアルファと名乗っているのだ?」


「さ、説明めんどいから私の料理行ってみよう!」


 オメガの持ってきたのは純和風だ。もとが日本の神。アルファよりも和食に通じている。


「白米・ブリ大根・だし巻き卵。魚はサンマ。お味噌汁は塩分控えめ豆腐のみ。私こそ理想の奥様だってことを証明しよう」


「おいしいけど、ブリ大根って時間をかけないと作れないものだろう?」


「私は神だよ。料理の時間を早めて。その中で最高の料理をつくることくらい容易いことさ」


「異なる時間の流れを熟知しているからこそできる業か。これもまた一つの道だ。オメガとやらもいい腕をしている」


 普段のアホ丸出しな言動とは裏腹に、驚くほどまともな料理である。

 ちゃんと両方の料理が完食できるように量も少なめだ。


「白米のすすむいい味付けだ。濃すぎもせず、それでいて味はしっかり主張している。本当に口を開かなければまともだな」


「ああ、オメガは見た目だけなら悪くはない。私には劣るが女性らしさもある」


「好き勝手言ってくれてもう……はい、じゃあここからはアテナのための料理だよ!」


「急遽作ってくれたらしいな。私のためすまない。感謝する」


「春人くんのお願いだからね。それじゃあまたアルファくんからだ」


「はい。アテナはアルファと同じギリシャの神。ギリシャのおやつを用意したよ」


 アルファのデザートは、カタイフィとよばれる麺状の生地を焼いてシロップにつけたお菓子。そしてヨーグルトにブドウとハチミツをかけたもの。


「懐かしい甘さだ……宇宙に出る前はよく食べていたよ」


「なかなかに甘いね」


「確かに甘いな。ヨーグルトも濃厚で、上にハチミツかかっているからまた甘い。だが甘さの種類が違うから、単純に甘いだけにとどまらない工夫がされている」


「慣れないと甘すぎるかも。だからお茶はハーブティー。渋め。アテナのだけ本来の甘さ。二人のは控えめ」


「これでまだ控えめなのか……アテナ。一つ貰っても?」


「私は構わんが甘いぞ?」


 一口食べてなんとも言えない顔になったトートがじっくりたっぷりお茶を飲んでいる。カップから口を離さない。ちびちび飲み干して口を開く。


「お茶と合わせると不思議と混ざって心地よい甘さになるな。これが文化の違いというやつか。長く生きていても知らないことは多いね。僕も料理始めてみるよ」


「甘くてもしつこい甘さではない。味もしっかりしているし、慣れればくせになる味だ。疲れた体に染みこんでいくぞ」


「私には懐かしくてちょうどいい。故郷を離れ、宇宙で戦いの日々……いつからかゆっくりおやつを楽しむことすら忘れていたか……ありがとう。気分が晴れた」


「やったね。褒められたよ」


「今度は私の番だよ! さあ癒されるがいい!」


 オメガの出した二品目はパイ生地のようななにか。

 甘い匂いからデザート系であることはその場の全員が理解した。


「まあ女の子といえば甘いものさ。特にアテナのいるギリシャは異常に甘いお菓子が多い。だもんで和風にアレンジしたよ! 二連続で激甘はきついだろう。甘さのジャンルを変えてあげよう」


「嗅ぎ慣れぬ香り……面白いわね」


「上にかかっているのはきなこか」


「正解。さすが春人くん。ミルフィーユ風にして、上をきなこ。二段目が抹茶。三段目があんこさ。一つ一つを薄くして、何層にもしたら形を整えて完成だ。男性陣にはちょっと甘すぎるかな?」


 春人がアテナの艦隊を撃破し、トートの船に戻るまでの二十分ちょっとで作り上げるオメガの料理の腕は一級品といっていいだろう。これも春人への愛ゆえにである。


「あまくておいしい。アルファはオメガをちょっと見直したよ」


「ほうじ茶もいれてあるから、口の中をリセットするのに使いたまえ」


「薄いというよりは上品な甘さか。これはなかなか……新鮮だな」


「何個も食べるというより、これ一つをゆっくり味わいたくなる。これが和の心、ワビサビとかいうのもかな?」


「それは個人個人で感じ取ればいい。押し付けるとワビサビから離れる」


「難しいものだね」


 こうして大満足のまま、全料理を食べきった春人達。


「さて、それでは結果発表だ」


 これはあくまで料理対決であり、勝敗を決める必要があった。

 春人・トート・アテナによる審議を終えて評価に入る。


「まず俺への料理についてだ。両者とも俺の好みを熟知していた実に『らしい』ものだった。和洋の区別はあっても味に大きな差はない。どちらもうまかった」


「そして私への料理だ。急遽一品増やしてしまったにも関わらず、女の子である私にデザートで勝負という気遣い。見事であった」


 女の子という部分を強調しているあたりに、アテナ以外はちょっとだけイラッとした。


「よってこの勝負、ひきわ……」


 その時、突然警報が鳴り響く。


「どうした!? なにがあった!」


『アレスの艦隊です! 数三百! 旗艦にアレスあり!』


「バカな!? アレスが来るのは一ヶ月は後だ!」


「春人が来たから歴史が変わったんだろう」


「食後の運動にはいいさ。軽く相手をしてやろう」


「それじゃあ今度はもっとスピードの出る小型機を……」


「いらん。運動だと言っただろう。通信機だけ借りる」


 インカムをつけた春人は、裂け目を通ってトートの戦艦の上に立っていた。

 春人ほどの男になれば、宇宙で呼吸することなどできて当然である。


「さあ俺が宇宙まで来てやったんだ。せいぜい楽しませてみせろ。アレスよ」

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