第12話 春人 宇宙へ その1 目覚めは宇宙船の中
「どこだここは……俺は魔法学園に入学して遊び倒さねばならんというのに」
女神と温泉旅館で素敵ライフを送っていた春人。
だがあまりにも強い異能の力に目が覚めるとそこは、寝る前の世界ではあり得ない部屋だった。ベッドの横にはデジタル目覚まし。室内にはエアコンがきいている。天井の照明も近代的だ。
「お目覚めかい? 残念だが入学はキャンセルだ、春人」
部屋のドア……自動式のドアが開き、入ってきたのは長身美形の男。
短く切り揃えた鮮やかな銀髪と、黒く優し気な瞳を持つ砂漠の神、トートである。引き締まった筋肉と砂漠の民族衣装が、これ以上ないほどに女性を魅了する。極上のいい男だ。
「お前は……トート? 俺を呼んだ……別世界に転送したのはお前か」
「その通りだよ。春人、アテナとアレスの宇宙艦隊を倒すため、君を神々の宇宙戦争に招待したい」
「断る。一切興味が無い」
「ふあぁ……おはよう春人様……ここどこ?」
春人の横で寝ていたアルファが目を覚ます。
部屋の変化からか、きょろきょろとせわしなく顔を動かしている。
「おはようアルファ。どうやら無作法な奴に邪魔をされたみたいだぞ」
寝ている間に知らぬ場所へと飛ばされていた春人の機嫌は悪い。
ニートにとっての睡眠がどれだけ大切かは推して知るべしである。
「無作法だったのは謝るよ。そしておはようペルセポネ。君が春人と行動をともにしていると聞いて、同時に転送させてもらった。すまないが、君も協力して欲しい」
「春人様はどうするの?」
「興味が無い」
「ならアルファもいや」
アルファにとっては春人こそ全てである。そもそもトートの存在は知っているし、何度か話したことはあるが、特別親しい間柄ではない。ここで完全に協力する理由はなくなった。
「困ったな……終わったら宇宙船を一つ、最新式のかっこいいやつをあげるからさ。ちゃちゃっと勝ってくれないか? 異世界を移動できる機能もある。ブルーレイも見られるし、ゲーム機も全部ある。PCのOSはちゃんと10じゃなくて7だ」
「ふむ、悪くはないが……俺は女神と世界を救うと約束してしまってな」
「正確には魔王を倒してくれ、だろう? 最初に倒したと聞いたよ」
「誰にだ?」
「女神に。魔王も倒したし、ちょっと借りると断っておいた。しかし見たことのない神だったよ。新米かな?」
「アルファも見覚えがない」
春人を呼び出した女神からの願いは『魔王を倒し世界に平和を』だ。
あろうことか春人は力試しのつもりで魔王を倒してしまい、さっさと旅行に行ってしまった。女神もこれほどあっさりカタが付くとは想定外であり、完全に持て余していたので快く貸し出したというわけである。
「まああいつはどうでもいい……女神といえばオメガはどうした?」
「アメノウズメかい? どうせうるさいから置いてきた」
「良い判断だ。手伝ってやらなくもないぞ」
「アルファのテンションもちょっと上がったよ」
そこにいなくても扱いの悪い女。それがオメガである。
「それはよかった。ブリッジに来てくれ。どうせだから宇宙服を……」
「いらん。パジャマはニートの必須アイテムだ」
「アルファはあの世界の服がお気に入り」
「そうかい。まあ君がいいならいいさ。案内しよう」
春人を相手に細かいことを気にしてはいけない。それを熟知しているトートは深く突っ込まない。強力さえしてくれればいいと思っているからである。
「ようこそ私の船へ。歓迎するよ、勇希春人。ペルセポネ」
ブリッジへとやってきた春人達を、前方に広がるガラス越しの星々が迎え入れた。三人のいる艦長席から一段下では、頭に天使の輪をつけたトートの部下が宇宙船のコントロールに集中している。船員は必要最低限の天使だけで構成され、本来この戦艦に人間は存在しない。春人の存在はここでも異例であった。
「ほう、星々が輝く宇宙……だが輝きが強いな。星座も探し出せん。ここも異世界ということか」
「そうだね。ちょっと法則は違うかな」
「春人様。アルファはお腹が空きました」
「おっといけない。食事がまだだった」
食堂への通信メニューを開き、トートが食事の注文を進める。
「私だ。大至急ブリッジまで宇宙食を、ああ、二人前頼む。急ぎでね」
通信を済ませ、無より椅子を創り出した春人とアルファは、食事を心待ちにしている。二人とも宇宙食を食べるのは初めてのこと。料理の心得がある春人は内心とても楽しみにしていた。
「すぐに来るよ。それまでにこの世界の戦争について説明しよう」
「手短にな」
「アルファは眠くなりそうです」
宇宙食への期待から寝ないでいるだけで、春人以外に興味が無いアルファはいまにも寝てしまいそうだった。
「まず戦争大好きな神様がいる。アレスとアテナだ。こいつらはず~っとこの世界で戦争しっぱなし。そして戦争の結果が気に入らないと巻き戻して最初からになる」
「ただのバカだな」
「その通り。そんなことをしていると世界が歪む。歪みはやがて世界を崩壊させる。だから春人、君の出番だ」
「両方とも薙ぎ倒して屈服させ、この俺が全銀河の覇者になればいいんだな?」
「まあ半分当たりかな。両軍を徹底的に倒して欲しい。戦争が終われば僕がちゃ~んとこの世界を平和にしておくからさ」
神々の戦いというものは面倒だ。不死であったり再生して強化され復活したりと、勝敗というものが判定しにくい。決定的な負けを相手の心に刻み込まねば納得しない。プライドの高い負けず嫌いなのである。よって格下とされる人間にボッコボコにして貰うことで魂までへし折ろうというのがトートの作戦だ。
「条件がいくつかある」
「聞こう」
「俺はどこの誰とも知れんやつの下にはつかん。お前の指示以外では動かんからな」
「元よりそのつもりさ」
「俺とアルファは同軍だ。独立部隊とでもしてくれ」
「アルファもそれがいいです」
「わかった。ちなみにそのアルファというのは、僕もそう呼んでも?」
「いいよ。アルファは春人様の初めてになる。だからアルファ」
「よくわからないが深くは聞かないよ。それ以外には?」
「艦内を好きに歩かせろ。部屋は上等なものを頼む」
「もちろん。それじゃ、暫くの間よろしく」
春人と親交があるトートには、この程度の要求は想定内である。
むしろ神々の戦争を終焉に導く存在への謝礼としては破格の安さであった。
無論、確実に依頼をこなしてくれるという保証付きで、だが。
「よろしく頼む」
「よろしくね」
「お、ご飯も来たね。食べながらマップを見て欲しい」
レーションと呼ばれる丸い携帯食が運ばれてくる。フタをはがすと、なんとも言えない、食欲を減衰させる匂いが春人とアルファの鼻にこびりつく。
「いかにもな宇宙食だな。いつもこんなものか?」
「いや、今回はそれっぽいものを用意した。僕は食べなくても死なないし、あまり食事に興味がなくてね。いつもはなにも食べないよ」
「あんまりおいしくないです」
「端的に言ってまずい。まったく……これは厨房から改革するか」
「あまり人の船を改革しないで欲しいんだけどなあ……」
米も肉も豆の煮たものも全てが満足できない味であったため、春人は無理やり水で流し込み、この艦の料理人を第一に改革すべきだと決意した。だがその決意をあざ笑うかのように、ブリッジに警報が鳴り響く。
「艦長! 前方に敵影! 交戦中です!!」
「アレスかい? アテナかい?」
「両方です!! アレス艦隊十五! アテナ艦隊十三!!」
「さて、食べ終わったら戦闘だよ春人」
「まずい飯の後に運動か……そば粉を用意しておけ」
「そば粉?」
「俺のそばで食への意識を変えてやる」
「楽しみにしているよ。第四ブロックへ向かってくれ。君達の戦闘機を用意してある」
暴れていれば口の中の不快感も消えるだろうと願いながら、春人はブリッジを後にするのであった。
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