第11話 春人 女神と温泉に入る

「温泉の時間だああぁぁ!!」


「うるさいぞオメガ」


 令嬢との婚約を解消し、豪華温泉旅館宿泊券をゲットした春人一行。

 さっそく超豪華個室露天風呂へ入っていた。


「お前には風情というものがないのか」


「オメガうるさい。静かに」


 ゆったり風呂に浸かる二人とは対象的に、オメガのテンションは上がる。

 惚れた男との混浴。その事実がオメガへの追い風となっていた。


「なんだいなんだい。私の裸を見ておいてその冷めた態度は!」


 湯船で立ち上がったオメガは全裸である。タオルなど巻いていない。


「恥じらいのない女だ」


「ここには春人くんと私とアルファだけ! そして私は見られて恥ずかしい体などしていない! 美の女神でもあるわけだよ!」


 よくわからない彫刻のようなポーズを取るオメガ。

 身長こそ低めではあるが、出るところはしっかりと主張している。

 黒髪が湯に濡れて美しさを増し、豊満な肉体は男であれば見入るものだが。


「くだらん。いいからおとなしく入っていろ」


 童貞の頂点である春人には通用しない。

 無職童貞流を極めし男には、女の誘惑などという些末なものにとらわれる理由はない。


「春人様。お背中お流しします」


「そうか、では頼む」


 アルファも同じく全裸である。

 長いピンクブロンドと、オメガには劣るがよい発育の体。

 オメガより少し高い身長からか、大人の身体つきに近いものがある。


「ごーし、ごーし」


「もう少し強めでも構わんぞ」


「らじゃー」


 やはり春人は動じない。童貞たるもの女に惑わされることなかれ。

 欲情などせず、むしろ慈しみの心と家族愛に近い感情で接していた。


「アルファばっかりずるいぞ! 私が前を洗ってあげよう!」


「いらん。もう終わった」


「オウノウ!! ガッデム!! ジーザス!!」


「お前……一応は日本の神だろうが」


「関係ナッシン! いいかい春人くん。せっかく温泉にいるんだよ? ここはもうちょっと夫婦の仲を深めるべきじゃあないかな?」


 全力で抱きつくオメガを振り払い。温泉を堪能する春人。

 地味に温泉好きであった。落ち着ける静かな場所を好む男である。


「オメガはうるさい。静かにすれば、春人様は怒らないよ」


 肩にもたれかかり、ゆっくりと春人と温泉を満喫しているアルファ。

 意外と計算高いタイプであり、直感と情欲で動くオメガとは対象的であった。


「退屈だねえ。どうする? 一応浴場で大欲情って言っておくかい?」


「言わんでいい。静かにしていろ」


「そろそろご飯がきます」


「そうか、では部屋に戻ろう」


「やれやれやっとかい。こっちの人間の料理はどんな味かな?」


 部屋に戻った春人達の前には、大きな鍋と、皿に盛られた具材。

 既に鍋の中で煮込まれた分は、食欲をそそる香りと湯気を出していた。


「おおー! いいねいいね! お肉だ!」


「このあたりはイノシシ鍋が名物らしくてな。晩飯に期待していたんだ」


「おいしそう。食べてもいいですか?」


「そうだな。暖かいうちに食べようか」


 飲み物も白米も揃っている。空腹の三人は鍋をつつき始める。


「いただきます」

 

「ふはあぁぁ! いいねいいねえ! お肉は元気が出るねえ!」


「ふむ……スープが絶妙だ。体があたたまるぞ」


「お野菜に味が染みていて美味しいです」


 三人を唸らせるに充分な出来であった。

 素材の味を活かし、無駄に高級品を使い潰すことをしない。

 あくまで味で勝負し、いい素材にもこだわる。

 職人の料理への姿勢が見られる料理であった。


「珍しい味付けだ。イノシシが独特なこともあるが、米がすすむ」


「ならお米にスープをかけて食べてやるさ!」


「どうせなら雑炊にでもしてみるか。どうやらそれを想定した具材もある」


「アルファはまだまだ食べられます」


「よし、では俺が作ってやろう」


「ふっふーん楽しみだねえ」


 八割方の具を食べ、新たに少量加えて雑炊を作る。

 手際よく作り終えた春人は、全員分よそって渡す。


「うはあぁぁ! 染みる! 染み渡るよ! 雑炊は天からの贈り物だ!」


「鍋の具が絶妙な出汁となって、スープの深みと旨味を上げている。満点だ。心から癒される」


「美味しいです。アルファのテンションが上がりっぱなしです」


 絶賛の嵐である。全て綺麗に平らげ、満足そうに背もたれにより掛かる。


「ここは気に入った。また来るとしよう」


「そうだね。素晴らしい温泉だよ」


「また三人で来ましょう」


 就寝準備も整え、あとは寝るだけ。

 そんな春人の前で、奥の部屋への襖がすぱーんと開かれた。


「さあて、それじゃあ三人仲良く寝ようじゃあないか。ねえ春人くん」


 お約束の布団が一つに枕が三つ。アルファとオメガは知っていた。

 むしろ頼んでいた。全員同室。この機を逃す二人ではない。


「まあ、たまにはこういった休日もいいだろう」


 これを素直に受ける春人。やましい気持ちはない。

 むしろ二人の女神からすればあって欲しいものだが。


「はーいじゃあ寝るよー!」


「寝るのに騒ぐな」


「もうアルファは眠いです」


 春人を中心とし、三人で並んで寄り添い眠る。


「おやすみ春人くん」


「おやすみなさい春人様」


「おやすみ」


 こうして三人の休日は過ぎていった。

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