第10話 春人 深窓の令嬢と婚約する エピローグ

 決闘が終わり、次の日にはジョンは全てを告白し、自ら結婚の申し込みを取り消した。

 同時に春人も全ては悪魔の企みを潰すための芝居であったとし、婚約を解消した。

 悪行の証拠も提出し、洗脳されていたということ。

 ジョンが真摯な紳士として対応したことで軽い処分で済んだ。


「なんだか……まるで昨日のことが夢であったようです……」


 闘技場も消し、一夜の馬鹿騒ぎは人々の心以外には残らない。

 マリーナの屋敷でケーキを食べつつ、四人は昨日のことを思い出す。


「トラボー様も軽い罪で何よりです。近隣の領地で争いなど起きて欲しくありませんからな」


「そのためにあんな大掛かりな決闘をしたんだろう? 証人のいる前で悪魔が暴れれば、誰もが悪魔のせいだと思う。私にはお見通しだよ春人くん」


「そんなところだ。これでやることは終わったな」


「円満解決、だね」


「……もう行ってしまわれるのですか?」


 名残惜しいが仕方が無い、というトーンでマリーナが呟く。


「俺達は気ままな旅の途中だ、留まり続けることはない」


「そうそうせっかくだし満喫しなきゃね」


「大丈夫。マリーナとセバスはお友達。また遊びに来るよ」


 最後とばかりにマリーナに抱きつくアルファと、少し強めに抱きしめ返すマリーナ。


「ありがとうアルファちゃん。こんなにお友達が出来て嬉しいわ」


「ぜひまたお立ち寄りください。まだまだ披露しきれていない料理がございます」


「そいつは楽しみだ。今度は俺も作るとしよう」


「では私も腕を磨いておきますわ」


「まあ……ちょっとは名残惜しいさ。クッキー……美味しかったよ。精進したまえ」


 挨拶も終わり、玄関まで見送られる春人達。そこでマリーナに呼び止められる。


「今回のこと、本当にありがとうございました。これはそのお礼です」


 差し出されたのはいい匂いのするバスケット。中はお菓子だろうと容易に推測できる。


「カップケーキを作っておきました。お茶はセバスのお気に入りを入れてあります」


「楽しみ。ありがとマリーナもセバスも。またね」


「俺も楽しかった。何かあれば呼べ。その場で呼べば、危機に応じて来よう」


「ありがたくもらっておくよ。い~い心がけだ。君達にちょっとだけ神の加護ってやつをあげる。楽しくやりな」


 二人にキラキラと光が集まり、雪のように舞い散り、消える。

 神の加護簡易版である。おみくじでいえば中吉以上の運気で固定される、地味に肖りたい加護だ。なんだかんだ言いながら、オメガもお菓子が気に入っているのである。


「またな。マリーナ」


「はい! またお会いしましょう!」



 こうして婚約騒動は幕を閉じた。春人・アルファ・オメガはまた旅に出る。

 馬車を借り、カップケーキに舌鼓を打ちつつ、のんびりとしたペースで街道をゆく。


「いいね、グッド。とてもグッドだよ。パーフェクトに近いじゃあないか」


「一週間程度で俺達の好みを把握するか……感心だな。素晴らしいぞ」


「アルファの好きな味。おいしい」


「本来食っちゃ寝というのがニートの正しい生き方だ。適当に飯を食い、眠くなったら寝る」


「じゃあアルファとお昼寝だね」


「なら私もそうしようじゃないか」


 馬車の中で三人横になる。他に客はいない。御者もいない。

 馬車を運転する、というだけの分身を作り出して動かしているのだ。


「元の世界よりも空気が澄んでいるな。いい事だ」


「ああ、心地良い空気の中で馬車に乗り、ゆったりお昼寝か。いいねえ。こういう世界の神でいたかったよ私は」


 神は自分の生まれる世界を選ぶことは出来ない。オメガのように力の強い神は自在に移動し、別世界へ定住したりもする。しかし、弱い神には叶わぬ夢だ。

 ただその世界とともに生きるしかない。なまじ別世界と神というファンタジーな存在であることが憧れに拍車をかけている。


「アルファもここは好き。自然がいっぱい」


「別荘を買うなら自然があって危険がないところだな」


「おおー愛の巣だね。一つくらい作っておいてもいいかもね」


「どうせなら世界一つ初めから作ってもいいかもしれんな」


「楽しそう。ちょっとテンションが上がるよ」


 女神と春人の力なら世界や星を作ることもそう難しくはない。

 全ては想うがままであり、楽しんだもの勝ちなのである。


「次はどこにいくの?」


「そうだな……観光地巡りか……避暑地もいいな」


「遊ぶ気満々だねえ。いっそ別世界ってのはどうだい? 巨大な宇宙戦艦がある世界でロボット乗り回そうよ!」


「悪くないな。ロボットはロマンだ。どうせならワンオフ機に偶然乗ってしまいたい」


「偶然を仕組むんだね。最早偶然ではないけれど、女神が二人もいるんだし、奇跡くらい起こしてあげるよ」


「よくわからないけど春人様のために頑張る」


 こうして避暑地と観光地を巡りながら、別世界でロボットに乗る。というわけのわからない目的ができたのであった。おそらく今晩寝てしまえば忘れる程度の目標だ。

 明日はまた、明日の気分で自由気ままに生きているだろう。そういう連中である。


「地図によると次の街が温泉街だってさ」


「なら飯は旅館でだな」


「アルファはお肉もお魚も好き」


「美味いもの巡りもしていくか」


 こうして次の街へと旅を続ける春人達であった。


 深窓の令嬢と婚約編、完。

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